第3話 兄と剣術
昼食を終え、フィアレス家の屋敷の中庭に顔を出すと、エルフィンが
「お疲れ様です、兄様」
「ああ、お疲れ様ウィル。もうお昼は済んだのかい?」
「はい、先ほどいただいてきました」
「そうか、それじゃあ始めようか」
そう言うと、エルフィンは立てかけてあった木剣をこちらに放ってよこした。
そう、この世界は「剣と魔術の世界」だ。
剣術や魔術が使えれば、将来の選択肢がぐっと増える。剣術の指南役、王国お抱えの宮廷魔術師、冒険者などなど。
それゆえ、剣術の鍛錬もウィルフレッド・フィアレス育成計画のカリキュラムに入っている。今日は午前中が魔術、午後が剣術だ。
剣だけでなく、槍や弓、鎌などの
代々といってもフィアレス家が貴族となったのは先々代、つまり俺の曾祖父のときらしいが。
エルフィンと並んで精神統一や素振りを行う。
しばらく無心で剣を振り続けていると、よしとエルフィンが呟いた。
「そろそろ打ち合いをやろうか」
「はい。今日はどうしますか?」
「そうだな……。一本、寸止め、ありにしよう」
「わかりました」
ここ半年。エルフィンと剣術の鍛錬を行うときはいつも締めに立ち会いを行っている。
一本とは一本先取、寸止めはそのままの意味、ありとは
エルフィンと向かい合い、中段の構えをとる。そして心の中で「
「さて、いつでもかかってきなさい」
対するエルフィンはいつも通りの下段の構えだ。
集中しろ。深呼吸だ。すぅはぁ。……よし。
「いきます」
一歩引いた左足に魔力を集め、地面を蹴り上げる。そのまま最速でエルフィンの胴を狙い木剣を振りぬく。
だがエルフィンは表情も変えず、木剣を受け止めた。
思わず距離を取りそうになるが、ぐっとこらえる。まだ早い。
エルフィンは俺の打ち込みを後方へと払いのけると、そのまま流れるような動作でこちらに剣を振り下ろす。
ここだ!
エルフィンの反撃の一刀を素早く返した木剣で防ぎ、その勢いと同時に地面を蹴りつけ後ろへと距離を取る。
「今のはなかなかよかったよ、ウィル。一振り一殺、一撃離脱の意味がわかってきたようだね」
エルフィンに褒められた。
「同じ
息を整えつつそう答える。
渾身の一撃を防がれ、慌てて距離を取ろうとしたところに追撃をもらう。これまで何度も同じ手でエルフィンにやられていたのだ。さすがに対応できるようになってきた。
「それじゃあ次はこちらから行くよ」
エルフィンが木剣を左の腰に添える。居合の構えだ。
あの構えはこれまで見たことがない。だが、これまでの鍛錬の経験でわかる。あれはヤバい。目を離すわけにはいかない。
向かい合っていた時間はおそらく数秒だったはずだ。浅い呼吸を数回繰り返した次の瞬間、エルフィンの姿が目の前から消えていた。
「……っ!」
打ち込みが来る。
頭の中で警戒の電気信号が走るのと同時に、俺の首筋に木剣が当てられていた。
「……参りました」
俺にできたのは、降参の言葉を口にすることだけだった。
*
「兄様、先ほどの技はいったい何だったのですか?」
立ち合い後の休憩中、気になって尋ねてみた。
「あれは
残心流とは、我がエルフィン家に伝わる剣術の流派である。
最速、一振り一殺、一撃離脱を信条としている。
流派とはいうものの、先々代がたった一代で作り上げ、さらに現状まともに使えるのは現当主である父──デリック・フィアレスと、エルフィン、そして姉のアンリ・フィアレスだけである。
道場を開かないのかと父のデリックに聞いたところ、なぜそんなことを、と不思議そうな顔をされた。いわゆる
「とはいえ直剣だと鞘走りもないから、速さも本来の技からはかけ離れてしまっているけどね」
おいおい。
あれでまだ最速じゃないのかよ……。
「……あれ? ということはその技を使うには
打刀とは直剣とは異なり
居合術には反りがある日本刀と鞘が必要。俺は漫画やラノベの知識からそう思ったのだが、意外にもエルフィンがそれに頷いた。
「『居合』の神速剣を撃つにはそうだね。もちろん『居合』じゃない神速剣もあるし、それを使用する場合は直剣でもいいんだけど、僕はまだ使えないからね」
「兄様が使えないとなると、父様しか使えないのでは?」
「いや父さんは当然使えるけど、アンリも使えるよ」
「はあ……。さすがですね、姉様は」
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