第7話 兄の責務

 まずは戦果から伝えておこう。

 六戦全敗だ。


 俺の積み上げた技術スキルは、そびえ立つ城壁の前には一切通用しなかった。むしろ仕掛けるたびにその強固さを増し、門は頑なに閉ざされていった。城壁を囲うように堀が張り巡らせらされ、さらにはネズミ返しまでもが──。


 まあ、ようするに。

 シンシアに六回話しかけて、そのすべてが不発に終わったということだ。


 四人で馬車に乗り込むと決まった瞬間、チャンスが来たと思った。

 普段、同じ屋敷内で暮らしてはいるものの、シンシアが俺のことを避けているのか、ちゃんと顔を合わせることは少ない。たまに廊下ですれ違って、俺から話しかけることはあるものの、大抵の場合は「うん」とか「はい」とか気のない返事や相槌あいづちばかり。ひどい時は無視されることもある。

 そういったこともあって、ここ最近はシンシアと会話らしい会話をしていなかった俺にとって、今回の馬車移動は僥倖ぎょうこうだった。

 なにせ車内であれば、逃げ出すことはできないからだ。

 事前にシンシアとイライザには「シンシアに話しかけ大作戦」のことを伝えてある。

 いざ、出陣。



 一戦目。

 手始めに近況を訊いてみると、


「……別に、普通」


 と、そっけない返事が返ってきた。

想定内だ。俺は即座に二の矢、三の矢を繰り出す。



 二戦目。

 流行りもので攻める。


「そういえば最近、王都で流行っている、餅の中に甘く煮詰めた豆を入れた甘味がヨルキの町でも売られ始めたらしいけど、食べたことはある?」

「ない」


 取り付く島もない。



 三戦目。

 一対一の会話が難しいなら、ほかの人を巻き込めばいい。

「アンリ姉様、王都には魔術学校があると聞いたことがあるのですが、姉様は行ってみたことがありますか?」

「え? ……あ、ああ、えっと、そうね。ちょっとだけ魔術の模擬戦を見学させてもらったことがあるわ」


 話が振られると思っていなかったのか、アンリがあからさまに動揺している。


「へぇ、そうなんですね。姉様の目から見て、率直に言ってどんなところでした?」

「うーん、そうね……。私は杖魔術つえまじゅつが苦手だから、あんまり詳しいことは言えないのだけど、模擬戦を見た感じだとそれなりにレベルが高そうに思えたわね。まあ私なら全部斬れるけど!」


 謎の自信とともにアンリが答える。


「姉様にそう言わせるということは、本当にレベルが高いのでしょうね。ちょっと興味が湧いてきました。シンシアは魔術学校に行きたいと思ったことはある?」

「……わからない」


 わからないか。それなら仕方ない。



 四戦目、五戦目、六戦目も似たような結果に終わった。

 目的地にたどり着いたときに得たものは、シンシアの気のない相槌と俺の敗北感だけだった。



*



 近くの村で馬車を降り、十五分ほど小路を歩くと、今回の目的地である名無しの森が見えてきた。


「それじゃあ、馬車で話した通りの陣形で行くわよ」


 アンリがそう言って先頭に立つ。

 陣形といっても俺たちは四人しかいないから、かなり簡易なものだ。剣を持ったアンリが前衛。俺とシンシアは中衛から魔術でアンリを援護する。後衛はイライザだ。

 本当は杖と剣、どちらも持ってきて二刀流をするつもりだった。いわゆる魔法剣士だ。

 だが事前に「剣術と魔術、どちらか片方にしなさい」とアンリに釘を刺されていた。冷静に考えてみれば、彼女の言うことはもっともだ。初陣、さらに剣術も魔術も未熟な俺やシンシアが二兎を追ってもいい結果にはならないだろう。


 そんなわけで、俺とシンシアは杖のみを持ってきている。

 アンリは剣だけ。彼女は魔術があまり得意ではないし、身体強化ブーストなどの術であればから妥当だ。

 イライザは杖と短剣だ。彼女は元冒険者、それも凄腕だったらしく、魔術はもちろんのこと、剣術もそれなりに使えるらしい。


 先頭のアンリは森の中をずんずんと進んでいく。その足取りには迷いが一切感じられない。アンリは別に方向音痴というわけではないが、それでも心配になってくる。

 森の中で迷った挙句、遭難とかしないよな……?


「大丈夫ですよ、ウィルフレッド様。先ほどの村に目印マーキングを施しておいたので、帰り道は魔術でわかるようになっています」


 不安が顔に出ていたのか、イライザが声を掛けてくれた。

 さすがイライザだ。いつの間にか帰りの準備までしてくれていたらしい。それにしても、そんな魔術もあるのか。森妖精エルフは基本的に深い森に住んでおり、人里まで降りてくるのは少数派らしい。一族に伝わる秘術とかなのだろうか。


 イライザのおかげで不安が軽減され、視野が広くなったのだろうか。ふと、隣を歩くシンシアの表情が目に留まった。彼女は不安と緊張が入り混じった表情を浮かべている。

 最初はイライザの説明が聞こえていなかったのかと思った。俺と同じように、森の中で遭難することを恐れているのではないかと。

 だが、すぐに違うとわかった。

 彼女は俺ではないのだ。

 いや、それは当然なのだが──。つまり、シンシアはまだ八歳なのだ。

 八歳の少女で、初めての魔物狩り。不安なのが当たり前だ。もちろん俺だって緊張していないわけではない。模擬戦は何回もやっているが、実践はこれが初めてだ。イライザとアンリがいるから、めったなことで危険な状態にはならないだろうが、それでも怖いものは怖い。


 それでもだ。

 記憶がないとはいえ、俺は転生者。少なくとも二十歳は超えていると自認している。転生後の年数を加算すればアラサーだ。シンシアと俺では土台が違う。

 というか、転生者とかそういったことを抜きにして、単純に考えてみても。


 俺はお兄ちゃんで、シンシアは妹。

 つまるところ、兄は妹を守る義務があるってことだ。

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