第6話息の詰まる暮らし.6
「……オリバー様、どうしてここにいるのですか? それにパレスまで」
オリバー様は私服なので今日は仕事がお休みなのだろうけれど、立派なその体躯は何を着ても騎士にしか見えない。二の腕なんて服がはちきれそうだ。
ふらっとしながら眉間を押さえた私に、パレスが駆け寄ってきた。
「パレス、なぜここにいるの?」
「だって、贈物をするならこの通りがお薦めだとルージェックに教えたのは私だもの。ちょっと二人の様子を見に来たらこの騒ぎなのだから、驚いたわ」
そう言うと、今度はルージェックに向き合い小声で何か話したあと、バシン! と勢いよく背中を叩いた。
「頑張ってね」
「ああ、まさかうんざりだったアレが役に立つときがくるとは思わなかったよ」
どうして応援するの。騎士相手に怪我では済まないかもと心配する私をよそに、ルージェックは意味深なことを口にする。
それに、そんなにルージェックに近づいたらオリバー様がまた妬くわよと心配になる。
でも、オリバー様はさっきのおじいさんと何やら言い合っていて、こちらの様子には気づいていなかった。
あれは……多分どちらが審判をするか揉めているみたい。
もはやどちらでもいいし、むしろ決闘を止めて欲しい。
それなのに間もなく話は終わったようで、満足そうな顔でオリバー様がこちらにやってきた。
休日でも帯剣している騎士は多く、オリバー様は腰の剣を抜くとルージェックに差し出した。
「これを使え。それにしても、どうして今まで想い人がリリーアンだと言わなかったんだ。そうすればあんな面倒な事をせずに済んだのに」
どうやらルージェックの跪く姿勢をみて大きな勘違いをしているらしい。
誤解を解かなくてはと口を開こうとする私をルージェックは制すると、にこりと微笑んだ。
「リリーアンを困らせたくなかったんです。それに面倒な事はオリバーさんがいつも吹っ掛けてきたんでしょう」
「婚約者の周りをうろつく相手は、決闘を申し込まれる前に叩き潰す、それが俺の信条だからな」
「迷惑極まりないですね」
会話の意味は分からないけれど、そんな言い方で誤解がとけるはずがない。
でも、いつも剣呑な二人が仲良くしているのを見ると、とりあえず誤解させたままでもいいかと口を噤むことにした。
そんな私の横で、パレスは他人事のようにくすくすと笑っている。
「パレス、私、当事者なのに置いてけぼり感がすごいのだけれど。それにこのままではルージェックが怪我をしてしまうわ」
「ふふ。それなら大丈夫よ。すべてが良い方向にいっているわ」
とてもではないけれど、そうは思えない。
おろおろするばかりの私に、オリバー様は「俺が審判で爺さんが副審判に決まったから安心しろ」と、もはやどうでもいいことをどや顔で言ってくるし。
「おい! 何をしている」
すっかり忘れられた感のあるカージャスが、石で四角く縁取られた決闘場内から私達へと向かって叫んだ。
オリバー様が「分かった」というように片手をあげ中央へ、ルージェックもそれに続き、おじいさんは枠の外に陣取る。
オリバー様が真ん中で両手を挙げると、観客はぴたりと声を止めた。
「本来の決闘は二本続けて相手を負かした者を勝ちとするのだが、ここは街中、一本先に取った者を勝利とする。剣は鞘に入ったまま使用し、致命傷を与えたと俺、もしくは副審判の爺さんが認定した場合を勝利とする。それ以外に剣を手放した者、線外に出た者は負けとする。俺は体力を削りあった結果の勝敗は嫌いだから、いつも制限時間を三十分としている。今回もそれでいこうと思うが、双方、異論はないな」
頷く二人。オリバー様が一歩退き片手を前に突き出すと、二人は剣を構えた。
初めに動いたのはカージャス。余裕の笑みを浮かべながら剣を振り下ろしたのだけれど、カンッと高い音と共にルージェックはそれを片手で受け止める。
その動きに、遠目からでも分かるほどカージャスが驚いた顔をしていた。
ルージェックはバックステップで一歩下がると、改めて前に足を踏み出す。
次々に斬りかかってくるルージェックの剣に、カージャスは防御一択。
カンカンッとこきみ良い音が続き、私は驚きながらその光景を眺めていた。
だって、ルージェックは文官なのだ。遠縁に騎士がいると聞いたことはあるけれど、お父様は外務官だし。
それなのに、騎士のカージャスに劣っていない。それどころか……と思ったとき、ルージェックの剣が真上からカージャスに向け振り下ろされた。
横に転がりながらなんとか避けたカージャスに、ルージェックは再び剣を振るう。
カージャスは地面に背をつけた態勢でそれを受け止めるも、ルージェックが体重をのせ剣を押し込んでいく。力でもカージャスに劣ってはいない。
それをカージャスも分かったようで、片足をあげるとルージェックの脇腹を思いっきり蹴り上げ隙を作って立ち上がった。
「お前、本当に文官か……?」
「叔父が武闘派でね。子供の頃に一通りのことは叩きこまれた」
チッとカージャスは舌打ちすると、再び剣を構える。
さっきまでの余裕はなく、全身から殺気が出る真剣な様子に私は血の気が下がる。あれは本気だ。
暫くにらみ合ったのち、カージャスが「覚悟しろ!」と叫びながら前に飛び出した。と同時にルージェックも足を踏み出し、ガツンと今まで以上に激しい音が広場にこだました。
次の瞬間、カージャスの手から剣が離れた。
剣は勢いを落とすことなくそのまま観客の、しかも子供の方へと飛んでいく。いくら鞘に収まっているとはいえ、怪我は免れない。
「危ない!」
私の悲鳴と同時にオリバー様が駆けるも間に合わない……と思った次の瞬間。
とんでもないスピードでおじいさんが動き、剣を杖で地面に弾き落とした。
……嘘でしょう?
