第27話 運命の糸はまだ切れず

 そうフラグをたてた瞬間、炎の中から横なぎの剣閃が飛んできた。


「────うっ、わ」


 俺は思い切り横に転んで何とかその一撃をかわす。

 すぐさま片足で立つと、砕土さいど系統魔術で自身の足元を斜め方向に盛り上げる。それとほぼ同時に嵐風らんふう系統魔術も地面に向けて放ち、ほとんど吹き飛ばされるような形で距離を取った。

 ゴロゴロと地面を転がりながら、何とか受け身を取って立ち上がる。身体強化ブーストを当てにした、なんとも無様ぶざまな緊急脱出だが、上手くいったみたいだ。

 俺が飛んできた方向を見ると、全身から燻った煙を立ち昇らせながら、平然としている黒装束が目に入った。


 …………まじかよ。


 これは……相当まずい……。

 やつの速さはアンリに少し劣る程度。そんな相手に、無策で魔術を当てられる自身は俺にはない。さっきのような手はもう通用しないだろう。

 それに、仮に当てられたとしても、それで倒せる相手なのか? 火群砲フレイムキャノンは今の俺が使える一番強い魔術なんだぞ……。


 …………よし、逃げよう。


 一度棄却した案だが、このまま戦い続けるよりは可能性があるかもしれない。やれるだけ、やってみよう。


「ミス──」


 水霧ミストと唱えようとして、首筋にチリ、とノイズが走った。

 反射的に、転がるように前方に倒れこむ。

 ノイズの代わりに、首筋にカッと熱く灼ける痛みが走った。


「あれ? 殺気は出していなかったのに、よくかわしたね。まあどっちにしろ、これで終わりだけど」


 頭上から軽く涼やかな声が降ってきた。

 声の主はうつ伏せに倒れこんだ俺の傍にある杖を拾うと、黒装束の方へと歩いていく。金髪の男だった。


 なん、だ……?

 体が、動かない。

 ごほ、と出た咳に血が混じる。


「ふふ、弟よ。油断して結構やられたね?」


 金髪の男は黒装束にそう呼びかけた。


「それにしても、中級魔術なんて簡単に逸らせただろう? なぜ、そうしなかったんだい?」

「…………やろうとした。けど、できなかった」

「できなかった? 君がかい?」

「うん。だから兄ちゃんにもらったこれで防いだ。壊れたけど」

「……へえ。これ、一度だけなら上級も防げる代物なんだけどな」


 金髪の男は黒装束からひび割れた何かを受け取ると、興味深そうに眺めている。

 ここからだとよく見えないが、魔術の鍛錬の時に使う、結界を張る魔道具に形状が似ている。話の流れから察するに、俺の火群砲フレイムキャノンはそれに防がれていたらしい。

 くそ、そんなもの持っていたのかよ。


「おっと、そうだったそうだった」


 ほんの少しの間、魔道具のようなものを見ていた金髪の男が、気がついたようにこちらを振り向いた。


「俺のこの短剣、魔道具なんだけど、これが結構便利でさ。魔力を込めて斬りつけると、斬られた相手は身体の自由を失い、毒に侵されるんだ。しかも魔力を枯渇させるおまけ付き」


 金髪の男はとんとんと、自分の腰に帯びている短剣を叩いた。

 なんだ、こいつ。俺にしゃべりかけているのか?


「君ぐらいの歳だと魔力量もそう多くないだろうから、そろそろ魔力が尽きるかな? ──ま、そんなことよりもだ。その毒、死ぬまでの間、結構苦しむんだよね。俺は相手をいたぶる趣味なんてないから、そろそろ殺してあげるよ。死ぬ前に何か訊いておきたいことはあるかい?」


 あっさりと。

 なんでもないことのように男は告げた。


「……な、んで」


 自分の状況と、男の口調と、その内容。どれもこれもがちぐはぐで、混乱する。

 こわばる口から疑問がこぼれた。


「死んでしまう人の訊きたいことに答えるのなんて、人として当たり前じゃないか。俺はそこまで心ない人間じゃないよ。──あ、もしかしてなんで殺されるかってことかい? そうだよな。気になるよな。でも残念、深い理由は俺も知らない。ただ、依頼されただけだからね」


 男はペラペラとしゃべる。

 なんだ、こいつ。いかれてるのか?

