第11話 急襲②
「グルルルル……」
唸り声が聞こえる。
先ほどまでアンリが立っていた場所に声の主はいた。見た目は
まずは毛並み。
そして大きさ。
勝てない、とすぐに悟った。
アンリがほとんど反応すらできずに吹き飛ばされた相手だ。俺が敵うはずがない。
視界の端にシンシアが映った。驚きのあまりだろうか、彼女も地面に座り込んでいた。
シンシアを連れて逃げよう。それしかない。本当はアンリも連れて行きたいが、どこまで飛ばされたかわからない。そもそも生きているのかさえ……。
いや、弱気になるな。今できることをやるんだ。
シンシアを連れて逃げる。そして、イライザを呼んできてアンリを探す。
そうと決めたらやることは一つだ。
「『
距離ができた隙に、水流系統魔術で霧を発生させる。そして、あらかじめ確認していた方に向かって疾走する。
「シンシア!」
シンシアは先ほど見た時と同じ態勢で座っていた。
俺はシンシアの腕をつかむと、無理矢理に立ち上がらせた。
「シンシア! 早くここから逃げるぞ!」
「……え? でも……アンリ姉が……」
「アンリを探すのはあとだ! まずは安全なところまで行かなきゃ!」
シンシアには悪いが、ここで押し問答をしている暇はない。
俺は彼女の手を握って走り出した。てっきりシンシアは抵抗するかと思ったが、俺に手を引かれるままついてきてくれた。
ちらりと後ろを見る。
やはりと言うべきか、霧の向こう側から大きな影がこちらに向かって迫ってきていた。正確な居場所はばれていないようだが、大まかな方向はわかっているみたいだ。
くそ、予想が当たったのに全然嬉しくない!
後ろに向けて
だがその考えは甘かった。
「ウオォーーーーーン!!」
やつの影は俺が放った
その瞬間、
「なっ……」
嘘だろ……?
まだ俺は
俺たちの正確な位置を補足した
まずい! 追いつかれる!
俺は咄嗟に先ほどと同じようにやつの足元の地面を変化させた。だが、やつも学習していたらしい。距離を取るどころか、大きく跳躍してそのまま襲い掛かってきた。
狙いは……シンシアか!
シンシアの手を引いていた右手を思いっきり引っ張り、俺と彼女の位置を入れ替える。そして杖を持った左手と左腕全体に、魔術で氷を覆わせてやつに向かって突き出した。
「がぁぁう!」
唸り声とともに、やつの牙が俺の左腕に突き刺さった。
痛い、痛い、痛い!
痺れるような激痛が走る。あまりの痛さに一瞬目の前が真っ白になった。
「兄さん!」
「ぅうあああああ!!」
激痛に耐えるため、大声で叫びながら左腕に魔力を注ぎ込む。イメージは凍結だ。やつの牙と俺の左腕を固定する!
腕を覆っていた氷が
「……ぐるるるっ!」
俺はシンシアの手を放し、残った全魔力を右手に込める。杖は左手に持っているが、この至近距離なら外すこともない。
「はあああああぁぁっ!!」
左腕を顔の前までぐっと引き、それにつられて伸びたやつの喉元に
衝撃で左腕の氷が砕け、俺は吹っ飛ばされた。
「に、兄さん!」
シンシアが慌てた様子で、後方に飛ばされた俺の方へと駆け寄ってくる。
全身が痛みで悲鳴を上げている。今にも意識を手放してしまいそうだが、それはまだできない。
「……シ、ンシア……、あいつは……?」
「あいつは……、うっ!」
俺の上体を支えながら、シンシアが呻き声を漏らした。
俺にもすぐに、その意味がわかった。
やつは、
だが、まだ、致命傷ではない。
「……くそっ……」
思わず呻いてしまった。
魔力はすでに空っぽだ。氷で止血されていた左腕からは血が流れ出ている。至近距離で魔術を使った際の衝撃で、全身が痛い。
「……シンシア、一人で逃げられるか……?」
こうなっては致し方ない。シンシアだけでも逃がさなくては。
シンシアがこちらを振り向く。
彼女は複雑そうな表情を浮かべていた。
泣き出しそうな、悔しそうな、でもどこか満足していそうな表情。この顔には見覚えがある。俺に模擬戦で負けた時と同じ表情だ。
しかし、その表情はすぐに消え、代わりに覚悟を決めたような眼差しを向ける。
「次は……私が!」
杖両手で握ってシンシアが立ち上がった。
「ま……て、シンシア……」
傷が深いのか、
対するシンシアは、手が震えていた。当たり前だ。彼女はまだ八歳だ。
くんっ、とほんのわずかだが
身体は動かせない。
目をそらしたい気持ちをぐっと抑える。
まだ、その時は訪れない。
時間が引き延ばされているような錯覚に陥る。
流れる汗が──。
……あれ? まだ?
「
おかしいな、と思ったその時、馴染みのある声が聞こえた。
キン、と納刀した音がして、
声の先に顔を向ける。
そこには、黒い髪をなびかせた、血だらけの
「私の妹と弟に手ぇ出してんじゃないわよ」
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