第23話 岐路に立たされて②
アンリの意見は、予想通りというか明快だった。
「行ったほうがいいわ」
「やはりそうでしょうか?」
「呪いだか何だか知らないけど、兄さんを負かしたやつのところに行くんでしょう? そいつに稽古をつけてもらえば、ウィルもさらに強くなるはずよ!」
エルフィンを負かしたやつというと、リィンの兄のことか。
今回の誘いはリィンからのものだし、あくまで呪いの制御とかを教えてくれる感じだろうから、リィンの兄に教えを乞う時間があるかはわからない。
「ま、決めるのはウィル、あなたよ。行かなかったからといって、それが間違いだなんて誰にも言わせないから安心しなさい!」
「……ありがとうございます」
そんな心配はしていないが、アンリはどんと胸を叩いて任せろ、と言わんばかりの表情を浮かべている。
「でもウィルがそんなことを私に訊くなんて、珍しく迷っているみたいね」
「珍しいですか?」
「ウィルなら迷うまでもなく断ると思ってたから。剣術も魔術も、あまり好きじゃないでしょ?」
アンリの言葉に、驚いた。
確かに俺は剣術も、魔術も好きってわけじゃない。どちらの鍛錬も欠かさずやっているが、これまで本腰を入れていたかと言われると、素直には頷けない。
でも、それを誰かに言ったことはない。もちろんアンリにも、だ。
「……知っていたんですか?」
「そりゃあわかるわよ。家族なんだから」
アンリが事もなげに答える。
家族、か。
俺はどうなんだろう?
家族のことをわかっているのだろうか。
デリックの考えていること、エリナが案じていること、エルフィンが気にしていること、アンリが楽しみにしていること、シンシアが悩んでいること。どれだけ知っているのだろうか。
俺は異世界転生者だ。
本当の家族ではないと、異物だと、そう一線を引いていないだろうか。それとも──。
俺が思索にふけっていると、ぱん、と唐突にアンリが両手を叩いた。
「さっ、行くわよ!」
「……え? い、行くってどこへです?」
「もちろん、剣術の鍛錬に決まっているじゃない!」
「決まっていると言われましても……。急にどうしたのですか?」
「ウィル、まーた難しいこと考えてたでしょ。ここ、しわ寄ってる」
そう言ってアンリは俺の眉間に人差し指をあて、ほぐすように指を動かした。
「そういうことは、身体を動かせば意外といい案が浮かんでくるものよ! だから私がバシバシ鍛えてあげる」
いろいろと考えていたことが、アンリにも伝わっていたらしい。
なんとも彼女らしい提案ではあるが──。
「ご遠慮させていただきます」
「よし!」
俺の言葉が通じなかったのだろう。アンリは何がいいのかわからない「よし」とともに、俺の手を引っ張っていった。
このあと、ボコボコにされて直前まで思案していたことが吹き飛んでしまったのは、また別のお話だ。
*
シンシアはどうだろうか。
今回レスペデーザ家に招待されたのは俺だけだ。双子だから、シンシアも呪いを持っていそうなのだが、どうなのだろうか? 少なくとも、リィンはそのあたりまったく触れていなかったが……。
とにかく、俺のことを嫌っている彼女のことだ。俺だけが誘われているこの状況に不満を持っていたり、嫉妬していたりしてもおかしくはない。
「私は関係ないからわかんない」
シンシアの態度は塩対応そのものだった。
だけど意外だったな。てっきり無視されるものかと思っていたのだが、ちゃんと返事が返ってきた。どうやら話をしてはくれるみたいだ。
「それじゃあ、シンシアだったらどうする?」
「私?」
「そう。もしシンシアがリィンにうちに来ないかって言われたら、どう返事する?」
「…………」
シンシアが、じとっとした目で俺を見る。
あ、まずい。シンシアが会話してくれたから調子に乗ってしまったか……?
