第10話 急襲①
「さて、獲物が三匹も逃げようとしているのだから、やつらも姿を現すわよ」
アンリの言葉に呼応するように、木の後ろからゆらりと複数の白い影が出てきた。
五体、いや六体か。
「
アンリが短く呟く。
その言葉通り、見た目は白い毛並みの狼だ。大きさは大型犬と同じくらいか。
「作戦は今までと一緒よ。自分の身の安全を第一に考えなさい」
そう言い残すと、アンリが地面を蹴りつけ、
瞬きする間もなかった。さすがはアンリだ。
しかし、Dランクなだけはあるようだ。
五体のうちの三体がアンリを取り囲むように間合いを詰めていく。さすがのアンリもCランクの魔物三体を相手取ると容易には突破できない。
残りの二体が俺とシンシアに狙いを定めたようだ。
まずいな。こいつら連携ができている。対する俺とシンシアは共闘に慣れていない。こんなことになるんだったら──。
考えている暇はなかった。
二体の
俺とシンシアは魔術師だ。距離を保ったまま戦うのが基本戦術、距離を詰められたらまずい!
「俺が足を止める!」
後ろにいるシンシアを見る余裕もなかった。
俺はそう叫んで杖を握った両手に魔力を込める。
「『
目の前の地面が氷に覆われ、瞬く間に
よし、狙い通りだ。あとはシンシアに攻撃魔術を使ってもらって終わりだ。
「シンシア──」
あとは頼む。そう言いかけて俺は自分のうかつさに気がついた。くそ、さっきと同じじゃないか!
一体は動けなくした。ではもう一体は?
そう気が付いた時には遅かった。後ろを走っていた
俺と
まずい。次の魔術の詠唱が間に合わない! それなら──。
「『
右斜め後ろから聞きなれた声がしたかと思うと、ごう、と唸りを上げながら火の玉が
「きゃんっっ」
いつの間にそこに、と訊きたかったがまだ一体残っている。
「『
俺が唱えた
……ふう。ひとまずは何とかなった。
「シンシア」
俺は改めてシンシアの方を向く。
「……なに?」
「助けてくれて、ありがとう」
「べつに……。どうせ私が倒さなくても、兄さんなら倒しちゃってたでしょ」
「うーん、それは買い被りすぎだと思うけど」
「……ふん」
俺の回答はどうやらお気に召さなかったらしい。さっきは本当に焦っていたんだが。
おっと。こうしてはいられない。アンリがまだ戦っているはずだから加勢に行かなくては!
と思っていたのだが、援軍は必要ないらしい。アンリが戦っているはずの方を見ると、ちょうど彼女がこちらに向かってくるところだった。
アンリの後ろには
それに比べてアンリは無傷、それどころか返り血すら浴びていないようだ。心配する必要はなかったようだ。
「二人とも! 大丈夫!? 怪我してない?」
「はい、こちらはなんとか片付きました。僕もシンシアも無事です。姉様もご無事で何よりです」
ご無事というか、圧倒的だったみたいだが。
「そう、よくやったわ、二人とも! ウィルもシンシアを守ってくれるなんて、さすがお兄ちゃんね!」
「いえ、どちらかというと守ってもらったのは僕の方です。シンシアのおかげで何とかなりました」
「ふぅん、そうなのね! ウィルを守ってくれるなんて、さすが妹ね!」
アンリがシンシアの頭を雑に撫でる。シンシアは少し迷惑そうだが、まんざらでもなさそうだ。
そう。シンシアのおかげだ。シンシアが俺より冷静に立ち回ってくれたから、俺は無事だったのだ。
俺は今まで彼女のことを無意識に過小評価していたのかもしれない。言い訳をするつもりはないが、俺は転生者でシンシアは違う。魔術や剣術もたいていは俺の方がうまくできるし、それに何より、シンシアは妹なのだ。
双子だから年齢差はないが、それでも俺は兄なのだ。
兄は妹を守るもの。ずっとそう思っていた。この考えは俺が転生者だからなのか、それともこの世界でシンシアの兄として過ごした八年で芽生えた思いなのか、それはよくわからない。
けれど、それは間違っていたのかもしれない。
俺はどこか心の中では、シンシアのことを下に見ていただけなのかもしれない。
……まったく。自分が嫌になる。たまたま転生しただけ、たまたま魔術や剣術の素養があっただけだというのに。
「さて、それじゃあ私たちも村まで戻りましょうか。
自己嫌悪に陥っていた俺だが、アンリの言葉を聞いてはっとした。
そうだ。まだ安全ではないのだ。反省会ならあとでいくらでもできる。
村の方向は、っと。よく見ると地面が点々と光っている。これがイライザが言っていた魔術の跡か。
「そうですね。早くイライザさんに合流──」
どんっ!
え?
強い衝撃を感じた。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
コンマ数秒遅れて、アンリに突き飛ばされたことがわかった。
「にげ──」
アンリが何か言おうとしていたが、それを最後まで聞き取ることはできなかった。
なぜなら、目の前からアンリが消えていたからだ。
違う。消えたんじゃない。
彼女が吹き飛ばされたということを理解した時には、俺は尻餅をついていた。
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