第15話 初めての王都

「へぇ、ここが王都か」


 あまりにもありきたりな台詞を吐いて、俺は感嘆する。

 目の前には人々でにぎわう町並みが広がっていた。


 馬車に揺られること三日。途中の宿場町で宿泊をしつつ、ついに俺たちは王都に初めて足を踏み入れていた。

 訂正。

 初めてなのは俺とシンシアだけだ。シンシアも声こそ出してはいないが、目を見開き辺りを物珍しそうに眺めている。

 あまりきょろきょろしなさんな、シンシア。お上りさんだと思われるぞ。

 一緒についてきた(というか俺たちがついてきたのだが)デリックとエルフィンは、慣れているのか、平然とした様子だ。


 ちなみにアンリはお留守番だ。良くも悪くも、剣術大会最年少優勝者は貴族たちに人気らしく、王都にいるとひっきりなしにパーティやら会食やらの声が掛かるらしい。そのあたりが面倒なようで、アンリにしては珍しく留守番を宣言していた。

 どうやらこの辺りは商業地区のようで、飲食店やら雑貨屋やらがところ狭しと並んでいる。何かを焼いているらしく、屋台からはいい匂いも漂ってきていた。お腹空いてきたな。どこかで食事を──。


「まずは宿に行く」


 デリックの宣言で買い食いはお預けとなった。


 宿は王都の中でもかなり上等な部類に入るものらしい。

 詳しくは知らないが、トイレや風呂が共用ではない宿は、王都でもそう多くはないそうだ。そもそもこの世界では、家に風呂がある方が珍しいのだが。


「宿が上等なのはいいけど……。どうして兄さんと部屋が一緒なの?」


 到着早々、ベッドに寝ころびながらシンシアが文句を言い始めた。


「エルフィン兄様が言っていただろ。王都にいる知り合いの貴族に屋敷を宿として提供しようかと提案されたけど、父様がそれを断ったって」

「宿の話じゃなくて! 兄さんと同じ部屋になっている理由について訊いてるの」

「そりゃあ、この部屋が二人部屋だからじゃないか?」

「そもそもなんで二人部屋なの? 王都に来るまでは一人一部屋ずつだったのに!」

「結局、その知り合いの貴族に宿をとってもらうことになったけど、父様が二人部屋二つでいいって言ったからじゃないかな。さっきエルフィン兄様が言っていたけど」

「……だから、それは知ってるって」

「双子だから同じ部屋の方がいいと、父様が気を遣ったんじゃないか?」


 当然、デリックは俺とシンシアが不仲であることを知っている。大方、これを機に仲良くなってほしいとか、そういう魂胆があるのだろう。


「むぅ……」

「それじゃあエルフィン兄様か父様と部屋変わってもらう?」

「それはいや」


 うーん。

 乙女心は難しいな。



*



 翌日、俺とシンシアはエルフィンに宿の外に連れ出されていた。


「二人とも、王都は初めてだったよね。今日は一日空いているから、僕がこの辺りを案内するよ」

「いいのですか? 明日は大会があるのですから、今日は身体を休めておいた方がいいのでは?」

「はは、大丈夫だよ。二人を案内するくらいなら問題ないさ」

「エル兄、お父さんは?」


 隣でシンシアがきょろきょろしている。


「父さんは知り合いの貴族に会いに、城壁内に行っている。帰りは遅くなるそうだ」

「知り合いの貴族、というのは宿をとってくれた方でしょうか?」

「ああ、そうだよ。王都の上級貴族なのだけれど、昔から父さんとは友人関係らしい。僕も会ったことがあるけど、かなり気さくな方だよ」

「なるほど。いずれはお会いしたいですね」

「そのうち会う機会はあるさ。さて、それよりも二人はどこか行きたい場所はあるかい? さすがに城壁内は難しいから、外側になってしまうけれど」


 ここリーリア王国の王都、リアシオンは前世でいうところの城郭都市みたいなものだ。

 都市の中心には王城が存在し、その城の周囲に経済圏が発展している。

 城は城壁で囲まれており、その内側と外側でそれぞれ区分けされている。内は主に貴族たちの居住やお抱えの商人などが店を出していて、外は基本的に庶民の生活圏であるが、貴族の中には城壁外に住居を持っていたりする者もいる。

 城壁の内側に入ることができないわけでもないが、それなりに手続きが必要だ。貴族とはいえ、歴史が浅いフィアレス家では顔パス、とはいかないだろう。

 デリックのように、城壁内に住んでいる上級貴族の招待があれば別だが。


「私は冒険者協会に行ってみたい! イライザさんに聞いたけど、王都の冒険者協会はヨルキよりも大きくて、活気があって、すごいんだって!」


 シンシアは行きたい場所が決まっているらしい。最近魔術の鍛錬のために一緒にいることが多くなっているからか、シンシアはイライザから冒険者時代の話をいろいろと聞いているようだ。口には出さないが、冒険者に憧れているのだろう。

 兄としては複雑だ。冒険者なんて危険な職業、かわいい妹に就いてほしくない職ランキング上位だ。


「冒険者協会か。ちらっとは見たことあるけど、確かに立派な建物ではあったね。いいよ、それなら行ってみようか」

「ありがと、エル兄!」

「ウィルは他に希望ある?」


 エルフィンから問いかけられる。


「そうですね……どこか、魔術書が読める場所とかはあったりしますか?」

「うん? 魔術書かい?」

「はい、せっかく王都に来たので、ヨルキ領では手に入らない魔術書を読めたらと」


 転生に関わることや、記憶を取り戻す方法が見つかるかもしれないからな。


「なるほどね。ただ、王立図書館は城壁内だから、魔術書を取り扱っている専門店くらいしか行くところがないけどいいかな?」

「はい、大丈夫です。一応お小遣いも持ってきていますし」


 俺の言葉にエルフィンが頷く。


「よし! ええと、ここからだと……うん、冒険者協会の方が近いから、まずはそっちから行ってみよう」



*



 冒険者協会は大通りのT字路の突き当りに鎮座していた。

 ヨルキ領にあるそれとは比べ物にならないくらい大きい。

 入口の前には階段があり、上った先には重厚なイメージを与える木製の両開きの扉。外側から見る感じだと、三階まであるようだ。

 階段を登りながら、エルフィンに話しかける。


「兄様は冒険者登録していましたっけ?」

「いいや、してないよ」

「……僕もシンシアも冒険者登録はしていないのですが、協会に入ってもいいのでしょうか?」

「大丈夫じゃないかな? 別に冒険者協会は冒険者しか入っちゃいけない、なんて決まりはないんだし」

「エル兄、兄さん、いいから早く行こうよ」


 大丈夫だろうか。


 確かに、ヨルキ領の冒険者協会には何度か足を運んだことがある。去年の魔物狩りの時もそうだったが、入ったことをとがめられたことはない。だがそれは、ヨルキ領だったからだ。あの辺境地では俺たちがフィアレス家であることは周知の事実だったし、それに大抵イライザかアンリが一緒だった。

 イライザは元冒険者で顔が利くし、アンリはヨルキでは知らない者はいない有名人だ。

 そんな知名度補正も王都では効かないのだ。協会に足を踏み入れた途端、


「おいおい、ここはガキが来るところじゃねーんだよ」


 とか、


「遊び気分でうろうろされると、むかつくんだよ」


 とかなんとかいって、絡まれたりしないだろうか。

 俺がそんな妄想をしている間に、エルフィンが何の気負いもなく扉を開けた。


 よし。何があってもシンシアは守らなくては!

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