第6話 さあ、行きましょう

 数日後。

 今日は待ちに待った魔物狩りの日だ!


「さて、みんな揃ったわね! それじゃあ行きましょう!」


 アンリが号令をかけて歩き出そうとしたので、その肩を慌ててつかむ。


「あの、姉様……」

「なに?」

「なんか人数増えていませんか?」


 俺はそう言って後ろを振り返る。


 そこにいるのは二人。シンシアとフィアレス家のメイド長、イライザだ。


「魔物狩りのことを話したらシンシアも行きたがったのよ。ウィルが行くのだったらシンシアも連れて行かなきゃ不公平でしょ」


 意外だった。

 シンシアはどちらかというとインドア派。出かけることよりも部屋で本を読んでいるのが好きなタイプだ。何か心境の変化でもあったのだろうか。そう思ってシンシアに視線を投げるが、俺と目が合うとふい、と逸らされてしまった。

 シンシア。お兄ちゃんはね、割と繊細なんだよ?


「イライザはお父様から私たちについていくように言いつけられたらしいの」


 ね? とアンリがイライザに投げかける。


「はい、ウィルフレッド様が不安そうな顔をしていらっしゃったので旦那様が、何かあればお助けするように、と」


 女性にしては低めな声で答えつつ、イライザが頭を下げる。

 どうやらデリックが気を回してくれたらしい。口下手ではあるが、ちゃんとこちらのことも考えてくれているのだろう。


「ま、イライザがいればそうそう危ないこともないでしょ。彼女の回復魔術は王都一だってお父様も言っていたし」


 アンリの言葉に、イライザが少し照れたように耳をかく。

 その耳はほんのりと赤くなっており、そしてとがっていた。


 イライザは森妖精エルフ族だ。


 エルフ。

 異世界ファンタジーのセオリー通り、この世界も例にもれず人間以外の種族が存在している。森妖精エルフ族はそのうちの一つだ。

 流れるような美しい金髪に、とがった長耳。イライザは、これぞ森妖精エルフ、といったような特徴を持っている。まあ、耳はともかく髪の色は千差万別であるらしいが。

 それにしても、この世界に来て初めて森妖精エルフを見たときは不思議な感動を覚えたものだ。ミステリー小説で序盤に出てきた伏線が、自分の想像していた通りに回収されたときのあの感覚。あれに似ている気がする。

 この感覚も体験したものというよりは、知識に基づいた想像に過ぎないがな……。


 おっと。

 話が逸れたが、イライザは森妖精エルフで、元一流冒険者で、回復系統魔術の天才だ。

 属性を盛りすぎているような気もするが、事実なので仕方がない。

 魔術や剣術の稽古で傷を負ったとしても、イライザに回復魔術をかけてもらうとたちまち治ってしまう。そんな彼女がついてきてくれるのであれば、ある程度の怪我は問題にならないだろう。

 不安で覆いつくされていた心が、ちょっとだけ晴れた気がした。



*



「そういえば姉様。魔物狩りといっても、どのような魔物を狩るのか決めているのですか?」


 フィアレス家の屋敷を出たあと、四人で馬車に乗り込み、町を出て今は街道を北上していた。

 目的地は隣領との街道沿いに広がる森(名前はないらしい)だ。それは聞いていたのだが、どのような魔物を相手にするのかは聞いていなかった。


「特に決めてないけれど、森の外縁がいえん辺りにいる魔物を狩るつもりよ。さすがに深いところまでは行かないつもりだから安心して!」


 俺の問いかけに、アンリが快活に答える。


「はあ……。それはわかりましたが、街道沿いの森だと外側は魔力が薄いので、ほとんど魔物がいないのではないでしょうか?」


 魔物は魔力の濃い場所に発生しやすい。

 この世界での常識だ。

 基本的には森とか山とか谷とか、そういったある種ところに魔力は溜まりやすい。そして魔力濃度が高い場所ほど、魔物の数が増え、危険度が増していくのだ。

 人が住んでいる町なんかは比較的魔力濃度が低く、魔物はほとんど発生しない。

今回向かう街道沿いの森も、中心部に近づくにつれて魔力が濃くなるため、ほとんどの人は森深くまでったりしない。とはいえ、街道が近いこともあってか、森の外縁部は魔力濃度が低く、魔物はほとんど発生しないらしい。


「そのことなのですが……。近ごろ森の生態系が変わったらしく、外縁部にも魔物がたびたび現れるようになったそうです」


 俺の疑問に答えてくれたのはイライザだった。


「今朝、ヨルキ領の冒険者協会支部にも確認しに行きましたが、やはり魔物の被害が増えているようでした」


 なるほど。

 魔力濃度が変わったのか、それとも魔物の縄張りが変化したのか。どちらにせよ、普段よりは危険なことには変わりないだろう。


「そういうことよ! でも大丈夫。外縁部に出るのは大した魔物じゃないから、私たちでも問題なく狩れるわ」


 どうやらアンリもこのことは知っていたらしい。それで今回の魔物狩りを企画したのか。


「しかし姉様。そういうことでしたら、僕たちが勝手に魔物を狩るのはまずいのではないでしょうか? 冒険者協会もこのことを知っているということは、すでに森付近の魔物狩りの依頼が出されているのでは?」


 冒険者協会は、端的に言ってしまえば仲介業者だ。

 冒険者に依頼したいことがあれば、国であれ個人であれ、基本的には冒険者協会を通じて、冒険者を雇うのだ。


 そして冒険者とは、冒険者協会で冒険者登録を行った者の総称だ。いわゆる何でも屋で、魔物退治や護衛といった武力を必要とするものポピュラーなものから、人探しや素材集めなどの依頼も受けることがある。

 森で増加した魔物の退治であれば、おそらくすでに国か、はたまた領主──フィアレス家か、もしくは森周辺の村々から依頼が出ていてもおかしくはない。そんな依頼を受けていない俺たちが魔物を狩ってしまうと、冒険者たちの扶持ぶちを奪ってしまう可能性もある。……考えすぎかもしれないが。


「そのあたりは抜かりないわ、ね? イライザ」


 アンリの振りにイライザが頷く。


「はい、冒険者協会に寄った際に確認いたしました。森付近の町や村などから魔物討伐の依頼は出ているのですが、どうも人手が足りていないようです。このまま放っておくわけにもいかないでしょうから、我々で少し対処する分には問題ないと思われます」

「それなら大丈夫そうですね」


 そういうことであれば、この辺り一帯を治めているフィアレス家の一員として、積極的に対処すべきかもしれないな。

 というか、デリックもはなからそのつもりだったのではないだろうか? あの人、本当に口下手だからな……。


「それにしてもウィルはさすがね。まだ小さいのに、こんな細かいところまで気が回るなんて!」


 褒められてうれしい気持ちもあるが、ちょっと複雑でもある。俺は見た目通りの年齢ではないから。

 ふと視線を感じてそちらを見ると、シンシアが見るからに不機嫌そうな表情を浮かべている。彼女にしてみれば、双子の兄だけが褒められている状況が気に食わないのだろう。シンシアは見た目通りの年齢なのだから、そう思うのも当然だ。


 和解まではまだ遠そうだ。

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