第20話 イレギュラー
「おいおい、なんだよ。魔術師の坊主が援護できないように立ち回っていたんだが、なかなかどうして。その歳にしちゃやるじゃねぇか。まったく、ちょっと焦ったぜ」
男が軽口をたたく。焦ったという割には余裕な口調だ。
いや、それよりもだ。
さっきまで肉薄していたリィンと男の距離が大きく開いていた。右腕は──斬り飛ばされていない。
「……空間魔術ね」
リィンが呟く。
「私に斬りかかってきたときもそうだったけれど、魔術で瞬間的に空間を移動している」
なるほど。要するに瞬間移動、いや空間転移ってことか。
……それ、まずくない?
「おっと、ご名答だ。さて、どうするよお二人さん。わかったところで防げるような技じゃないぜ?」
「問題ない。次は斬る」
短く答えてリィンが構える。
気のせいだろうか。リィンの剣に黒い
「……」
男もそれに気がついたのか、目を細めて剣を見る。
ふぅー、と男がため息をつき、両手を上げた。
「待て待て、そこまでやる気はねぇよ。『呪い』なんて物騒なもんは引っ込めてくれ。別に殺し合いをしたいわけじゃないからな」
あれ? てっきり決着がつくまでやりあうかと思っていたのだが、男の方はそうではなかったらしい。
俺としてはそちらの方がいいけど。別に戦闘が好きなわけでもないし。
というか『呪い』っていったい何なのだろう。あの黒い靄のことだとは思うが、いい響きではないな。
「それならおとなしく捕まってくれる? あと妨害の理由を教えて」
「いや、だからそれはできねぇって」
「じゃあどうしろと?」
「見逃してくれ。嬢ちゃんの眼は厄介だからな。少しの間、その眼を閉じといてくれ。ああ、あと俺のことや妨害のことは他言無用で頼む」
「剣術大会で妨害を行い、それを咎めたところいきなり襲い掛かってきた男を見逃せと?」
「……まったく、難儀な嬢ちゃんだな」
男の纏う雰囲気が変わる。
「そんなら取引だ。ここで俺を見逃しくれねぇなら、そこの坊主を殺す」
男と目が合った。
次の瞬間、俺の体は金縛りにあったように動かせなくなった。震えが止まらず、呼吸が浅くなる。
こんなことは初めてだが、わかった。殺気だ。
ああ、さっきこいつが殺し合いをしたくはないといったのは本当だった。今まで気がついていなかったが、この男はリィンとの斬りあい中は殺気を放っていなかった。
「……」
リィンの構えが低くなる。彼女からも殺気が放たれていた。
「やめときな。確かに嬢ちゃんの腕と眼なら俺の空間魔術に対応できるだろうがな、俺の首を
リィンは微動だにしない。
俺は一歩も動けなかった。本能でわかってしまった。どこに逃げようが、次の瞬間にはあのショートソードに切り裂かれる!
