第12話 死闘のあとに

 そこから先は何事もなかった、わけではなかった。

 

 俺が最後に放った魔術を目印に、イライザが合流した。あの二人の子供は無事に送り届けてくれたらしい。

 イライザは血まみれのアンリと俺を見て青ざめていたが、すぐさま回復魔術をかけてくれた。

 回復魔術のおかげで、貫かれた俺の腕の傷は塞がり、痛みも徐々に引いていった。まったく、回復魔術さまさまだな。


 ちなみに、アンリの方は割と軽傷だった。吹き飛ばされた際に身体のあちこちを木々に引っ掛けて血だらけになったが、肝心の衝撃は受け身をとって事なきを得たらしい。

 それでもって、飛ばされた先に別の白狼ホワイトウルフの群れがいたため、それも全滅させてから俺たちの援護に来たとのことだった。

 うーん。我が姉君ながら末恐ろしいな。


 俺とアンリが回復したあと、イライザの案内で森を脱出し、最初に立ち寄った村にたどり着いた。

 村では二人の子供──ノーシスとトールがいなくなって大騒ぎになっていたらしい。そこまで長い時間行方知らずになっていたわけではないが、どうやらノーシスが周りの子供たちに森で薬草を採ってくる、と豪語していたみたいだ。

 俺たちは村長に大層な礼を言われ、ノーシスとトールからも(両親に言われてではあるが)感謝の言葉をもらった。彼らを村に送り返したのはイライザだから、アンリもシンシアも微妙な表情を浮かべていたが……。



*



 フィアレス家の屋敷に帰り着いた時には、すでに日が落ちていた。


 村を出た俺たちは、ヨルキ領の冒険者協会へ寄り道をしていた。

 今回遭遇した白狼ホワイトウルフはDランクの魔物だ。冒険者協会でイライザが聞いた話には、このレベルの魔物が出現するなんて情報はなかった。小鬼ゴブリン黒魔犬ブラックドッグであればランクが低い冒険者パーティーでも対応は可能だろうが、白狼ホワイトウルフが相手だと被害者が出る恐れがある。そのため、冒険者協会へ情報の提供をしに来たのだ。


 魔物はその危険度に応じてランク付けがされている。

 最弱はFランク。小鬼ゴブリン黒魔犬ブラックドッグなんかがそれにあたる。

 最高危険度はSランクだが、冒険者協会の受付のお姉さん曰く、Sランクの中でもさらに三段階にランクが分かれているらしい。

 俺は正直、冒険者にはあまり興味がないので、ほとんど聞き流していたが。

 ランクに従うと、白狼ホワイトウルフそこそこ強い魔物だ。ほぼ初心者の俺たちが無事だったのは、アンリの働きによるところが大きい。

 白狼ホワイトウルフをDランクたらしめているのは、その高い知能と仲間内でのコンビネーションだ。今回はアンリが初手で相手の連携を断ってくれたおかげで、俺もシンシアもうまく立ち回れた。

 もしアンリがいなかったら、あの二匹の白狼ホワイトウルフに負けていただろうな。

 ちなみに、最後に現れた巨大な白狼は『白銀狼シルバーウルフ』と言って、白狼ホワイトウルフの変異種だそうだ。ランクはC。


 まったくもって冗談じゃない。

 もう二度と魔物討伐なんてしたくないな。

 俺がそのあたりのことを受付のお姉さんに聞いている間に、イライザが話をつけてくれていた。

 森周辺の魔物討伐依頼のランクを引き上げることになったようだ。もともと人手が足りていないようだったので、さらに足りなくなるのではないかとも思うが、まあこれは俺にどうこうできるものでもないしな。


