第14話 変わったことといえば

 波乱万丈だった魔物狩りから一年が経ち、俺は九歳になった。


 前世の日本だと大体小学校三年生くらいだが、学校には行っていない。それもそのはず。この世界には義務教育なんてものは存在しないからだ。

 一応、算術などを教える個人塾のようなものはあるらしいが、幸いなことに我らがフィアレス家は貴族の一員だ。その手の教育は家庭教師から教わっている。

 ちなみに、前の世界になかった教育機関でいうと、魔術学校なるものが存在しているらしい。このことを知った時は、異世界転生にありがちな学園編が来るのか、とワクワクしたのだが、残念ながら十三歳以上でないと入学できないとのことだった。


 『前世の知識と異世界チートスキルで最強パーティを追い出された俺が魔術学校で劣等生と言われながらもハーレム無双な件』の連載はお預けだな。

 チートスキルも持っていなければ、前世の知識はあるが記憶喪失ときたもんだ。

 まったく、設定ミスってるんじゃないか?


 そんなわけで、この一年は特に代わり映えのない生活を送っていた。

 変わったことといえば、俺に対するシンシアの態度が柔らかくなったことくらいだろうか。

 あの魔物狩りの一件以来、挨拶をすれば挨拶が返ってくるし、模擬戦で俺に負けても不貞腐ふてくされることがなくなった。

 なぜシンシアの態度が変わったのかはわからない。魔物狩りの時に彼女が心変わりする何かがあったのだろうが、あの時は情けない姿しか見せていない気がする。もしかすると、頼りない俺の姿が、シンシアの庇護欲を掻き立てたのかもしれないな。

 うーん。自分で言っていて悲しくなってきた。


 そんなシンシアだが、最近はイライザにお願いして、回復魔術を教わっているようだ。

 俺たちに魔術を教えている先生は回復魔術が使えないため、イライザとマンツーマンで練習を行っている。どうやらシンシアには回復魔術の才能があるらしく、ものの数週間で初級回復魔術を使えるようになっていた。

 回復魔術は習得が難しく、使い手が少ないため、シンシアの年齢で初級を使えるようになるのはかなり珍しいのだと、イライザが珍しく興奮した様子で言っていた。

 俺も何度か二人の訓練に参加させてもらったが、まったくといっていいほど上達しなかった。どうやら回復魔術の才能はなかったらしい。イライザには「ウィルフレッド様は他の系統魔術の才能がおありなので、あまりお気になさらないでください」とのフォローをいただいた。

 いや、別に気にしてないからね? ほんとだよ?


 さて、そんな「他の系統魔術の才能がある」ウィルフレッド君だが、なんだかんだと使える魔術の種類は多いと思う。

 この世界の魔術は様々な系統があるが、その中でもメジャーな十系統のことを「王道十種おうどうじゅっしゅ」という。なんでも、はるか昔に存在していた十柱の神様から授けられた魔術らしいが、なんとも胡散臭い話だ。


 俺はそのうちの四種──火炎系統、氷結系統、水流系統、雷電系統は中級まで使えていたのだが、最近では嵐風らんふう系統も習得した。魔術の先生曰く、中級魔術を五種も使える人はそう多くはいないようだ。確かに、エルフィンやアンリ、シンシアよりも俺の方が魔術の幅が広いし、威力だっておそらく負けないだろう。

 少しくらいは自信を持っていいのかもしれない。


 剣術の訓練も続けている。

 だが、こちらは魔術ほどの才能はないみたいだ。エルフィンやアンリには模擬戦で勝てたことはないし、最近実力を上げてきたシンシアとは五分五分だ。

 剣術などの武術にはそれに特化した魔術──剣魔術けんまじゅつと呼ばれるものも存在している。通常の魔術とは異なり、詠唱不要、術名不要が基本的な術理となっている。身体能力の向上を行うことができる身体強化ブーストなどが代表的なものだ。


 その他にも、ビーム(というか衝撃破)を飛ばしたりする魔術もあるようだが、フィアレス家に代々受け継がれている残心流ざんしんりゅうではほとんど使用しない。一度、デリックにビームを取り込んではどうかと提案したのだが、非常に渋い顔をされてしまった。

 剣からビームを出すことは全世界共通、いや全異世界共通の男のロマンだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。

 ちなみに、杖を用いた魔術は『杖魔術つえまじゅつ』と呼ばれる。『火球ファイアボール』や『氷柱撃アイシクルショット』などがこれに当たる。



*



 そんなある日、家族団欒の食事中に珍しくデリックに話しかけられた。


「……ウィル。その……最近はどうだ?」


 一年前の魔物狩りの一件以来、デリックはこういった風に話しかけてくることが増えた。どうやらエリナに「父親らしいことをしなさい」と叱られたようだ。とはいえデリックはそこまで口上手な方ではない。話しかけ方が、思春期の娘に対する父親のそれだ。

