第24話 おさらい

 結論としては、リィンの誘いを受けることにした。


 呪いがどんなものなのか、まだよくわかってはいないが、使いこなせるに越したことはないと思う。

 それに、エルフィンが言っていたようにデカールア神教国であれば、ヨルキ領にいる時よりも多くの魔術を学べるかもしれない。魔術も剣術も、そこまで好きなわけではないが、どちらかというと魔術の方が得意だとは思う。

 もう命の危機はこりごりだ。この機会にできるだけ力をつけておきたい。


 デリックにレスペデーザ家へ行くことを伝えた。

 デリックは何か言いたげではあったが、もともと俺には「好きにしろ」と言っていたとおり、特に反対されることはなかった。

 他の家族たちも、事前に相談をしていたからか基本的には賛成してくれた。シンシアだけはレスペデーザ家に行くことを伝えても、「そう」とだけのそっけない返事だったが。

 とはいえ、今すぐに行くわけではない。まだ時間はある。

 ということで、レスペデーザ家に向かうまでの期間、俺は自主練をすることにした。



*



 まずはおさらいから。

 そもそも魔術とは、自身の持つ魔力と呼ばれるものを消費して使うことのできる、この世界での術理の一つだ。

 魔力は人によってその量が決まっており、すべて使い切ってしまうとしばらくの間魔術が使えなくなるが、時間経過によって魔力は回復する。


 次に種類。

 魔術師と呼ばれる人たちが主に使っているのは、十種類に分類されている『王道十種おうどうじゅっしゅ』。はるか昔に存在していた神々に授けられたと言われているものだ。



火炎かえん系統』

水流すいりゅう系統』

氷結ひょうけつ系統』

雷電らいでん系統』

嵐風らんふう系統』

砕土さいど系統』

空間くうかん系統』

星天せいてん系統』

召喚しょうかん系統』

回復かいふく系統』



 これらが王道十種と呼ばれ、この世界で幅広く使われている魔術の系統になる。とはいっても系統によって使い手の数も結構違っていたりするらしい。

 例えば、火炎系統魔術を使える魔術師はかなりいるが、召喚系統魔術を使える人は少ない、といった風に。

 そして、これらの魔術は発動難易度でも分けられている。



『初級』

『中級』

『上級』

『特級』

界級かいきゅう

原級げんきゅう

 


 この六段階だ。

 火球ファイアボール氷柱撃アイシクルショットといった、俺がよく使うものは初級魔術にあたる。ちなみに、最高難易度の原級魔術は、かつての十神と同じレベルの魔術に並ぶ威力と言われており、使える人はかなり限られているようだ。

 俺が使えるのは火炎、水流、氷結、雷電、嵐風の各系統の中級までだ。召喚系統魔術にも興味はあるのだが、残念ながら周囲に教えてくれそうな人はいない。


 魔術の発動方法は主に三つ。



一.詠唱あり、術名あり。

二.詠唱なし、術名あり。

三.詠唱なし、術名なし。



 魔術は『詠唱』と『術名』に分かれており、最初のやつは、詠唱をしたあとに魔術の術名を唱えて発動する、一番簡単なやつだ。

 例えば、『火球ファイアボール』だとこんな感じになる。


「炎神よ! 飛来せし王冠、中空の紅炎こうえん焦熱しゅうねつをもってその身を焦がせ! 『火球ファイアボール』」


 『火球ファイアボール』の部分が術名で、それ以外が詠唱だ。

 この詠唱、異世界人である俺としては、唱えるのが少し恥ずかしかったりするが。その羞恥心が中二病という単なる知識からくるものなのか、それとも失われた記憶の中の黒歴史からにじみ出るものなのかは、わからない。


 詠唱を破棄し、術名のみ──いわゆる無詠唱で魔術を放つこともできる。できる、というかこれが魔術師のスタンダードだ。俺も大抵は術名のみで魔術を発動している。

 この世界での魔術は戦闘で使用することが多い。当然、詠唱するよりも、術名だけで魔術を扱えた方がいいに決まっている。

 ただ、魔術の難易度が上がるとともに、詠唱なしでの魔術行使は難しくなる。一般的に、上級魔術を詠唱なしで使えるようになると、一流の魔術師とみなされるのだが、それには相応の鍛錬が必要となる、らしい。


 詠唱なし、術名なし。もっとも難易度が高い魔術の発動方法だ。噤言式きんごんしき、と言ったりもするらしい。

 が、正直この辺はよくわかっていない。周りに使える人もいないしな。

 ……いや、待てよ?

