第16話 英雄の末裔
「冒険者協会へようこそ! 何かご依頼をお探しですか?」
「いえ、ちょっと見学に」
「そうですか、それならご自由にどうぞ! 二階では食事を出しているお店もありますので、もしよかったらぜひ!」
俺が懸念していたことは起こらなかった。それどころか、受付のお姉さんからは丁寧に案内をされていた。明らかに子供だけの俺たちに依頼の話をするなんて、と思わなくもないが、冒険者になるのに年齢制限はない。十代で有名冒険者に、なんて話もちょくちょく聞いたことがある。
周りも特に俺たちのことは気にしていないようだった。もしかすると、王都の冒険者協会は観光地みたいな扱いをされているのかもしれない。
気がつくとシンシアはどこかに行ってしまっていた。エルフィンも二階に行ってしまったようだ。
さて、どうしようか。別にそこまで冒険者には興味ないんだよな……。
目的もなくふらふらさまよっていると、ふと掲示板のようなものが目に留まった。近くまで寄ってみると、多くの紙が貼り出されているのがわかった。どうやら依頼が貼り出されている掲示板のようだ。
各依頼にはそれぞれ「依頼内容」「期限」「報酬」そして「難易度」が記載されていた。
依頼内容は様々だ。
探し物から、荷物の運搬、魔物の討伐、貴族の護衛など、多岐にわたっている。「難易度」の欄にはEだのFだの記載されていた。これは魔物のランクと同じく、最高難易度がS、最低難易度がFとなっている。
例えば、積み荷を倉庫へと運ぶ依頼や、王都周辺の森に出没している
ちなみに、依頼の難易度とは別に、冒険者にもランクが存在している。基本的に4~6人からなる冒険者パーティ単位につけられるそのランクは、やはりと言うべきかSからFの間でランク付けされている。
「あれ?」
ここにある依頼、おかしいな。王都なだけあって、依頼の数はヨルキ領のそれとは比べ物にならないが、ぱっと見たところEランクまでのものしかない。
Eランクといえば、ヨルキ領でも受けられる難易度である。てっきり王都にはAランクとかSランクとか、高難易度の依頼がたくさんあるものかと思っていたのだが。
「なんでEまでしかないんだ……?」
「それは王都だから」
「ぅえ?」
なんとはなしに呟いた独り言に返答があった。
隣から聞こえたその声の方を向くと、そこには白銀の髪をした一人の少女が立っていた。
知らない子だ。年齢は俺と同じか、ちょっと上だろうか。端的に言ってしまえば、かなりの美形だ。少女的な幼いかわいさと、成長途中の美しさが相まって、その美形がさらに強調されているような気がする。
「依頼の中で難易度が高くなりがちなのは魔物の討伐だけれど、王都周辺は魔力が薄い。つまり魔物の発生が他の地域よりも極端に少ない。だから、王都には難易度の高い依頼はあまりないの」
「あのぉ……僕にしゃべりかけてますか?」
「あなた以外の誰に話していると思っているの?」
少女はそう言ってこちらを向いた。
いや、念のためにね? 確認しただけですよ。返事をした後に、実は別の人に話しかけていた、なんてことになったら恥ずかしいからね。
「それは失礼しました。……ところで、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「ないと思うけど」
あ、さようですか。
堂々と話しかけてくるから、どこかで知り合っていたのかと思ったのだが、違ったみたいだ。
「ああ、自己紹介がまだだった。私はリィン・レスペデーザ・ホワイトナイト。君が新米冒険者っぽかったから、先輩冒険者として助言をしようかと思ったの」
おお、すごい名前だな。もしかして貴族とかだろうか。いや、異世界転生の相場を考えれば、お忍びの姫様という可能性も捨てきれないか。
それにしても
「これはご丁寧にどうも。僕はウィルフレッド・フィアレスと申します。助言、ありがとうございます。ただ、冒険者ではなく、ここには観光で来たようなもので……」
「そう、冒険者じゃないのね。──うん? フィアレス……?」
リィンが首を傾げる。
「ねえ、親族にアンリ・フィアレス、という方がいたりしない?」
「ええ、アンリは僕の姉ですが。姉様のこと知ってるんですか?」
「去年のことだけれど、このリアシオンであなたの姉君と手合わせをしたことがあるの。とんでもなく強い人だったから、とても記憶に残っている」
「そうだったのですか」
さすがは我らが姉上、といったところだろうか。
「ふぅん、そう。あの人の弟ね……」
「あの……?」
「…………」
なぜか黙ったままリィンがこちらを見つめてくる。
美少女に見つめられると、なんだか恥ずかしい。
「君……もしかして……」
「はい?」
「ううん、やっぱりなんでもない。私、このあと用事あるから、もう行くね。また会いましょう」
「え、あ、はい。そういえば、依頼受けなくてもいいんですか?」
ああ、とリィンが
「別に依頼受けるつもりはなかったから平気。前回王都に来たときは忙しくて冒険者協会に寄っている暇がなくて、ちょっと様子を見に来ただけだから」
リィンはそう言って立ち去ってしまった。
よくわからないまま話が終わってしまった。彼女は何を言いかけたのだろうか。
それに「前回王都に来たとき」と言っていた。ということは、少なくともこの国のお姫様の可能性は潰えたということだ。冒険者で、アンリと手合わせしている時点であり得ないことではあるが。
それにしても、なんだか気になる子だったな。
どこかで会ったことのあるような……。
「今しゃべっていた子は知り合いかい?」
いつの間にか、エルフィンとシンシアがそばに来ていた。
お土産でも買ったのだろうか、シンシアの手には何かの袋が握られている。
「知り合い、というかついさっき知り合ったばかりですね」
「へぇ、それにしては仲よさそうだったけど。……見つめあったりしていて」
エルフィンが珍しくからかうような調子で言葉を口にする。
いや、まあ見つめあっていたというか、見つめられていたのは事実ですがね。誤解されるような物言いはやめてもらいたいものだ。ほら、なぜかシンシアが機嫌悪くなっている。
別に君の兄さんはナンパものなんかじゃないからね!