 アンリとシンシア相手であればわからなくもないのだが。


「そうですね、座学は問題なく進められています。魔術は五系統まで使えるようになりました。剣術は──まだエルフィン兄様やアンリ姉様から一本も取れていないので、順調とは言えないですね」


 こういう時にデリックが聞きたがっているのは、教育と鍛錬の進捗状況だ。親子の会話なのだから、コミュニケーションが第一で、話す内容は二の次でいいのではないかと思うのだが、デリックの性格上、実利のある会話の方が弾みやすい。


「そうか……。剣術──残心流とは心技体が揃ってこそ本領を発揮できるがその中でも──」

「あ、そういえばイライザさんが言っていたけれど、シンシアは最近中級回復魔術の習得を目指しているんだってね」


 デリックの言葉を遮って、エルフィンが声を上げる。

 助かった。デリックは剣術の話を始めると長いのだ。子供は俺だけではない。全員と平等にコミュニケーションをとるのが父親のあるべき姿だろう。


「……む、そうなのか、シンシア?」

「あ……はい、お父さん。まだまだ使えるようにはなっていませんが……」

「シンシア様には回復魔術の才能がおありですので、いずれは使用できるようになるかと」


 横に控えていたイライザが口をはさむ。


「なるほど。彼女が言うのであれば間違いはないだろうな。……剣術の方はどうだ?」


 デリックが少しそわそわしながら問いかける。

 フィアレス家は剣術を代々受け継いでいる家系だ。当然、家長としては気になるところだろう。


「剣術は……あまり……」


 そう言ってシンシアはうつむく。

 シンシアに剣術の才能がないわけではない。ただ、俺と同じように比較相手がエルフィンやアンリとなってしまうため、こういった自己評価になりがちなのだ。


「ふむ……それなら──」


 しまった。

 せっかくエルフィンが話題を変えてくれたのに、結局元に戻ってきてしまった。これは長くなるかもしれない。


「シンシア、ウィル。今度王都に行ってみるか?」


 あれ?

 俺の予想とはまったく違う内容だった。


「父さん、それは二人を剣術大会に参加させる、ということですか?」

「あなた? さすがにそれは早すぎではなくて? 二人はまだ九歳なのよ」


 エルフィンとエリナから疑問が飛ぶ。


「いや、そうではない。剣術大会はそう簡単に参加できるものではないし、今年の出場枠はすでに決まっている。参加ではなく見学だ」


 デリックはそう言って俺とシンシアの顔を交互に見る。


「お前たちも知っての通り、来月王都で剣術大会が開かれる。この大会には腕に覚えのある者がこぞって参加するし、前回に引き続きエルフィンも参加する。強者同士の立ち合いともなれば、見るだけでも学べるものが多いはずだ」

「お話はわかりました。しかし、僕もシンシアもエルフィン兄様とアンリ姉様の立ち合いなら結構見ていますよ」


 強者、という点において、エルフィンとアンリは申し分ないだろう。


「ウィルの言いたいこともわかるけど、私も兄さんも基本的には残心流しか使わないからね。他の流派の戦い方を知っておくのも大切なことよ」


 アンリが真剣な表情で、手に持っていたナイフをふぉんと振るう。


 なるほど。確かにそれはアンリの言う通りかもしれない。

 今まで稽古の相手はエルフィンかアンリかシンシア、時々デリックだった。つまりは全員が同じ流派の剣術を使うのだ。

 だが実戦では当然別の流派、もしくは剣ではなく槍や鎌といった他の武器を持った敵と相対する可能性がある。


 さすがは剣術大会最年少優勝者だ。

 …ナイフで遊ぶなと、エリナに怒られているけど。


「わかりました、父様。王都に連れて行ってください」


 隣ではシンシアも頷いていた。


「二人の分の席も用意しておこう」


 こうして、俺とシンシアの王都行が決まったのだった。



 それにしても王都か。

 エルフィンやアンリはデリックに連れられてちょくちょく行っているようだが、あいにくと俺はまだ行ったことがない。ちょっと楽しみでもある。

 それに。

 王都ともなれば、辺境地であるヨルキ領よりも魔術が盛んだろう。つまりは、魔術書がたくさんあるわけだ。

 もしかすると、転生に関する何らかの情報が得られるかもしれない。

 まあ、あまり期待はせずにいよう。この転生が魔術によるものだと決まったわけではないからな。

 それに、記憶を取り戻すような魔術もあるかもしれない。

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