第18話 リィンの目的

 エルフィンの圧勝後、淡々と試合が進められていった。一回戦は実力差が開いた組み合わせが多かったのか、ほとんどの試合が五分もかからずに決着していた。ただ、レベルが低いわけではないことは、見ていてわかった。おそらく、今の俺が参加しても一回戦で瞬殺されるだろう。


「そういえば、リィンはこの国に住んでいるわけじゃないんだよね? どうしてリーリアに?」


 一回戦の半分である四試合目が終わったタイミングで小休憩が挟まった。俺がトイレに立ち、席に戻ってくると、シンシアとリィンが雑談を始めていた。

 試合中にも俺を挟んでちょこちょこと話していた二人は、この短期間でそれなりに話せるようになったらしい。


「いくつか目的はあるのだけれど、一番はこの剣術大会かな」

「へぇ。この大会を見るためにわざわざ他の国から来たんだ」


 なんといってもリィンは英雄の末裔、ホワイトナイトの一族だ。ホワイトナイトには武の才能がある人が多いみたいだし、実際にリィンはアンリと引き分けている。そんな彼女のことだから、リーリア王国の武の祭典でもある剣術大会に興味があるのだろう。


「……それもあるのだけれど、兄が」

「兄が?」


 リィンが闘技場の中央に視線を向けた。

 どうやら休憩が終わり、五試合目が始まるようだった。対戦する二人が向かい合っている。


「あれは……」


 その二人のうちの片方は、こちらの世界でも珍しい髪色をしていた。

 俺の隣に座る少女──リィン・レスペデーザ・ホワイトナイトと同じ白銀の髪。

 立会人が発声コールする。


「アザール・レスペデーザ・ホワイトナイト! 王室推薦」


 会場がどよめきで埋め尽くされる。


「兄がこの大会に出場するから、その付き添いでリーリアに来たの」


 そう言ったリィンの声は少しだけ憂鬱そうだったが、すぐに周りの喧騒にかき消されてしまった。



*



 リィンの兄、アザールの試合も、エルフィンの時と同じく一瞬で終わってしまった。

 もちろん、アザールの勝利で、だ。俺の背丈くらいはある大剣を一振りして、相手を場外へと吹き飛ばしてしまっていた。

 それにしても、ホワイトナイトというのは俺の思っていた以上に知名度が高いらしい。周囲からは「あのホワイトナイトを呼ぶなんて」や「王室は本気で優勝を狙っているな」とか「なんかずるくない?」などなど、様々な感想が聞こえ漏れてきていた。


「──つまり、リィンはお兄さん応援でリーリアまで来たってこと?」


 アザールの試合後、シンシアがリィンに話しかける。


「応援、というか王都の案内かな。リーリアの王室から剣術大会の推薦がレスペデーザ家に来て、兄がそれを受けたの。兄はリーリアに来たことがないのだけれど、私は以前王都に滞在していたことがあるから、それでね」


 以前、というのはアンリと立ち会った時のことだろうか。


「そっかー。それにしても、リィンのお兄さんってすごく強いんだね! さすがはホワイトナイトって感じ」

「何言っているの。あなたたちのお兄さんだって素晴らしかった。あの素早い一撃は私の兄でも手こずるでしょうね」

「え、そうかな? でも確かにエル兄はすごいんだよ!」


 お互いの兄を褒められ、二人はまんざらでもない様子だ。

 でもね、シンシア。お忘れかもしれないけれど、兄はここにもいるんだよ?


 試合は順調に進み、ベスト四が出揃った。

 中でもエルフィンとアザールは二戦目も圧倒的で、どちらも無傷でここまで勝ち上がっていた。

 準決勝のエルフィンの相手は剣を二本扱う剣士だった。それなりの使い手のようだが、これまでの戦いぶりからすると、おそらくエルフィンが勝つだろう。

 そう思っていたのだが……。


「エル兄……」


 シンシアが不安げに呟く。

 その気持ちはわからないでもなかった。目の前で始まった試合では、エルフィンが押されていた。

 相手の二刀流の連撃に対して、防戦一方のエルフィン。時折反撃を試みるも、俺の目から見ても明らかに遅い。ここまで精彩を欠いている兄は初めて見る。

 これまでの二連戦で疲労が溜まっているのだろうか。いや、エルフィンはどちらの試合も一瞬で終わらせていた。怪我すら負っていないし、仮に打撲やねん挫などの目に見えづらい損傷があったとしても、試合後には宮廷魔術師が回復魔術をかけてくれるので、そこまで影響はないはずだ。

 それなのに、いったいどうして……?