「冗談はさておき、どんな子だったんだい?」
「冒険者だって言ってましたね。ああ、あとアンリ姉様のことを知っていました。なにやら立ち合いをしたことがあるみたいで」
「アンリと立ち合いを……? 名前は?」
「リィン……ええと、何とか、ホワイトナイト、というそうです」
ホワイトナイト、という印象に残る家名のせいか、他がうろ覚えだ。
「ホワイトナイト……もしかして、リィン・レスペデーザ・ホワイトナイト?」
エルフィンがはっとした表情を浮かべる。
「あ、そうです。リィン・レスペデーザ・ホワイトナイト、確かにそうでした。兄様は彼女のことをご存じなのですか?」
「知り合いではないんだけどね。去年、アンリが王都の貴族に招かれて剣術の合同演習に行ったことは知っているだろう? そこでアンリと唯一引き分けたのが、今言った彼女なんだよ」
そういえばそんなことをアンリが言っていた気がする。名前までは聞いていないが、俺と同じくらいの歳の子と手合わせをして決着がつかなかった、と。
「アンリ姉と引き分け!? さっきの子、私や兄さんと同じくらいの歳だったよね?」
シンシアが驚いている。
気持ちはわかる。正直、俺も同じくらい驚いている。アンリと引き分けるなんて、並大抵の実力ではない。
「確かにアンリと対等に渡り合える剣士は、シンシアやウィルの年齢くらいだとまずいないだろうね。さすがはホワイトナイトといったところかな」
うん?
「エル兄、さすがはホワイトナイトって、どういう意味?」
シンシアがエルフィンに向かって問いかける。
「ああ、二人はまだ知らないか。じゃあ僕が教えてあげよう。とはいえ少し長くなりそうだから、魔術書の専門店までの道すがら話そうか」
そう言って、エルフィンは歩き出した。
*
むかしむかし、この世界には十柱の神様がいました。
人々は神々の
平穏な暮らしの中、突如として邪神が
邪神は魔なる生物を生み出すと、それは人々を襲い始めました。
神々は人々にそれぞれが得意とする魔術を授けると、人々はそれを用いて魔なる生物に対抗しました。
永く続く戦乱の中、神々はその強大な力を持って邪神に対抗していましたが、邪神の力は神々のそれを上回っていました。
そんな折、ユウカ・ホワイトナイトという人間が邪神の前に立ちはだかりました。
彼女は邪神の手下を次々と打ち倒すと、神々の力を借りてついには邪神を滅ぼしました。
邪神との戦いで深く傷ついた神々は、永き眠りにつき、この世界から姿を消しました。
ユウカは嘆き悲しみ、未来永劫、その忠誠を捧げることを誓いました。
*
「とまあ、これが
エルフィンがそう締めくくる。
十神教とは、この異世界で最もポピュラーな宗教だ。その名の通り、かつて存在していた十柱の神々を奉っている。魔術の「
本当かどうかはわからないがな。
「破神大戦、というのは、十神と邪神の争いの総称でしょうか」
「そうだよ。実際に邪神は破れ、十神もいなくなってしまったから、こういった名前になったらしいね」
「エル兄、エル兄。今の話に出てきた「ユウカ・ホワイトナイト」って……」
「うん。はるか昔の戦争で神々を助け、世界を救った英雄。それでもって、さっきウィルが話していた、リィン・レスペデーザ・ホワイトナイトのご先祖様だね」
英雄の子孫か。
なるほど、言われてみればただならぬ雰囲気を醸し出していた気がする。……後づけじゃなくてね?
それにしても英雄の末裔だなんて、異世界転生先としては申し分ないな。別にうらやましくはないが。本当に。絶対。
「英雄の血を引いているからかわからないけど、ホワイトナイトにはすごい才能を持った人がいっぱいいるんだ。だから、アンリと引き分けたとしても不思議ではないかな」
というか、そんな血筋の人と引き分けたアンリの方がすごいのではないだろうか。
「ちなみに、ホワイトナイトは「ディア・ホワイトナイト」「レスペデーザ・ホワイトナイト」「ピオニー・ホワイトナイト」の三つの家に分かれていて、御三家とも呼ばれているらしい」
「詳しいですね、兄様」
「去年、アンリが彼女との立ち合いで引き分けたあと、いったい誰なのか調べてほしいってアンリに頼まれたからね。それで知っていたんだ」
俺に話したときは、あまり気にしていない風を装っていたが、どうやらアンリは非常に悔しがっていたらしい。彼女は負けず嫌いだから、当然といえば当然だが。
しばらく話していると魔術書の専門店にたどり着いた。
残念ながら、転生や記憶喪失に関する収穫はなかった。
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