「………………はぁぁ」
実際には数秒しか経っていないはずの、俺には永遠かのように思えた静寂がリィンの吐いた息によって破れた。
「わかった。見逃す」
そう言ってリィンが剣を下した。剣にまとわりついていた黒い靄も消える。
「賢明な判断だな」
男も構えを解く。
殺気が消え、俺も動けるようになった。足ががくがくで、すぐには難しいが……。
「さてと、嬢ちゃんからの許しも得たことだし、俺はそろそろお
男がちらりと俺の方を見る。
「──それとウィルフレッド・フィアレス」
それだけ言って、男は路地裏に消えていった。空間魔術を使ったのか、文字通り途中で男の姿は消失した。
というか、あいつ俺のこと知っていたのか。
エルフィンの妨害をしていたから、その弟である俺のことを知っていても不思議ではないのかもしれないな。
*
「……ごめんなさい」
開口一番、リィンは謝罪を口にした。
あの後、俺とリィンはほとんど無言で歩き、闘技場の近くまで帰ってきていた。
「どうしてリィンが謝るのさ」
「あなたを危険な目にあわせてしまったから。相手が
「いや、ついていくって言ったのは俺だし。それに最後は俺が足手まといになっちゃったから。むしろ謝るのは俺の方だよ。……申し訳ない」
あの男は俺を人質に取り、それを取引材料にしてリィンに見逃させたのだ。俺はやつのさっきの前に、震えるだけで何もできなかった。それどころか、リィンの足を引っ張ったのだ。
本当に、情けない。
Cランクの魔物を相手にして生き残ったり、イライザや家族から魔術の腕前を褒められたりと、いろいろなことが重なって俺は増長していた。
俺は割と強いんじゃないか、もしかして異世界転生によくある天才なんじゃないか。そんな
俺だけじゃない。リィンだって命の危機に晒していたかもしれない。
もう、自分の力を過信するのはやめよう。
「それでも私がちゃんと拒否していたら──いえ、今更言っても遅いわね。あいつは逃がしてしまったけれど、ひとまずあなたが無事でよかった」
「リィンもね。──結局、あの男は何がしたかったんだろう」
そのあたりはわからずじまいだ。どうしてエルフィンの妨害をしたのだろうか。
剣術大会には権威が伴う。そう考えると、エルフィンが戦っていた相手が怪しいか? 対戦相手と推薦した貴族家の名前は何だったかな……。
「さあ。たぶん、誰かに依頼をされたとかだと思うけど」
「どうしてそう思うの?」
「……勘」
勘かぁ。
でも一流同士は剣を交えただけで相手の考えていることがわかる、というらしいしな。前世の漫画の知識だが。
「あ、そういえば」
「うん?」
あの男のことで何か気がついたのだろうか。
「あなた、親戚にホワイトナイトの者はいる?」
違った。
よくわからない質問だった。
「いないと思うけど、どうして?」
「……そう。イレギュラーってことね」
勝手に納得して頷くリィン。
すみません、説明してもらってもいいですか?
「イレギュラー?」
「ウィルフレッド。あなた『呪い』については知っている?」
また話が飛んだ。
だから説明を──うん? そういえばさっき聞いた気がする単語だ。
「あの男が言っていたよね。呪いがどうとかって。そのこと?」
「そ。あなたも見えたでしょ。私の剣に黒い何かがまとわりついていたのを。あれが呪いよ」
「呪いっていったい……」
「呪いは……言ってみれば魔術とは全く別の形態の
「幽霊に呪われて肩が凝る、とかそんなのではなくて?」
「幽霊? どうしてそこで幽霊が出てくるの?」
うーん。どうやら俺が知っている──前世の『呪い』とは別物のようだ。
というかいるんだ、幽霊。今まで聞いたこともなかったけれど……。
「とにかく、呪いは魔術とは異なる系譜の術理で、それでもって対神徒戦において絶大な効力を発揮するものなの。神徒が使う魔術には『
神力。
また知らない言葉が出てきた。
「要するに、呪いっていうのは神徒の弱点ってこと?」
「……まあ、簡単に言うと、そうね」
だから相手が神徒だとわかっていたのに、リィンは自信満々だったのか。
「その呪いっていうのは、誰でも使えるわけ?」
興味本位で訊いてみた。
別に使えるようになりたいわけじゃないが、もし今後神徒と戦うことになったら役に立つだろう。
戦いたくはないが。
「いいえ。基本的にはホワイトナイトの血筋の者しか使えない。そもそも呪いは『
英雄の技だから、それを使えるのはその一族の者ってことか。
うん?
「……基本的には、ってことは稀にホワイトナイトの血を引いていなくても、呪いを使える人がいたりするの?」
「もちろん。そういう人のことを『イレギュラー』って呼んだりする」
なるほどね。
ここでさっきのイレギュラーに帰ってくるわけか。
……あれ? つまり──。
「さっきのイレギュラーって……?」
恐る恐る問いかけると、リィンが
「
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