第22話 岐路に立たされて①
王都での剣術大会から三か月が経過した。
俺の生活には大きな変化はあまりない。
変わったことといえば、リィンから、というかレスペデーザ家から俺を正式に招待する旨の手紙が届いたくらいだろうか。
手紙には俺が呪いを持っていること、そしてそれを扱う術をレスペデーザ家で教えることができるので、しばらくの間、俺をレスペデーザ家に預けていただけないかとの記載があった。
また、手紙には今から三か月後にリーリア王国首都リアシオンに迎えをよこすので、そのひと月前、つまりは二か月後までに返事をしてほしいとあった。
レスペデーザ家があるのは、この中央大陸で最大の国であるデカールア
ヨルキ領があるリーリア王国の首都、リアシオンからは街道が整備されているものの、馬車を使ってもひと月はかかる長旅になる。
この世界には自動車や新幹線、旅客機といった便利な乗り物は存在しないので仕方ないことではある。それに、他の大陸や、街道も整備されていない場所だと途中に宿場町がなかったりしてもっと大変らしい。
話が逸れたが、つまり手紙の配達にも同じくらいの時間がかかるということだ。二か月後までに返答をする場合、手紙の郵送にひと月かかるので、イエスかノーかを判断するのに一か月の猶予がある。
デリックにリィンからのお誘いについてお伺いを立てたところ、好きにしなさい、とのことだった。
この世界に転生して九年とちょっと。
普通──というか俺が持っているラノベの知識によると、異世界転生した主人公は大抵何かしらの目的を持って行動している。とにかく敵を倒したり、ダンジョンに挑んでみたり、最強を目指したり。千差万別だが、割と充実しているんじゃないかと思う。
翻って俺はというと、目標も目的も特にはない。なんとなく日々を消化している。
もちろん、失った記憶を取り戻したい、っていうのはあるけれど、まあこれも努力目標みたいなものだ。
とはいえ不満があるわけじゃない。俺は今の生活を割と気に入っていた。
おじいちゃん先生に魔術を習い、イライザに褒められ、エルフィンやシンシアと稽古を行う。アンリの唐突な誘いに振り回され、食事を摂りながらデリックやエリナにその日起こったことを話す。最近はシンシアとも少し話すようになったし、自分で言うのもなんだが、結構いい生活だと思う。
でも最近、力不足なんじゃないかとも思うようになってきた。
去年の魔物狩り。
そして三か月前の王都での戦い。
俺は完全に足手まといだった。相手に殺意があれば、まず間違いなく死んでいた。 俺とあの神徒にはそれほどの力の差があった。もしあの場にいたのがリィンだけだったら、もっとよい結末になっていたのではないかと思う。
二回も死にかけた。
三回目は回避できないかもしれない。
ただでさえ、この世界は危険に満ち溢れている。
当たり前といえば当たり前だが、剣と魔術の世界だ。魔物もいる。そのどれもが人の命なんて簡単に奪ってしまう。
この世界で死んだら、どうなるんだろうか。また転生できる、なんて安易な考えを持てるほど俺は図太くはないのだ。
だからこそ、力をつけることができるかもしれない、リィンからの誘いは受けておくべきだろう。呪いが何なのか、まだよくわかってはいないが、リィン曰く、使いこなせれば強大な力を得ることができるらしい。少なくとも、相応の力があれば白銀狼の時も、神徒の時も、死にかけるなんてことはなかったんじゃないだろうか。
と、まあここまでが理屈で考えた「リィンの誘いを受けるべき理由」だ。
……でもなぁ。
俺の直感は行くな、と叫んでいる。行ってしまったら、これまでの何かが大きく変わってしまいそうな、そんな気がしている。
とはいえ、直感だ。あくまで勘だ。根拠があるわけではないし、どうしてそう思ってしまうのかもわからない。あまり気にしてもしょうがないかもしれない。
いや、でも無意識に経験則から判断しているのかもしれない。まあ、この場合の経験則は前世の知識になるんだろうが。
堂々巡りだ。
……よし。
一人で考えていてもらちが明かないな。だが、幸いなことに俺が転生したフィアレス家には頼りになる人がたくさんいるのだ。
というわけで、俺はみんなに意見を求めることにした。
*
デリックには好きにしろと言われている。
だから、最初に我らが兄上、エルフィンに相談してみた。
「基本的には僕も父さんと同じ意見かな。ウィルが行きたいと望むのなら、そうすべきだと思うよ」
「そう、ですよね……」
やはりと言うべきか、エルフィンはデリックと同様に俺に決めさせたいようだ。
思えばエルフィンは大抵の場合、俺やシンシアの意を
「でも、そうだね……。ウィルがどうするべきか悩んでいるのなら、兄として助言をすることはできるよ」
「本当ですか?」
「ははは。僕がウィルやシンシアに嘘をついたことがあるかい?」
もちろん、ない。
「……わかりました。兄様の助言をもらえますでしょうか」
「もちろん。といっても僕は『呪い』について詳しいわけじゃない。だからそれ以外でのことになるけれどね」
「それ以外……ですか?」
「うん。具体的には魔術のことについて」
「はあ……」
「正直に言って、ウィルの魔術の才能はかなりのものだと思う。少なくとも、ウィルの年齢で
「まあ……そうですね」
フィアレス家が雇っている魔術の教師は、元冒険者の老人だ。使える魔術の系統は三種で、これは別段少ないわけではない。平均的な数字だ。
だが、俺はすでに五種の魔術を使える。最近では授業が物足りなくなってきていることも事実だ。
「フィアレス家は代々剣士の家系だから、魔術師を育成することに造詣が深いわけではないし、かといって新たに魔術の先生を呼ぶにも、ヨルキ領まで来てくれる人だと限られている」
魔術師の教師というのは非常に数が少ない。
若い魔術師だと人に教えるよりも、冒険者や国お抱えの宮廷魔術師になろうという人が多い。熟練の魔術師もその経験を買われ、魔術指南役として厚遇を受けることがベターだ。
ヨルキ領なんていう田舎の、それも下級貴族の魔術の先生として招かれてくれる人材には、どうしたって限りがある。
「でもレスペデーザ家があるデカリアは違う。あそこは十神教の本拠地だから、魔術──特に王道十種を学べる機会はたくさんあるはずだよ。有名な魔術学校もあるみたいだから、ウィルの魔術の向上を考えると、これ以上ない場所なんじゃないかな」
「確かに……それはちょっと心惹かれますね」
「
「僕は兄様や姉様ほど、剣術の才能はありませんから」
「そんなことはないさ。ただ、ちょっとだけ興味が魔術に向いているだけでね」
そう言って、エルフィンは笑った。
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