 そして今。

 俺とアンリとシンシアとイライザは、デリックの居室にいた。

 今回起こったことをアンリが淡々と報告している。


「──というわけで、今後森周辺の魔物討伐の依頼のランクは引き上げられることとなりました」

「……そうか」

「以上が、今回の報告になります」

「……わかった」


 デリックはしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。


「今回の件、お前たちが危険をさらしてしまったのは、私の見通しが甘かったせいだ。──申し訳なかった」


 そう言ってデリックは頭を下げる。


「森周辺で魔物が増加していることはもちろん把握していた。それに魔物討伐の人手が足りていないこともな。だからアンリが魔物討伐に行くと言ってきたとき、反対派しなかった。フィアレス家として、周辺地域の治安を守ることは当然だからだ」


 なんともまあ素直だな。

 やはり、と言うべきか、俺たちを使って魔物の駆除を考えていたらしい。


「外縁部であれば強力な魔物とも遭遇しないと思っていたのだが、その判断が間違いだったようだ」

「……お言葉ですが、旦那様」


 アンリのそばに控えていたイライザが声を上げる。


「旦那様はそれも考慮して、私をお嬢様方の護衛としてお付けになられました。しかし、アンリ様やウィルフレッド様を守り切れず、怪我を負わせてしまいました。……責めを負うべきは私かと存じます」


 イライザらしいというか、これまた素直だな。


「それは違うわ。イライザに子供たちを連れて村に戻るように命令したのは私よ。お父様、イライザは私の指示に従っただけで、何も悪くないわ」

「しかし、アンリ様──」

「いいから! あなたに命令したのは私。だから、この結果は私の責任よ……!」


 アンリが俺の方をちらりと見る。

 どうやら自分の判断のせいで、俺が大怪我を負ってしまったと思っているらしい。

 俺としては誰かに責任があるとは思っていない。

今まであの森の外縁部にDランクの魔物が現れたという記録はない。つまり、予測は難しく、今回の件は突発的な事故のようなものだ。


「姉様。あの時の姉様の判断は間違っていないです。二人の子供を助けるにはイライザさんに彼らを村まで送ってもらうしかなかったですし、もし姉様が言わなければ僕が提案していました」

「ウィル……」

「あの場面では押し問答している暇もありませんでしたし、イライザさんが即座に姉様の言葉に従って行動してくれたおかげで、子供たちを守ることができました。それに、そもそもアンリ姉様と僕を回復魔術で助けてくれたじゃないですか。立派に護衛の任務を果たしたと思いますよ?」


 俺はイライザの方を向く。

 イライザは何か言おうか迷っているようだったが、ややあって頭を下げた。


「冒険者協会によると、あの森の外縁部に出るのはほとんどがFランクの魔物だそうです。稀にEランクの魔物が出ることもあるようですが、Dランクの魔物が出たのは初めてだとのことでした。さすがの父様も、そこまで予測して対策をとる、なんてことはできっこないと思います」

「む……」


 たかだか八歳の息子に擁護されて、デリックが何ともいえない表情を浮かべている。


 とまあ、いろいろ言ったが、自分でも若干の詭弁きべんさは否定できない。

 例えば、イライザの与えられた任務が護衛だったとすると、俺たちを安全なところまで連れ戻すにしろ、その場に残るにしろ、護衛対象と離れるのはご法度はっとだ。特にイライザは回復魔術のエキスパートだ。離れていては回復も何もない。

 デリックにしても、確かに過去のデータから言えば、外縁部はそこまで危険ではないかもしれない。ただ、それは平常時に限った話だ。森の生態系が変わり、魔物の数が増加しているとわかっているのだから、用心に用心を重ねる必要があった。


 もちろん、イライザもデリックもそんなことはわかっている。俺が考えつくようなことを、彼らが理解していないはずがない。

 この詭弁が通る理由は一つだけだ。


「それに、アンリ姉様もシンシアも、そして僕も。全員無事だったのですから、それでいいじゃないですか」


 決まった。

 もし、誰かが欠けていたら、こうは言えなかった。


「……私も、兄さんと同じ意見です」


 それまで黙っていたシンシアが、珍しく俺の意見に同調する。


 よし! ナイスフォローだ、シンシア!

 これで趨勢すうせいは決まったな。あとは──。

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