第1話 転生?

 目が覚めた。


 どうやら何とか生き延びたらしい。意識を失う直前まで何かを考えていた気がしたのだが、なんだっただろうか。

 頭がズキズキして、何も思い出せない。


 ここは病院だろうか? 

 目は開いているはずだが、光に慣れていないのか、視界がぼやけていていまいち周りの状況がわからない。

 とりあえず体を起こしてみよう。


 ん、あれ?

 上半身を起こそうとしたが、上手く動かない。二、三度チャレンジしてみるが、結果は変わらなかった。どうやらよほどの重傷らしい。まあ、死にかけた……かもしれないのだから当然といえば当然か。


 そうこうしているうちに、徐々に世界がはっきりとしてきた。

 白っぽい天井が見える。やっぱり病院かな。

 ふいに、影に覆われた。

 なんだ? カーテンでもひかれたのか?

 いや、違う。誰かが覗き込んでいる。

 誰だろう。医者かな? 

 それにしてはまとっている雰囲気が違う気がする。上手く言えないが、今まで見たこともない人種のような、そんな感じ。


「──────」


 誰かが何かをしゃべっている。

 だが聞き取れなかった。何を話しているのか聞こうとして、耳を澄ましてみる。


「─────────」

「───」


 だめだ。やっぱり聞き取れない。

 いや、違うな。聞き取れないのではなくてこれは……。


「おぎゃー、おぎゃー、おぎゃあ!」


 うん?

 どこからか赤ん坊の泣き声がする。声の大きさ的にすぐ近くにいるようだ。まあ病院だからそんなこともあるだろう。

 あれ?

 確か、交通事故に遭って病院に運び込まれたはずだ。そんな怪我人と赤ん坊が同室なんてことあるのだろうか。


 そして。

 ようやく気がついた。

 この赤ん坊の泣き声の発生源が、自分の口だということに。



*



 あれから八年がたった。

 あれ、というのは転生だ。

 いや、正確には違う。異世界転生だ。


 どうやら俺は異世界に転生したらしい。

 このことを理解するのにしばらく時間がかかった。気がついたら赤ん坊になっていたが、正直そのあたりの記憶はあやふやになっている。乳幼児期は記憶の定着が難しいということを聞いたことがあるが、それが関係しているのかもしれない。まあ、よくは知らないが……。


 転生だ、と気がついたのは生後半年ごろだったと思う。そしてそれと同時に奇妙なことにも気がついた。

 前世の記憶がなかったのだ。

 いや、正確には「ほとんど」なかったというべきか。

 おぼろげながら交通事故に遭ったこと、病院らしきところに運び込まれたことは覚えている。だがそこまでだ。それ以上の過去の記憶は、まったくなかった。

 自分が誰で、どんな名前で、どこで育ち、何をしていたのか。

 思い出せない。


 でも、自身の置かれた状況がラノベなどでよくある「転生」だと気がつくことはできた。

 記憶はなくても知識はあったのだ。

 「転生とは前世の記憶を持ったまま生まれ変わること」という知識はあったため、自身の奇妙な状況に気がつくことができた。

 ……記憶は持っていなかったわけだが。


 回想終了。


 転生についてはそんな感じだ。「異世界」についてはというと──。

 これは今、目の前の状況を説明した方が早いかもしれない。


火球ファイアボール!!」


 The・異世界といった言葉とともに、ごうと唸りをあげて丸い火の玉がこちらに向かって飛んでくる。大きさはバスケのボールくらいで、鮮やかなオレンジ色をしている。温度はわからないが、当たったらただのやけどでは済まないだろう。

 まあ当たる気もないが。

 意識を手に、さらに両手で持っている魔術の杖に集中させる。呼吸は大きく吸って、吐いて、そしてもう一度吸う。

 イメージは丸く、速く、そして熱く。

 心臓の辺りから、何か熱いものが腕の方へ流れていく感覚。

 チリ、とノイズが走るがいつものことだ。気にせず肺にたまった空気と体内のを吐き出すように唱える。


火球ファイアボール!!」


 杖の先端──相手側に向けたところから火の玉が生成され、こちらに向かってくる鮮やかなバスケットボールに向けて発射される。

 大きさは同じくらい、速さはおそらくこちらの方が上。ただ俺が出した火球はきれいな色ではなく、少しくすんだ赤色だ。

 オレンジの玉とくすんだ赤の玉が正面から衝突する。

 火球がひしゃげ、どちらも消失したかと思われたがそうではない。俺の放った火球が鮮やかな火球を食い破り、そのまま直進する。そして俺に相対あいたいする少女の横を通り抜けたあと、見えない壁にぶつかって消えた。


「そこまで」


 の外から声がかかる。

 同時に俺の目線の先にいる少女から抗議の声が上がる。深紅の髪を肩まで伸ばしている少女だ。


「エル兄! 私まだ負けてないのに!」

「いいや、君の負けだよシンシア。ウィルが手加減していたから無事だったけど、もしあの魔術が直撃していたら大変なことになっていたよ」

「この結界の中じゃ怪我なんてすぐ治るから、そんなの関係ないもん!」

「だとしても、君の負けには変わりないだろう?」


 こぼれる寸前まで涙をためている赤髪の少女をたしなめながら、同じく赤髪の少年が慣れた手つきで結界を解く。


 そう、魔術だ。

 この世界には魔術というものが存在する。

 前世にはなかったものだ。

 俺の知識では、魔術はフィクションのものだった。使えるのは異世界の住人だけ。


 魔術=異世界。

 実にロジカルだ。


 ちなみに、赤髪の少女は俺の双子の妹のシンシア・フィアレス。

 結界を解いた少年は兄のエルフィン・フィアレス。

 ああ。一番大事なことを忘れていた。

 俺のこの世界での名前は、ウィルフレッド・フィアレスというらしい。

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