第8話 ウィルフレッドの初陣
しばらく森を歩いていると、不意にアンリが立ち止まった。
「アンリ姉……?」
シンシアが不安そうな声を出す。
「魔物……多分
アンリがそう言って、腰にある
俺も杖を両手で持つ。心を落ち着かせるように深呼吸する。
……大丈夫、大丈夫だ。
「……二時の方向、数は五体。姿が見えたら私が突っ込むから、ウィルとシンシアは私が撃ち漏らす分をお願い。イライザは任せるわ、適宜動いてちょうだい」
撃ち漏らす分?
どういうことですか? とアンリに問いかけようと思ったが、遅かった。
「──ふっっ」
息を吐く気配と同時に、アンリが駆けだしていた。
その先には人影が五つ並んでいる。
いや、人影ではない。
「──しっ!」
鋭く、とがったような呼吸音が聞こえてきたと思ったら、アンリの周りに首がない
何も見えなかった。
俺が目の前の状況にあっけにとられていると、同じように驚いていた
「シンシア! ウィル!」
……はっ!
そうだ。ボーっと見ていたが、すでに戦闘は始まっているのだ。
落ち着け。まだ距離はある。
意識を身体の中心から手に、そして両手で握っている杖へと張り巡らせる。
「『
俺の目の前に魔術で創りだした氷柱が現れ、術名を唱え終えるのと同時にすさまじい速度で
「……ふう」
やってみると、意外にあっけなかったな。これなら──。
いや、まだだ!
「──っシンシア!」
油断した。
自分のことばかり気にしていて、シンシアの方まで気が回らなかった!
ついさっき妹を守るべきだと再認識したばっかりじゃないか!
いや、今はそんなことどうでもいい。それよりも──。
「……あれ?」
焦りながら振り向いた俺の視線の先に映ったのは、肩を上下させながら荒い息をしているシンシアと、その正面にある黒く
「二人とも怪我はないわね? 初陣にしてはよくやったわ! さすが私の妹と弟ね」
気がつくとアンリがこちらまで戻ってきていた。すでに剣は鞘に納めており、先ほどまでの剣気は霧散している。
「それにしても、シンシアの魔術はとてもきれいね。あんな
「……ありがと、アンリ姉」
照れくさそうに、だがどこか嬉しそうにシンシアが答える。
どうやらシンシアは
それに、うちの妹は八歳にして
「ウィルもさすがね! 氷結系統魔術を使えるようになっているなんて知らなかったわ。確か魔術の先生は氷結系統を使えなかったと思うのだけれど、誰に教わったの?」
「先生の持ってきた魔術書に書いてあったので、それを見て独学で練習していました。相手がいる状態で使ったのは初めてですが」
「──へえ。ウィルには魔術の才能があると思っていたけど、私の想像以上ね」
「私から見ても、お二人の魔術は素晴らしいものでした」
イライザがそう言って俺とシンシアのことを褒めてくれる。
助かった。アンリが俺を褒め始めた時から、シンシアの機嫌が若干悪くなっていたからな……。
とはいえ、イライザにそう言われると複雑な気持ちになる。さっきの俺の
だが俺の放った
反省会はこれくらいにして、俺はアンリに気になったことを質問してみた。
「アンリ姉様、
「うん? ああ、あれね。いや、私が全部倒したら二人のためにならないでしょ? だからあえて二匹見逃したってわけ」
あっけらかんとアンリが放言した。
「……はあ。それはいいのですが、できれば事前に言っておいてほしかったです」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「はい、アンリ様。できれば事前の相談しておいてもらえると、私もフォローしやすいのですが」
イライザからの援護射撃だ。彼女も俺と同じことを思っていたらしい。
「う……、わかったわ。次からは気を付ける」
歴戦の冒険者であるイライザにお小言をもらったせいか、いつもより従順にアンリが反省の弁を述べた。
*
それから何度か戦闘を行った。
アンリから慌てて逃げるだけではなく、俺たちを明確に狙ってくる個体にも何度か遭遇した。最初の頃は明確に向けられた敵意に慌てふためいてしまい、イライザに対処してもらっていたが、さすがに同じことを繰り返すうちに慣れてきた。
今では一対一であれば、難なく対応できる。
「いやー、さすが私の弟妹ね! 飲み込みはいいし、度胸もある。それに魔術もうまい! ふふふふ」
じゅるり、とよだれを垂らしながらアンリが不気味に笑っている。どうやらアンリにとって、俺とシンシアがうまく立ち回れているのがよほど嬉しいようだ。
彼女は大雑把でせっかちで、それなりに短気だが、家族のことが大好きなのだ。
「それにしても、思っていたより魔物が多いですね」
イライザが唐突に呟いた。
「……確かに、私も気になっていたわ。この森には何度か入ったことはあるけれど、ここまで魔物に出くわすのは初めてよ」
アンリがよだれを引っ込めて、真剣な表情を浮かべる。
「はい。冒険者協会で聞いていたよりも、魔物の生息域が外縁部に広がっていそうです。──アンリ様、ウィルフレッド様とシンシア様は初めての狩りですし、この辺りで引き返すべきではないでしょうか」
イライザがアンリに提案する。
正直ありがたい。ここまでの連戦で魔力もそれなりに消費してしまっていたから、イライザが提案しなければ俺がアンリに言うつもりだった。
それに、シンシアも結構疲れているみたいだしな。
シンシアの方を盗み見ると、イライザの言葉にコクコクと頷いていた。
「そうね、今日はもう終わりにしましょう」
リーダーであるアンリの決定で、俺たちは森から出ることにした。
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