第5話 父と目論見

 魔物狩り。


 前の世界では漫画やアニメの中でしか聞くことのできない言葉だ。

 俺が転生した世界では、わりとポピュラーな言葉でもある。


 この世界には魔物と呼ばれる生物が存在している。魔力が濃い場所に発生することが多く、そのほとんどが凶暴かつ残忍、ときには知恵が回る個体もいる。

 そして、人を襲う。

 町中や整備された街道なんかではめったにお目にかかれないが、いざ人里離れた山の中などにってみると、魔物とかち合うことも珍しくはない。

 ちなみに、犬や猫、鶏や牛といった馴染みのある動物も普通にいる。

 そんな魔物狩りに、我らが敬愛する姉上から誘われたのだ。もちろん返事は決まっている。


「嫌です」

「……え?」


 ストレートに断ると、アンリがポカンとした表情を浮かべた。何を言われたのか理解が追いついていない顔だ。

 回りくどくしたところで、アンリには伝わらないと思って直球勝負を仕掛けたのだが、どうやら裏目に出てしまったらしい。


「ですから、魔物狩りに行くのは遠慮しておきます」

「……なんで? どうして? 魔物狩りだよ? 楽しいよ!」


 あたふたと身振り手振りで魔物狩りの楽しさを表現しようとするアンリ。

 この人は魔物狩りを遠足か何かと勘違いしているのだろうか?

 当然だが魔物狩りは楽しいピクニックなんかじゃない。下手をしたら命を落とす、非常に危険な行いだ。

 基本的には安全マージンをしっかり確保したうえで行うみたいだが、それにしたって危ないものは危ない。

 別に俺は、異世界で剣や魔術を使ってヒャッハー、な生活をしたいわけじゃないのだ。


「そんな、娘をディ○ニーランドに誘ったのに断られた父親みたいな顔しても行きません」

「でぃ……、え? なにそれ、どういうこと……?」


 おっと。つい前世の例えが出てしまった。

 しかし、これがよくなかったらしい。

 絶対に喜んでもらえるはずの魔物狩りの誘いが断られ、そのうえよくわからない例え話を持ち出され、アンリのけっして長いとはいえない堪忍袋の緒がぷっつんしたようだ。


「……それで? 結局行くの? 行かないの?」


 アンリの表情が先ほどまでの混乱していたものから、感情が抜け落ちたかのようなまっさらなものに変わっている。


 ……これはまずい。

 以前にも一度だけこの顔をさせてしまったことがあるが、その時はひどかった。一か月間、問答無用でアンリの剣術の立ち合い相手をさせられ、ひたすらボコボコにされた。

 どうしてそこまでアンリを怒らせたのか。

 それを思い出そうとすると、手が震え、足がすくみ、身体全体が謎の寒気に襲われる。

 ただ一つ確かなことは、アンリを怒らせてはならない。ただこれだけだ。真実はいつも一つ。

 そんな哀れな俺に、許された答えしんじつは一つだけだった。

「…………行かせていただきます」



*



 次の日。

 半ば強制的に魔物狩りに行くことになった俺だが、まだ諦めてはいない。

 直球でだめなら変化球だ。外堀を埋めるのだ。

 アンリに直接嫌だと言っても意味はない。それならば、俺以外の人にアンリをたしなめてもらえばいい。


 というわけで、アンリを引き連れて父──デリックの書斎を訪ねてみた。王都に行っていたアンリとともに、デリックもヨルキ領に帰ってきている。

 アンリに「父様には事前に報告しておくべきでは?」と進言したところ、「それもそうね」とあっさり聞き入れられた。


 さて……。

 理想としては「そんな危険なことに、まだ幼い弟を巻き込むな」とか「可愛い娘に魔物狩りの許可なんぞ出せん」あたりに話を持っていってほしい。

 いや、後者はないな。アンリは十歳の頃からたまに冒険者協会に顔を出して、依頼とか受けているから許可なんて今更だ。

 とはいえ、十二歳の娘と八歳の息子に魔物狩りの許可を与える親なんているだろうか、いやいない(反語)。


「お父様、今ちょっといいかしら」


 デリックは何か書類を呼んでいるようだったが、アンリが声をかけると顔を上げた。短く切り込んだ黒髪と精悍せいかんな顔つきがマッチして、非常に気難しいような印象を受ける。

 ただ俺もこの人の息子として八年も過ごしている。自分の父親がどんな人間なのかは、ある程度わかっているつもりだ。

 デリックは見た目ほど気難しくはなく、口下手なだけだ。そして幼い子供の意見もきちんと受け取る。つまりは話のわかる大人ってことだ。


「……どうした。二人そろって」

「ウィルと一緒に魔物狩りに行こうと思っているから、そのことを伝えておこうと思って」

「……そうか。場所は?」

「北の街道沿いの森に行くつもり」

「わかった。気をつけて行きなさい」

「ありがとう、お父様!」


 うん?

 もしかして、聞き逃してしまったのだろうか。あり得ない速度で許可が下りたような気がする。


「それじゃあ行くわよ、ウィル」

「……あ、いや……。ちょっ、ちょっと待ってください……」


 落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。

 まずは、えーと……。

 そう! 確認だ。聞き間違えているのかもしれないからな!


「あの、父様。アンリ姉様と僕の二人で魔物狩りに行くのですが……」

「……ああ、今同じことをアンリから聞いたが?」


 なるほど。

 聞き間違いでもないし、話の意味が伝わってないわけでもないらしい。

 ……なぜに?


「子供だけで魔物狩りに行くのは危険ではないですか?」


 自分で言っておいてなんだか、なんとも妙な台詞せりふだ。当の子供が言うことじゃないな。


「……アンリがいれば問題ないだろう。それにフィアレス家において、幼少期より魔物狩りを行って戦闘経験を積むことはそう珍しいことではない」


 さいですか。

 そういえば。うち(フィアレス)は先々代が武功を上げたことで貴族の位が授けられたのだったっけ。

 忘れていた。

 そうして俺の目論見もくろみは粉砕され、アンリに引きずられながらデリックの書斎をあとにした。

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