第26話 急転直下
一か月が経過した。
今日は王都に出発する日だ。リアシオンでレスペデーザ家の迎えと合流し、そのままデカールア
魔術の鍛錬は欠かさずに行っていたが、魔力切れには細心の注意を払った。相変わらず、俺の魔術は黒く淀んではいたが、この前みたいに何かがあふれ出てくることはなかった。
魔術そのものの技量としては、正直停滞している。
先生が教えられる魔術はすべて習得してしまっているし、最近は魔力の消費に神経質になりすぎて、魔術の発動が不安定になっている。魔術の詠唱には集中が必要だから、そのあたりが原因だろう。
原因はわかっているのだが、どうしても以前のようには魔術を使えない。この辺は、レスペデーザ家で呪いの制御を学ぶうちに改善されることを祈っている。
剣術は…………まあ特に言うことはない。
こちらも相変わらず、エルフィンやアンリにボコボコにされる日々だ。
エルフィン曰く、今の俺は前回の剣術大会で戦った人のうち、アザール・レスペデーザ・ホワイトナイト以外には勝てるレベルではあるそうだ。
アンリ曰く、「ウィルはまだまだ甘いわね。剣術大会であれば一回戦負けよ」だそうだ。
どっちなんだよ。
*
王都には剣術大会の時と同じように馬車で向かう。
違いは同乗者がいないことだ。
出立の日、シンシア以外の家族が総出で見送りしてくれた。
エルフィンからは激励を受け、アンリからは心構えを説かれた。
エリナからは、ちゃんとご飯を食べることとか、夜更かしをしすぎないようにとか、生活に関するお小言をもらった。最後には涙目になりながらも、俺のことを抱きしめて送り出してくれた。
デリックからは指輪を渡された。
「父様、これは?」
「フィアレス家に伝わるもので、持ち主を災いから守ってくれると言われている」
「いいのですか? そんなものを僕が持っていても……」
「構わん。お前もフィアレスだからな」
多分これはデリックの親心だ。
指輪の効能は
さすがに子供の指には大きすぎたので、紐を通して首から下げることにした。
フィアレス家まで呼んだ馬車に乗り込む直前に、ふと屋敷の方を振り返った。
二階の角部屋。その窓にこちらを見る人影があった。あの部屋の主はシンシアだ。
俺はシンシアに向かって手を振ってみる。シンシアは、しまった、といった感じの表情を浮かべたあと、すぐに窓際から離れてしまった。
彼女と仲良くできるのは、まだ先みたいだ。いつになるかわからないが、返ってくる頃には変化していると信じたい。
*
馬車に乗り込んでから二日目。
途中、王都とヨルキ領の間にある宿場町で一泊したあと、特に何事もなく道中を進んでいた。
なんとものどかな風景だ。
ヨルキ領から王都へと向かう街道は魔力が薄く、それゆえ魔物もほとんど出現しない。街道沿いの村や町が自警団を結成して見回りをしていることもあり、王都ほどではないがかなり安全と言えるだろう。
「…………ん?」
数刻後。馬車が止まった気配がして、俺はうたた寝から覚醒した。
もう次の宿場町に到着したのか。
座りながら伸びをすると、馬車の前の方からごとりと何かが落ちる音がした。何の音だ?
「何かありまし────」
俺は御者に声をかけようとしたが、最後まで言い切ることはできなかった。
西日が差しこんでいるため、俺の位置からは御者の姿が影のように黒く映し出されている。
御者台には一人分の影が座っていた。首から上がなくなっている影が。
「────────へ?」
変な声が出た。
理解が追いつかない。
さっきまで馬車を動かしていたはずの御者の首がなくなっている。首がないということは、死んでいるということだ。
なんで?
どうして?
魔物の仕業か?
いや、街道沿いだぞ!
魔物に襲われるなんて、そうそう起きることじゃない。
でも万が一ってことも──。
ああ、違う。そうじゃない!