「……はぁ。もし私だったら多分断ってると思う。イライザさんに回復魔術を教えてもらってる途中だし」
大丈夫だったらしい。
ため息をつきながらではあるが、シンシアはそう答えた。
それにしても、今日のシンシアは機嫌がいい気がするな。
「そっか、確かに中途半端はよくないからね。──そういえば、シンシアはどうしてイライザさんに回復魔術を教えてもらうようになったんだ? 確かシンシアからお願いしたんだったよね?」
「……それ、兄さんに言う必要ある?」
「いや、別に言いたくないのなら言わなくてもいいけど……」
「じゃあ内緒」
珍しく、本当に珍しく、シンシアが俺にいらずらっ子のような笑みを見せた。まだ、彼女に嫌われていなかった頃はよく見ていた笑顔。
だが、その笑顔も一瞬のことだった。
シンシアははっとした顔をし、すぐに先ほどまでの真顔に戻ってしまった。
少しだけ不機嫌そうなその真顔は、だがしかし真っ赤に染まっていた。
*
母様にも訊いてみた。
「私は反対です」
エリナは開口一番にそう言った。
「ウィルはまだ九歳なのよ? それなのに見知らぬ土地で一人生活するだなんて……」
「いえ、母様。一人ではなくレスペデーザ家のお世話になると思います」
「それでもよ! 周りは知らない人ばっかりだろうし、それに向こうに着くまでひと月もかかるなんて……。旅の間に何かあったらと思うと……」
うーん。
最近のエリナはかなりの心配性だ。もともとそうだったのだが、特に去年の魔物狩りで危うく死にかけたあとからは過保護に拍車がかかった気がする。
「大丈夫ですよ。旅といっても基本的には街道を進むだけですし、何よりレスペデーザ家が迎えをよこしてくれるみたいなので、そうそう危険なことはないかと思います」
「それは……そうかもしれないけれど……」
エリナが不安そうな表情を浮かべている。
「……母様」
俺は両手を広げると、エリナに抱き着いた。
「ウィ、ウィル……?」
エリナは戸惑いながらも俺を抱き返してくれた。
俺は体感年齢ではすでに子供ではない。
記憶を失ってはいるが、持っている知識から推測するに、俺は前世では二十代前半くらいだと思う。この世界での九年と合わせると、まさしくアラサーだ。三十代前半くらいのエリナと俺の年齢差はそこまであるわけではない。少なくとも、親子ほどは離れていないはずだ。
それでも、エリナに抱き着いていると安心する。やはり、彼女は俺の母親なのだろう。
「そんな顔をしないでください。まだ行くと決めたわけではありませんから。でも、今回のことはチャンスだとも思うのです。魔物狩りの時に痛感しました。僕の今の力ではシンシアや母様を守れない」
この世界では、死はそれなりに身近なものだ。
俺だって二回死にかけた。でも、それは俺だけに降りかかるものではない。この世界での俺の家族にだって、その凶刃が迫り来るかもしれない。
家族を守るには力が必要だ。リィンからの誘いはその契機なのだ。
俺には前世の自分自身の記憶がない。
だからだろうか、異世界転生してしまった自分が異物だと、本当のウィルフレッド・フィアレスの皮を被った偽者かもしれないと、そう認識しているにもかかわらず、みんなのことを本当の家族だと思っている。
──と考えていたのだが、アンリと話したときにその確信はどこかへ飛んでいってしまった。
それでも、家族だと思いたいのは俺の本心だ。
「……そう。ウィルはそんなことを思っていたのね」
エリナはそう呟くと、俺の顔を覗き込んだ。
「さすがはあの人の子ね。──わかったわ。母さんはもう反対しません。あなたの好きなようになさい」
「……ありがとうございます、母様」
最終的に、エリナは俺のレスペデーザ家行きを認めてくれた。
「あ、でも向こうに行ったとしても、きちんとした生活をすること! 夜更かしとかしたり、夜遅くまで外を出歩いたりしたらだめですからね?」
「もちろん、わかっています」
代わりにお小言が降ってきたが。
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