第17話 早めの再開

 翌日。

 今日は剣術大会当日だ。


 俺たちはデリックに連れられて、城壁内へと足を踏み入れていた。

 剣術大会が行われる闘技場は城壁内、王城の東側に位置しており、その道中には所せましに屋台が並んでいた。まるでお祭りだな。

 というかお祭りなのだろう。聞くところによると、剣術大会の日だけは城壁内に入るための厄介な手続きが簡略化されるらしく、平民だろうと自由に出入りできるらしい。一応、城壁門では魔術によるボディチェックのようなものが行われていて、魔道具などの危険物は持ち込みできないようになっている。

 町中では王国軍がいたるところで警備と監視を行っていた。

 こんなことができるのも、現在リーリア王国が戦争をしていないからだな。


 そういえば、昨日知ったことだが、剣術大会の正式名称は「リーリア武術交流大会」というらしい。

 誰でも参加できるというわけではなく、基本的に王国貴族の推薦が必要となる。デリックからの受け売りだが、参加枠は十六しかないのに対し、参加希望者は二百名近くに上るらしい。最終的に王室から参加者の発表があるのだが、どうやって決めているのかは不明だ。デリックが何とも言いづらそうにしていたので、おそらく抽選ではないのだろう。

 これだけ聞くと、コネだけが必要な実力とは関係のない大会のように思えるが、実情は違う。


「言ってみれば、貴族たちの代理戦争みたいなものだね」


 昨日、宿に帰る際にエルフィンが語っていた。


「代理戦争ですか?」

「そう。この剣術大会はリーリア王国が建国された時から続く、歴史あるものなんだ。歴史には権威がついて回ることが多々ある。貴族たちは自分の家が推薦した者が優勝することで、その家柄の権威を示したいのさ。実際、出場者はどこの家から推薦されたか公開されているしね」

「なるほど、だからこそ、貴族たちは家名にかけて選りすぐりの強者を推薦する、というわけですね」

「推薦した人が優勝したら、その人と関係性があるとアピールもできるからね」


 ちなみに、ごく稀にだが王族が推薦をすることもあるらしい。何を隠そう、アンリが打ち負かしたリーリア王国騎士団団長も、王から直々に推薦を受けて参加していたそうだ。



*



 そんなわけで、剣術大会には腕に覚えのあるつわものが集っている。

 だからこそ、十歳で優勝したアンリが異常なのだが。


「それにしても、どうして剣術大会っていうんだろ。正式名称には『剣術』なんて入ってないよね?」


 右隣でシンシアが疑問を口にする。


「それは剣術が他の術理──槍術や弓術などに比べて広く使われているから。剣魔術けんまじゅつだって、剣以外の武器で使用することはあっても、槍魔術やりまじゅつとか弓魔術ゆみまじゅつとか言ったりはしないでしょ? それと同じ」


 俺が答える前に、左隣から涼やかな声が通る。


「それに出場する人の大半が刀剣を使っているから、剣術大会という呼び名もあながち間違いではないかもね」

「ふぅん。そうなんだ」


 シンシアが納得したように頷く。


「あのぅ」

「なに?」

「なんか馴染んでません?」


 そう言って俺は左を向く。そこには昨日知り合ったばかりの少女がいた。


「馴染んではだめなの?」


 少女──リィン・レスペデーザ・ホワイトナイトが不思議そうに首を傾げる。


「いや……だめってことはないですけど」


 どうしてこうなったのか。

 それを説明するには、数時間前までさかのぼる必要がある──わけではない。

 闘技場の観覧席に座ったら、たまたま隣にリィンがいた。ただそれだけだ。シンシアにも挨拶はしていたが、それにしてもうちの妹と自然に話しすぎじゃないですかね?

 ちなみに、今この場にデリックはいない。俺とシンシアの座席はデリックが知り合いの貴族に無理を言って取ってもらったもので、さすがに三人並びにすることは難しかったらしい。


「それならいいでしょう。というかあなた、昨日会った時も思ったのだけれど、その敬語やめてもらえる? 私は別にこの国の貴族ではないし、歳もそこまで変わらないでしょう」