誰もが呆気にとられる中、おじいさんが落ちた剣を拾い鞘から抜くと、それを高々と天に掲げた。
「勝者、ルージェック」
うおぅ!! っと声が上がり拍手が鳴り響く。
「良くやった」「いい勝負だった」の声に交じりおじいさんを称える声も。
カージャスは呆然とその場に跪き、ルージェックは苦笑いで観客達に手を振る。
私は……パレスに背中を押され、ちょっとつんのめりながら喧騒の真ん中へと進んだ。
「ルージェック……その。怪我は、ない?」
なんて言えばいいのか分からない私の口から絞り出したそんな言葉に、ルージェックは肩を竦め笑う。
「もちろん。これでリリーアンの婚約は解消できる。これだけ観客がいるしオリバーさんもいるのだから正式に認められるだろう」
「ありがとう。でも、文官のあなたがこんなに強いとは思わなかったわ。叔父様から剣を習ったとはいえ、子供の頃の話でしょう?」
「あぁ、それなら……」
ルージェックはクツクツ笑うとオリバー様に視線を移す。
そのオリバー様といえば、さっきのおじいさんに頭を下げ握手をしていた。
……もしかして、本当にすごい人だったのかも。
「オリバーさんは俺がパレスに気があると勘違いして、ほぼ毎日のように一戦を挑んできていたんだ。ほら、あの人脳筋だから」
そういえば、「決闘を申しこまれる前に叩き潰すのが信条」って話していたわね。
「ほぼ毎日、オリバー様と剣を交えていたの? もしかして、一度、騎士訓練場の近くで会ったことがあるけれど、あれって……」
「うん、一戦交えたあとだよ。騎士寮の裏手にいつも呼び出されていたからね」
どうしてあの場所にルージェックがいたのかと思っていたけれど、まさか一戦交えたあととは。そういえばあとからオリバー様も現れたわね、と納得する部分もある。
「それにしても、オリバー様はあの体躯に加え剣の腕も凄くて、若手騎士の中では群を抜いて強いと聞いているわ。よく今まで無事だったわね」
「三十分の時間制限のおかげだよ。剣技は同格だから時間無制限だったら体力が続かなくて負けていたと思う」
「そうなんだ……って、それでも凄いと思うのだけれど」
パレスの話では、オリバー様は騎士団で行われたトーナメントで五位になったこともあるらしい。一位の騎士団長と二位の副団長は別格らしく、役職なしの騎士で考えれば実質三位の実力になるそうだ。
「でも、オリバー様はルージェックがパレスのことを好きだと思って一戦を挑んでたのでしょう。どうして今までその誤解を解かなかったの?」
「そうはいかなかったんだよ。違うと言えば、なぜそんなにパレスと一緒にいると聞かれるだろう? 俺が一緒にいたいのはパレスじゃない。とはいえ本当のことを言えば、それがオリバーさんの口からカージャスの知るところになる可能性がある。二人は同じ騎士団だし婚約者がいる女性に横恋慕するのは許されないことだからね」
うん? ちょっと途中から話が見えなくなってしまった。
横恋慕、ってパレスのことは誤解だったのでしょう? それにカージャスに知られて困るって……
「ちょっと言っている意味が分からないのだけれど」
「とにかく、俺は小さい時から
「ま、待って。叔父様って騎士団長なの?」
「うん。あれ、言っていなかったっけ」
聞いていないよ!
そう考えると、ルージェックが強いのも納得できる部分はあるけれど。
でもまさか、本気を出していなかったなんて……とそこまで考えて負けたカージャスはどうしているのかと思い見ると、膝を突き項垂れたまま動けないでいた。
こんな衆人の前で騎士が負けるなんて、とてもではないけれどプライドの高いカージャスが耐えられるはずがない。
私はどうしようかと少し考えたあと、カージャスの元へ向かった。
喧騒が静かになり、観客の視線が一斉に私達に向けられた。
「……お父様に今日のことを報告し、婚約を解消します」
「……て……だ」
「えっ!?」
「どうしてこうなったんだ! 俺はリリーをずっと庇い守ってきただろう! それのどこが不満だって言うんだ! 仕事なんてしなくてもいいと思っていた。でも、リリーがしたいと言えば、それが宰相様付の侍女試験であっても許可をしてやったのに、何が不満だったんだ」
「あなたは仕事で疲れて帰ってきた自分をいたわれと言うのに、私の仕事については『許可してやる』って言うのね」
絶対に泣くまいと声が震えないよう堪えているのに、涙が滲んでしまう。
ここまで言ってもカージャスは私の言葉の意味が分からないようで、眉間の皺を深めるばかり。
結局彼は分からないのだ。
私はもう守ってもらうばかりの小さな女の子ではない。泣いて、背中に庇って保護してもらうだけの存在ではないのだ。
「私はあなたの癒しの道具じゃないの」
それだけ言うと、私はその場を後にした。
後ろから叫ぶカージャスの声が聞こえたけれど、私はもう振り向かなかった。
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