 相手が実力を隠していたとか? いやそれは──。


「っ……これは!」


 それまで厳しい目で試合を見ていたリィンが、突如弾かれたように立ち上がり、辺りを見回し始めた。

 後ろにいた観客が立ち上がったリィンに対して文句を言うが、彼女は一切気にしたそぶりを見せない。


「リィン? いったいどうしたのさ?」

「どこ……どこにいる? そこまで遠くにいるはずない、必ずこの闘技場の中に……」


 どうやら人を探しているようだ。


「えーっと、とりあえずいったん落ち着いて座ったら?」


 俺はそう提案してみる。後ろの人はかなりイライラしているみたいだし、周りからも白い目で見られている気がする。


「────いた」


 ふいに、リィンがそう呟いた。


「え?」


 リィンはある一点を見つめていた。

 その視線の先には、灰色のローブを被った人影があった。席には座っておらず、闘技場の観客席の入り口付近にたたずんでいる。

 その人影は、俺たちの視線に気がついたかのように、こちらに顔を向けた。フードを深く被っているため、どんな顔かはわからない。だが、視線が交差した気がした。

 次の瞬間、人影が走り出した。


「逃がすか!」


 同じタイミングでリィンも駆けだす。

 俺は慌てて立ち上がると、リィンの後を追い始めた。振り向きざまに、シンシアに声を掛ける。


「シンシア! あとはよろしく!」

「え、ちょ──」


 後ろからシンシアの戸惑ったような声が聞こえた。



*



 ちょうど城壁外へと出るところで、立ち止まっていたリィンに追いついた。

 脚力には結構自信があったのだが、彼女は俺が思っているよりもかなり速かった。

 リィンがちらりとこちらを見る。なぜだか片目を閉じている。ウィンクだろうか?


「ついてきたのね」

「だめだった?」

「……だめじゃないけれど」

「それなら、説明してもらってもいいかな? さっきのローブの人は誰で、なぜリィンが追いかけたのかを」


 俺の問いかけにしばし沈黙したのち、リィンが口を開いた。


「あなたたちのお兄さん、結構苦戦していたでしょ?」

「え? 確かにそうだけど……」


 エルフィンが苦戦していたことと何か関係があるのだろうか?


「あのローブ姿のやつ。あいつがあなたたちのお兄さんを妨害していたの。詳しい術まではわからないけど、おそらく空間系統魔術ね」


 妨害? 空間系統魔術? いったいどうして?

 いや、それよりも──。


「どうしてそれがわかったんだ? そもそもあそこは宮廷魔術師が結界を張っていたから、魔術は通さないはずだし」

「順を追って説明する。ウィルフレッド、あなた十神じゅっしんについては詳しい?」


 十神? なぜここで十神が出てくるんだ?

 とはいえ、説明を求めている俺ができるのは、彼女の問いに答えることくらいだ。


「……十神教につたわる破神大戦はしんたいせんの話くらいしか知らないけど……」

「破神大戦……。それなら十神が人々に魔術を授けたってことは知っているよね? それらの魔術は王道十種おうどうじゅっしゅと呼ばれ、結界を始めとする空間系統魔術もそのうちの一つ」

「それは知っている」

「確かにあの場は宮廷魔術師たちが複数人で結界を張っていた。常人にはその結界を破れないだろうし、仮に破れたとしても結界を張っている術者がそれに気がつかないわけがない」

「それならどうして……?」

「あのローブ姿のやつが、祝福を受けているから」

「しゅくふく?」


 シュクフク、祝福。

 字面だけであれば知っている。前の世界の知識にも当然存在している。幸せを祝うこと、もしくは──。


「神々の恩寵おんちょう、と言い換えてもいい。彼らはすでに消失してしまっているけれど、その力はいまだにこの世界に影響を与え続けている。その一端が祝福。ごく稀にだけれど、神徒しんとと呼ばれる、神に祝福を受けた者が生まれることがあるの」


 神々。

 正直あまり信じてはいないが、ここは異世界だ。前世の物差しが通用するとは限らない。


「神々の祝福を受けた神徒は、端的に言ってしまえば非常に強い力を行使できる」

「その力というのは、魔術のこと?」

「その通り。火神かしんの祝福を受ければ火炎系統魔術が、水神すいじんの祝福を受ければ水流系統魔術が、常人のそれとは一線をかくしたものとなる」

「つまり、さっきのやつは……」


 リィンが頷く。


「まず間違いなく、空間の神たる虚神きょしん・ティースの祝福を受けている。あの結界を壊さずに中の人に妨害をかけるなんて芸当、神徒でもないとできるはずもない」


 それに、とリィンが続ける。


「私の目は……その、特殊で。簡単に言ってしまえば、祝福を受けた者とその魔術の痕跡がわかるの。魔術で周りの空間を歪めていたみたいだから、ちょっと見つけるのにてこずったけど」


 特殊な目。いわゆる魔眼まがんというやつだろうか。この世界にもあるのかは知らないが。


「どうやって結界の中にいる兄様を妨害したのかはわかった。でもいったいどうして?」


 シンプルに考えれば、エルフィンを勝たせないため。つまり、対戦相手の手のものが妨害している、となるが……。


「さあ? それはわからないけど──よし、見つけた」


 リィンが閉じていた左目を開け、薄く笑う。


「本人に訊いてみればいいんじゃない?」

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