 こっちの世界では、前世よりも年功序列の意識が低い。とはいえ、年上に対して敬語を使うことは珍しくはない。


「リィンさんはおいくつなのでしょうか?」


 女性に対して軽々けいけいに年齢を訊くのはご法度はっとだ。でも彼女はまだ若いし、問題ないだろう。


「今年で十一歳だけど」

「僕は九つなので、リィンさんの方が年上ですね」

「だから?」

「なのでこのまま敬語で──」


 いや、やめよう。相手がそれを望んでいないのだ。それはもはや敬った語り口ではない。


「わかり──わかった。敬語はやめる。えーっと……」

「リィンでいいよ」

「うん。よろしく、リィン」

「よろしい。こちらこそよろしく、ウィルフレッド」


 リィンが手を差し出す。

 意外というかなんというか。この世界でも握手という概念は存在している。

 俺は彼女の手を握った。


「ねえ、ちょっと」


 後ろからシンシアの不機嫌な声が聞こえた。


「私のこと忘れてない?」



*



 剣術大会はリーリア国王の宣言で始まった。


 俺たちが座っている席から王がいる貴賓席はかなり遠く、その顔をはっきりと見ることはできないが、大体四十代くらいに見える。想像よりも若いな。もっとおじいさんかと思っていた。

 闘技場の貴賓席から聞こえる王の声は、魔術か何かで拡声されているのか、俺たちが座っている席でも問題なく聞こえた。


「──諸君の正々堂々たる立ち合いを期待する。九十八代リーリア王国国王、クライブ・シトラ・リーリアがここにリーリア武術交流大会の開催を宣言する!」


 国王の言葉に、闘技場に集まった観客たちが大いに沸く。

 同時に、空に花火のようなものが打ち上げられた。色とりどりの光が空中に咲き誇っている。すごいな。この魔術、どんな系統なのだろうか。


 エルフィンの出番はすぐだった。

 剣術大会は十六人の選ばれし参加者たちが、トーナメント形式で立ち合いを行う。

 正方形のフィールドで一対一の戦いを行い、相手を戦闘不能、もしくは場外にした方が勝利となる。ギブアップも認められているため、勝ち筋としては三パターンあることになる。


 武器の使用に制限はないが、杖を用いた魔術の行使は禁止されている。逆に言うと、杖を使わなければ魔術を行使しても反則にはならない。これは剣魔術けんまじゅつ──剣術などの武術に特化した魔術──の使用を念頭に置いたルールではあるが、実のところ『火球ファイアボール』などの魔術は杖がなくとも使用はできる。反則ではないが、暗黙の了解で使わないことになっているらしい。杖がないと威力や精度がかなり落ちてしまうため、そんなものを使っている暇があれば剣で斬った方が早い、とはアンリの談。

 立ち合いを行う場には、宮廷魔術師たちが結界を張っており、外からの魔術干渉はできない。もちろん、内からの魔術も通さない。

 その他、相手を殺めてしまうと失格となるが、回復系統魔術を操る宮廷魔術師が複数人詰めているため、それが理由で失格となった者はいないらしい。


「──とまあ、ルールについては大体こんな感じかな」

「兄さん、静かにしてくれる? エル兄の試合が始まるから」

「あ、はい」


 怒られた。

 隣ではリィンが「かわいそうに」といった表情をしている。そんな目で見ないでください。

 一回戦、エルフィンとその対戦相手が闘技場の中央で向かい合っている。

 立会人によって相手の名前が読み上げられる。先ほどの王の宣言と同様に、拡声された声が響き渡る。


「ハイト・デリトラ! デリトラ家推薦」


 ハイトと呼ばれた男が、手に持った槍を高々と突き上げる。

 どうやらこの男は貴族のようだ。自分の家の者を推薦し、そいつが優勝する。なるほど、確かに権威を高めるという点でみれば、もっとも効果的ではある。


「エルフィン・フィアレス! レナード家推薦」


 立会人の読み上げに、会場が少しだけざわめく。

 エルフィンは前回大会、前々回大会ともにベスト四の成績を収めている。エルフィン個人が有名なのか、それとも最年少優勝をしたアンリと同じ家名であることが要因か、はたまた推薦をしたレナード家が高名こうめいなのか、それはよくわからない。

 レナード家のことはデリックから聞いている。

 宿を取ってくれたのも、俺とシンシアの席を用意してくれたのもレナード家だ。王都でも指折りの上級貴族であり、現レナード家当主とデリックは個人的な付き合いがあるらしい。それ以上の詳しいことは教えてもらっていないが。


「互いに用意はいいか?」


 立会人の言葉にエルフィンとハイトが頷き、互いに得物を構える。


「よろしい。では……始め!」


 試合開始の合図と同時に、エルフィンが動いた。

 次の瞬間、ハイトが槍を構えたまま後ろに倒れた。

 倒れたハイトの目の前で、エルフィンが打刀うちがたなを鞘に納める。

 目では追えなかった。しかし、今目の前で起きた現象には覚えがある。残心流ざんしんりゅう居合いあい神速剣しんそくけん』だ。

 静まり返った闘技場の中、我に返った立会人がハイトに駆け寄る。数秒確認したあと、この試合の勝利者を宣言した。


「しょ、勝者、エルフィン・フィアレス!」


 どっと会場が湧く。

 あまりにも早い決着だった。

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