第19話 神の寵愛を受ける者
リィンからはついてこない方がいいと言われた。
どういうわけがあるのかは知らないが、剣術大会で禁止されている横やりを行っていた相手だ。戦闘になるかもしれないし、
とはいえ、自分と同じくらいの年齢の少女だけを行かせるのは気が引ける。妨害を受けていたのは我が兄上であるからして、俺が行かなくてどうする、とも思っていた。
「ここね」
裏道をいくつか抜けた先にあった小さな広場でリィンが立ち止まった。王都の中でもかなり人通りの少ない道を通ってきたからか、周辺には人の気配がまったくない。
「誰もいないな」
思わず呟いた俺に、リィンが首を振る。
「空間系統魔術で姿を隠している。ウィルフレッド、そこに攻撃を」
そう言ってリィンが何もない場所を指差す。
俺も目を凝らしてみたが、何も見えない。とりあえず、リィンの言う通りにしてみるか。
「
俺の放った魔術がリィンの指差した場所を通過するよりも早く、空間が歪んだのが見えた。
「なっ!!」
驚いた声とともに、転がるようにして、ローブ姿の逃走者が姿を現した。
「ほらね」
リィンがドヤ顔ともにこちらを見やる。
「それにしてもあなたの魔術、やっぱり……。いや、それは後回しね」
何かを言いかけていたリィンが首を振り、転がったローブ姿に向き直る。
「さてと、それじゃあ試合を妨害した理由を教えてもらいましょうか」
「まったく、俺の
よろよろと、転がったローブ姿が立ち上がった。
男の声だ。フードを
「嬢ちゃん、いったいなにもんだ? ……いや、待てよ。その白銀の髪に、大会に出場していた
「詳しいのね」
「そりゃそうだろ。俺たち神徒にとって、祝福を察知するその眼は天敵のようなもんだからな」
「ふぅん、結構おしゃべりなのね。その調子でさっきの私の質問にも答えてもらいたいのだけれど」
「残念だが、それはできない相談だな」
なんだかよくわからないが、リィンは割と有名人らしい。まあ、英雄の末裔だから、当然といえば当然か。
「そう。じゃあ王国軍に引き渡すから、おとなしくしていなさい」
リィンがローブ姿の男に告げる。
うーん。そのセリフ、フラグっぽくないですかリィンさん? なんだか嫌な予感がする。
「はっ! 『影落とし』は正義感が強いってのは噂通りだったのかよ。わりぃが、それはもっとできない相談だな。捕まりたくはねえし、それにせっかく
次の瞬間、ローブ姿の男が腰に差していたショートソードを抜き、こちらに向かって突進してきた。嫌な予感、的中だ。
「っ! ウィルフレッド、構えて!」
リィンの言葉に、俺は慌てて後ろに下がる。
こんなこともあろうかと、事前にリィンとは打ち合わせをしていたのだ。もし荒事になったら、リィンが前衛で俺が後衛。女の子に前衛を任せるなんて気が引けたが、あいにくと俺は剣を持ってきていなかった。
それに、リィンはアンリとも引き分けるほどの実力の持ち主だ。多分、俺より強い。
キィンと高い音が鳴った。
ローブ姿の男の一撃に、リィンが剣を抜いて合わせる。
「
男の足が止まったところを、俺が後ろから狙い撃つ。
「おっとっと」
男は慌てる様子もなく俺の魔術をかわし、リィンから距離を取ろうとバックステップを踏んだ。
「──あまい!」
「っな!」
男のバックステップに合わせて、リィンが相手の懐に飛び込み、右下から斜めに切り上げる。
「ちっ」
リィンの踏み込みから逃れるように、男はさらに大きく距離を取った。
「ひとまずその顔、見せてもらう」
リィンの一太刀によって、ローブ姿の男のフードが切り裂かれていた。
はらりと布がめくれ、そこには正体不明の男の顔が──。
「え?」
なかった。
いや、正確には違う。
顔はある。それはわかるのだが、男がどのような顔立ちをしているのか認識できない。
「空間系統魔術で私たちの認識を阻害しているのね」
「そういうこと。いやはや、念を入れて顔隠しておいてよかったぜ」
ローブ姿の男がやれやれといったように肩を上下させる。喋っているはずなのに、口の動きが見えないのは、なんだか変な気分だ。
「にしても嬢ちゃん、さすがはホワイトナイトだな。しょせん子供だと思っていたが、どうやら俺の認識があまかったみたいだ」
「それなら、おとなしく降参する? 今ならまだ間に合うけど」
「はっ、まさか! お楽しみはこれからだろ!」
男が再度リィンに向かって飛んでくる。
構えるリィン。
一歩、二歩、三歩。やつが四歩目を踏んだと同時に、その場から消えた。と思いきや、次の瞬間、リィンにショートソードが肉薄した。
「くっ!!」
唐突に目の前に現れた男の剣に、リィンは身体を捻りつつ無理矢理後ろに飛んだ。
男は下がったリィンをなおも追いかける。
「はっ!」
男の追撃をすんでのとことで受け止めるリィン。だが、ショートソードを持った男の方が有利な間合いでの立ち回りだ。相手の斬撃に合わせるだけで精一杯で、反撃にまでは至らない。
「オラオラオラ! どうしたんだ、
「うっ……さい、わね!」
リィンは防戦一方だ。今のところ捌けているみたいだが、いつその均衡が崩れるかわからない。
魔術で援護したいが、男の方はかなりうまく立ち回っている。奇妙なステップで、俺との間にリィンが来るように誘導しているようだ。
このままでは魔術を使ったところで、援護どころかリィンの邪魔にしかならない。
「それなら……!」
どの魔術もそうだが、うまくコントロールするにはイメージと集中が重要だ。
リィンを避けてその先にいる男に対して魔術を行使する。迂回するイメージだ。ドンピシャで当てる必要はない。やつの動きを邪魔さえできれば、それでいい。
「
杖の先端から風の衝撃波が放たれる。衝撃波は直進せず、斜め上から男のすぐ後ろに着弾した。
「うおっ!」
後ろからの風圧で男がバランスを崩す。といってもほんの少し重心が前に掛かった程度だ。しかし、それを見逃すリィンではなかった。
「──はっ!!」
掛かり気味の一撃を手首の返しでいなすと、返す刀でショートソードを持った男の右腕を斬り上げた。
完璧な一撃だった。
男は右腕を斬り飛ばされて、その場にうずくまる。
そう思っていたのだが──。
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