落ち着け。深呼吸だ。
すぅ……はぁ……。よし、まずは状況確認だ。用心しつつ荷台から降りよう。
俺は隣に立てかけてあった
「…………よし」
一呼吸置いたあと、警戒しつつ荷台の後ろ側から外へ出る。
「あれ……? どこだ、ここ?」
思わず呟く。
整備されているはずの街道とは明らかに異なる、荒れている
まずいな……。
どうしてこんなことになっているのはわからないが、街道よりも魔力濃度がかなり高いことを鑑みると、森などの近くだと考えられる。要するに、魔物が出現しやすいということだ。
ちらりと御者台の方を見てみるが、そこにいるはずの馬は影も形もなかった。
くそ。となると徒歩で移動するしかないか。
御者を襲った(かもしれない)魔物は、今のところ気配もないが、いつ姿を現すかわからない。ここがどこだか見当もつかないが、ひとまずこの場所から離れる必要はあるだろう。魔力が薄い方に進んでいけば、少なくとも魔物に出くわす確率は低くなる。もしかすると、街道に行き当たるかもしれないしな。
御者は……いや、やはり確認はしておこう。
首がなくなっていたのだ。十中八九、死んでいるだろうが、それでもだ。彼の遺体は置いて行くことになってしまう。このままここに置いておけば、魔物に食い漁られてしまうかもしれない。彼に家族がいるのかは定かではないが、できれば遺品を持ち帰っておきたい。
よし。大まかな方針は決まった。
御者台の方に一歩踏み出したところで、ぴり、と覚えのある感覚に襲われた。
「────っ!!!」
何かを考えるまでもなく、反射で回避行動を行う。今の今まで俺が立っていた場所を、何かが風を切って貫いた。
投てき用のショートソード!
思考があとから追いつく。
この感覚は知っている。数か月前、王都でフードを被った男に向けられたものと同種。つまり、殺気だ。
辺りを見回す。
「
真後ろ、木の上に向かって
人間だ。
歳は若そうだが、成人はしているだろう。黒い装束を身にまとい、腰に剣を帯びている。中性的な顔立ちをしているが、多分男だろう。
かなり整った顔だ。こんな状況でなければ、その美しさに見とれてしまっていたかもしれない。
だけど、そうできないのには理由がある。
彼が殺気を放っている張本人だからだ。
「……どちら様でしょうか?」
言ってから、なんとも間の抜けた問いだと自覚した。
理由はわからないが、こいつは俺を殺そうとしている。馬車が街道を外れたことも、御者が死んでいることも、こいつが関係している可能性がある。
逃げるべきか?
いや、無理だ。相手は剣を帯びている。ということは剣士である可能性が高い。機動力がある剣士に対して、体力が劣る子供の俺が背を向けたとして、逃げ切れるはずもない。
俺の問いに、黒装束の男は返事をしなかった。
無言のまま、やつは腰の剣を抜くと、こちらに向かって突進してきた。
「っ!」
そうだ。
今は理由とか、可能性とかを気にしている場合じゃない!
こいつは敵で、俺を殺そうとしている。逃げるのも無理、となるとこいつを倒すしかない。
敵の突進に合わせて、俺は大きくバックステップを踏む。
だが、相手は剣士だ。当然、
黒装束は、俺がバックステップを踏んだのを見るやいなや、それに合わせるように大きく跳躍を行い、踏み込んできた。
魔術師は、剣士相手に安易に距離を取ってはならない。すでに相手の間合いに入っている場合はなおさらだ。
だから、この場面での慌てたようなバックステップは失策で、それに漬け込んだ相手の跳躍は正着だ。
本来なら。
「
そう唱えた瞬間、俺と黒装束の間に、氷の障壁が出現した。
高さも幅も、そこまで大きくはない氷の壁。初級魔術で創られたそれは、おそらく一撃で壊れてしまうだろう。
でも、それでいい。スピードが乗った剣士に魔術を当てるのは困難だ。アンリにさんざん魔術をかわされたから、それは身に染みている。
だから、一瞬でもいいから動きを止められれば、それでいい。
俺の目論見通りに、黒装束が一瞬たたらを踏んだ。
「
杖の先端から解き放たれた巨大な炎が、
火炎系統魔術は殺傷能力が高いものが多い。
やったか……?
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