 でも、気になる単語もあった。


「……い、らい?」

「そう。依頼だ。俺たちは殺し屋だから、依頼されれば殺す、ただそれだけだよ」

「だ……れ?」

「依頼主かい? 申し訳ないけれど、それは言えないな。死にゆく相手だとしても、話せないことはあるんだ」

「…………」

「さて、ほかに質問は?」


 金髪の男がこちらに近づいてくる。

 なんだよ。

 俺、本当にここで死ぬのか……?


 ────いや。あきらめるな!


 まだ何かあるはずだ、何か────あ。


 動けない、杖もない、魔力もない。

 でも、ある。

 できることが、この場を切り抜けることができるかもしれないことが、ある。

 どうなるかは、正直わからない。でも、何もしなかったら死ぬ。こうなったらどうにでもなれ、だ。


「さあ、終わりの時間だ」


 金髪が俺の傍に立ち、短剣とは逆に帯びている長剣を抜く。


「──ふれ……い、む」

「おや、まだ諦めてないのか。その心意気は買うけどね、君にできることはもうないよ」

「きゃ……のん」


 たどたどしい言葉で、術名を言い切る。詠唱を破棄した魔術の行使。

 魔術は発動しなかった。

 魔力がないから、当然だ。


 ノイズが、頭の中に鳴り響く。

 この感覚は知っている。以前、魔力切れをわざと起こして実験した、あの時と同じ感覚。


「────は……?」


 金髪の男がを見て、ほうけたような声を出す。

 次の瞬間、男が黒い何かに飲み込まれ、そして──。

 俺は意識を手放した。



*



「なんだぁ、これは」

 柳色をした髪を肩あたりまで伸ばした男が、辺りを見回してそう呟いた。

 魔力の乱れを感じて来てみたが、ここには魔力ではないが満ちていた。

 男の足元には、何かに黒く塗りつぶされた死体が、一つ横たわっていた。死体の傍には、折れた短剣が転がっている。


 偶然にも、男はその短剣のことを知っていた。

 スコーヴィングという名のそれは、かつて神によって創られ、現代にまで残っている「神の遺物」だ。

 絶大な力を誇り、特級魔術でも破壊不可能とされる「神の遺物」が壊れている。

 男はスコーヴィングを拾い上げると、それをしばらく眺めたあと、もう一度辺りに目を向けた。


 街道から少し外れた、森への入り口の小路こみち

 横に倒れた馬のいない馬車に、切り倒された木々。

 首のない死体に、黒く塗りつぶされた死体。

 地面にはところどころくぼみができており、ここで激しい戦闘があったのは確実だ。


「師匠、こっちに来て!」


 少女の声。

 師匠と呼ばれた、柳色の髪の男は声の方を向いた。そこでは、男の同行者である少女が何かを覗き込んでいた。


「どうした?」

「男の子が倒れてる! まだ息はあるみたいだから、はやく治療しなきゃ!」


 少女が覗き込む先には、九歳から十歳くらいの少年が倒れていた。

 少年の顔は土気色をしていて、明らかにまずい状態だった。だが、少女の言う通り、まだ死んではいなかった。

 男は少女の方に歩み寄る途中で、あることに気がついた。

少年が首から下げている指輪。その指輪に、見覚えがあった。

 何者かの作為を感じる男だったが、すぐにそれを否定した。


 この世界に、もう神はいない。


 男は少年を助けるべく、少女に指示を出し始めた。

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