第21話 その直感は誰のものか

 闘技場の俺たちの席に戻ってきたときには、すでに表彰式だった。


 エルフィンはあのあと、何とか立て直して勝利したらしい。

 決勝はエルフィン対アザール・レスペデーザ・ホワイトナイト。

 どこに行っていたのかと、文句と一緒にひとしきりシンシアに問い詰められたあと、彼女は興奮した様子で決勝戦の模様を語ってくれた。珍しくテンションMAXなシンシアの語りよると、相当の接戦だったらしい。

 だが、最終的にはパワーで勝るアザールが、エルフィンの一撃をカウンターで返して勝利を収めた、とのことだった。


 優勝はアザール。エルフィンは惜しくも準優勝だ。

 表彰を受けているアザールは、こちら──というかリィンを見つけると、大仰おおぎょうに手を振って見せた。なかなかお茶目な性格らしい。

 リィンはというと、そんな兄に恥ずかしそうにしていたが、どこか嬉しそうな表情をしていた。彼女と兄は仲がいいらしい。

 フィアレス家も負けていないけどね。


 家族には妨害の一件を伝えないことにした。

 他言無用を条件に入れて見逃したのだ。もし俺が言いふらしたりしたら、あいつが報復に来るかもしれない。あいつの言葉はすべて虚言で、俺が言おうが言わまいが口封じされる可能性もなくはないが、それだったらあの場で殺されていただろう。

 殺気を出したのは最後だけで、俺もリィンも殺すつもりはなかった。だから喋りさえしなければ大丈夫、とはリィンの談。


 どちらにせよ、危ない橋を渡るつもりはない。

 妨害を受けたエルフィンには悪い気がするが。


 表彰式も終わり、闘技場から宿への帰り道。俺はシンシア、リィンと連れ立って歩いていた。

 デリックには先に宿に帰っているようにと言われた。このあと、デリックとエルフィンは他の貴族たちに挨拶しに回るらしい。父は貴族間の駆け引きや取引があまり好きではないみたいだが、かといって避けて通ることも難しいのだろう。宿を手配したのも知り合いの貴族だという話だしな。

 城壁内の宿に泊まっているというリィンと別れようとした時、俺とシンシアは彼女に呼び止められた。


「じゃあ、シンシア。また会いましょう」

「うん! またね、リィン」

「ウィルフレッド、さっきの話の件、二か月後くらいに手紙出すから、考えておいて」

「……わかった」


 俺が頷くと、リィンは満足げな顔をして去って行った。


「さっきの話って何?」


 しばらくリィンの後姿を見送ったあと、シンシアにそう問われた。


「……ちょっとね。ホワイトナイト──というかレスペデーザ家に鍛錬を受けに来ないかって誘われた」

「え? 鍛錬? いったいなんで兄さんが?」

「まあ、いろいろとね」



*



 先ほど、俺がイレギュラーだと言われたあと、リィンにレスペデーザ家に来ないかとお誘いを受けた。


「呪いは使える人がかなり少ないから、魔術や剣術みたいに学校があったりはしない」


 リィンがそう語る。


「呪いは時として強力な力を使用者にもたらす。でも同時に災いにもなりえるの。過ぎた力は身を滅ぼす。歴代のホワイトナイトの一族には、その強大な呪いを制御できず、自滅した者も数えきれないほどいる」


 自滅。

 なんともいやな響きだ。


「だからこそ、それを制御する術を身につける必要があるの。うちレスペデーザなら呪いを操るための鍛錬ができる。あなたにとっては悪い話じゃないと思うのだけれど」


 話を聞く限り、俺にとってはメリットしかない。

 自分で自分を滅ぼすなんてまっぴらごめんだ。

 ……いや。そもそも、俺は呪いを持っているのだろうか。今までそんな強大な力を使っていた覚えはないのだが。

 リィンは俺が呪いを持っていると確信しているようだが、なぜだろうか。


「どうしてリィンは俺が呪いを持っていると?」

「無意識だと思うけれど、あなたの魔術に呪いが混ざっている気配がしたから。あなたの魔術、若干だけど黒く淀んでいるでしょ? おそらくそれが呪いね」


 そういえば俺の魔術は他の人に比べて、少しくすんでいることが多かった。なぜかはわからなかったが、あれが呪いだったらしい。

 それにしても。


「無意識って……。そんなことあるの?」

「呪いが意図せず発動してしまうことはたまにある。……けれど、魔術に混ざるなんてことは聞いたこともない」

「なんで俺の魔術には呪いが……?」

「……さあ? そもそも魔術と呪いはまったく別の原理の技なの。同時には発動できないし、ましてや混ざるなんてもっとあり得ない」

「じゃ、じゃあリィンの勘違い、って可能性は?」

「まさか。白騎士ホワイトナイトが呪いを見誤ることなんてない」


 なるほど。

 俺は呪いについてはまったくといっていいほど知識がない。

 リィンがそこまで自信満々で言うのであれば、俺は呪いを持っているのだろう。


「とにかく、あなたが呪いを持っていることは疑いようもない。それもかなり特殊なものをね。だからこそ、レスペデーザ家でその制御を学ぶべきだと思う。お父様なら、あなたの呪いについても何かご存じかもしれないし」

「…………」

「無理強いはしない。あなたが決めて、ウィルフレッド」


 よくわからない。


 まだよくわからないが、これは異世界転生での醍醐味みたいなものだろう。

 記憶はないが、知識はある。

 転生した先で、特殊なスキルをもらう主人公。他人にはない力で、異世界ライフを満喫する。時には強大な相手と戦い、勝って。あと大抵モテモテだ。ハーレムだ。

 もしかしたら、俺もそういった生活が送れるのかもしれない。いやではない、というかむしろ大歓迎だ。


 でも。

 どうしてか、俺の直感は頭の中で警鐘を鳴らしていた。その道の先は崖だぞ、と。

 この直感は誰のものだろうか。俺か、ウィルフレッド・フィアレスか、それともか。


 結局、リィンに返せたのは当たり障りのない言葉だった。


「…………父様に、訊いてみます」

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