 そういえば、イライザが噤言式きんごんしきで回復系統魔術を使っていたような気がする。俺は回復魔術が苦手だが、あとで教えてもらうのもありかもしれないな。


 これらの分類は杖を使って放つ魔術──いわゆる杖魔術つえまじゅつと言われるものに当てはまる。

 剣士などがよく使う剣魔術けんまじゅつは詠唱なし、術名なしが基本だ。


  ──おっと。話が逸れてしまったが、魔術のおさらいについてはこんな感じか。

  次は実戦だ。


  俺は中庭に出ると、あらかじめ持ってきていた円盤状の物体──魔道具の真ん中に人差し指をあて、魔力を流し込む。すると、半透明のまくのようなものが魔道具を中心に展開された。

 この魔道具は使用すると、しばらくの間、内部からの魔術を外に通さない結界を展開する。防げるのは上級魔術までらしいが、俺はまだ使えないから問題なしだ。


 ちなみに、魔道具というのは魔法陣が刻まれた道具のことだ。

 大きく分けて、魔力を流し込むことで効果を発揮するものと、魔法陣に込められた魔力を使うものがある。

 前者は魔力を流せば何度も使えるものが多く、後者は使い切りタイプが主流だ。

 魔法陣が刻まれておらず、道具そのものに魔力が備わっているものもあるらしいが、よくは知らない。

 とにかく、これで心置きなく魔術の訓練ができるってわけだ。


「ふぅ……はぁ……」


 魔術の基本は集中とイメージだ。

 身体の中心から、腕、手のひらへと魔力を流し込む。

 冷気と、鋭く貫く氷柱つららを想像して、唱える。


「氷神よ! 白々はくはくとして泰然、凛々として執鋭しつえいつどいて切り裂け! 『氷柱撃アイシクルショット』!」


 詠唱と同時に、チリ、とノイズが走る。それと並行して、杖の先端から氷柱が射出された。氷柱はそのまま直進し、結界に当たると消失した。


 氷結系統の初級魔術『氷柱撃アイシクルショット』。


 俺が割と気に入っている魔術だ。氷属性って、クールな印象があってなんだかかっこいいからな。


「それにしても……」


 俺が放った氷柱撃は、やはり黒く淀んでいた。

 前々から気がついてはいたが、俺が使う魔術はくすんだ色をしている。

 てっきり魔術の発動が完璧ではないからだと思っていたのだが、リィンによると呪いのせいであるらしい。

 魔術に呪いが混ざっている、と彼女は言っていた。そんなことをしている覚えはないのだが、無意識に呪いを使っているようだ。


 心当たりはない──わけではない。

 あのノイズだ。


 魔術を発動する際、なんとも形容しがたい雑音のようなものが魔力と一緒に流れている感覚がある。別に痛みがあるわけでもないし、魔術の成否にかかわっている感じでもない。

 てっきり、魔術を発動する時はみんな感じていると思って今までスルーしていたのだが、最近になって先生やシンシアに訊いてみたところ、不思議そうな顔をしてそんなものはないと言われてしまった。


 つまり、あのノイズこそが呪いの正体なのではなかろうか。

 と、仮説を立てたところで、さらなる仮説が脳裏に浮かんだ。

 魔術と呪いの発動方法が似ているため、魔術使用時に呪いが漏れ出てしまっているのではないか。漏れ出た呪いが、魔術を黒く淀ませているのではないか。


 そして、俺はこの説を確かめる方法を思いついた。

 魔術と呪いの発動方法が似ているのなら、魔力がになった状態で魔術を使えば呪いが単体で出せるのではなかろうか。

 この仮説が間違っていたとしても、その道中で魔術をたくさん唱えることになるから鍛錬にもなる。一石二鳥だ。


「さて」


 次はどの魔術を使おうかな。

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