年表を作りましょう

 こんにちは、邑樹です。


 古くから創作に携わっていて黒澤明監督の名を知らない方は少ないと思いますが(もちろん、若い方の中には知られない方もいるかも知れませんが……)、かの巨匠、黒澤監督が仰られていたことの一つに、登場人物の年表を作れというものがありました。

 これは黒澤明監督に限らず一線で活躍する創作家(映画、漫画、小説問わず)の中には同じようなことを仰られている方も多数おられます。


 どういうことかというと、要はその作品に登場する人物の生い立ちから作中時間までどのように過ごしたかという設定をちゃんと作りましょうということです。

 もちろん、その中には作中で生かせる設定もあるでしょうが(例えば過去回想シーン等で)、そうではなく、作中に出てこない部分までしっかり作りこむことでそのキャラクターのリアリティが構築されてくるというお話です。


 人の人格というものは、基本的に経験によって培われるものです。

 子どものころから成功体験をたくさん積んでいれば自信にあふれた人物になるでしょうし、逆に失敗体験しかしていない人間は卑屈になります。

 家庭環境が恵まれていれば真っすぐで素直な人間になるでしょうし、家庭環境に恵まれなければ屈折したりひねくれた人間になります。

 また、逆に家庭環境が恵まれていたにも関わらず異常性を持たせることでいわゆる『サイコパス』的なキャラクターを構築することもできます。


 とくに極端な人格を持ったキャラクターを作るときにこういった背景設定は非常に重要で、その人格が天性のものなのか環境によって構築されたものかで同じような人格のキャラクターでもストーリーに与える影響というものが随分と変わってきます。


 例えば猟奇殺人を行うキャラクターがいるとして、子どものころに酷い虐待を受けて屈折してしまった結果そうなった場合と、まったく何不自由のない恵まれた環境にいながらそうなってしまった場合とでは受ける印象が違いますよね。

 とくに後者のほうがより『サイコパス』感は出ると思います。


 まあ、実際のところ、例えば青春ものを書くとして、登場人物の幼稚園時代や小学生時代の成長過程までしっかりと設定を詰めるのは労力もいりますし、特にデビュー前の次から次へと作品を生み出していかなければならない過程において毎回それだけの熱意を注ぐのは難しいとも思います。


 ですので、まずはポイントとして以下の要点だけでも抑えておきましょう。


 まず一つは、家庭環境です。

 人間の人格や能力に最も大きな影響を与えるのは家庭環境です。といっても、これは生活水準レベルに限った話ではありません。

 たとえば、貧困にあえぎ親に恵まれなかった家庭環境で真っすぐな人間が生まれることはほとんどありえません。

 もちろん、だからこそフィクションならではのキャラクター性が生まれるわけですが、大前提として『そうそうありえることではない』という理解が必要です。

 人格、および能力形成において両親の影響は多大なので、両親は立派なのに子どもが不出来な場合、両親が人間としての能力が高くとも親としては無能ということになります。

 もちろん逆もあり、能力的に不出来な両親から立派な子どもが育った場合、両親の能力は低かったけど親としてのセンスが良かったということになります。

 これらはフィクションの世界ではよく見られる構図です。

 金持ちの息子は性格が悪く無能であり、貧困で両親に恵まれずとも努力だけでのし上がっていくキャラクターがこの世には蔓延っています。

 ただ、ほとんどの場合によって人間の能力は遺伝に左右されますので、やはり優秀な親からは優秀な子どもが生まれ、無能な親からは無能な子どもが生まれるケースがほとんどでしょう。

 人間の能力の半分以上は遺伝によって決まるとされていおり、その中でも音楽や運動のセンスは八割が遺伝によるものとされています。

 また、面白いことにその人物の生涯の収入においても50%近く遺伝の影響を受けると言われています。面白いですよね。

 それほどまでに、人間は遺伝によって支配されているのです。

 また、家庭環境が裕福であるほど子どもの学力も高くなる傾向があることが示唆されており、これらを踏まえてそのキャラクターの両親がどのような人物だったか、家庭が裕福であるか貧困であるかなどを考えていくことで、より現実に即した人物設定にすることができるというわけです。


 次に大事なのは、そのキャラクターが持つ目的意識や尖った部分を持つに至ったエピソードをちゃんと詰めておくことです。

 めちゃくちゃ性格が悪いキャラクターがいるとして、何の理由もなくただただ性格が悪かった場合、それは間違いなく『サイコパス』です。

 それが本当にただの端役で名前も与えられないようなキャラクターならいいのですが、ちゃんと名前のある敵役であるのならば、どうしてそこまで性格が悪いのかをちゃんと詰めておかないと、本当に薄っぺらいキャラクターになります。

 もちろん、逆に『サイコパス』感を出してもよいと思います。

 ただ、先にも述べたように『サイコパス』感を出すためにも背景設定は必要です。

 そもそもこういった設定は物語に生かしやすく、作中にエピソードとしても組み込みやすいですし、場合によってはそこからさらにキャラクター性を広げたり深掘りしていくことにも繋がりやすいです。

 キャラクターの人格設定において、「なんとなくこういう性格で……」ではなく、どうしてそのキャラクターがそういう性格になったのかを考えておくだけで、そのキャラクターもそうですが、結果的には物語にも深みが出てきます。

 例えば誰にでも優しいキャラクターがいたとして、それがただの正義感からくる優しさの場合、そのキャラクターが悪だと思う相手に対してはむしろ厳しく当たることもできるでしょう。

 ただ、もしその優しさが無償の愛からくるものの場合、敵役の相手にも慈悲をかけてしまうかもしれません。

 『優しい』という一つの性質だけでも、その優しさが何処からくるのかによってキャラクターの行動指針は変わってくるわけです。

 昔、ヒーローものの特撮を見て正義の味方に憧れたから――あるいは、昔、自分が酷いことばかりされたので逆に自分は誰にでも優しくしようと思ったから――このような感じに、『優しさ』のバックグラウンドを掘り下げるわけです。


 上記の二点をおさえるだけで、キャラクターの人物像というものは随分と厚みを増してきます。

 必ずしもすべてを詰める必要はないですし、現実に即している必要もありません。

 ただ、読んでくださっている読者の方に納得感を与える必要はあります。

 今回の話が少しでも皆さんのキャラクター造形においてお役に立てれば幸いです。


 それでは、今回はこの辺で。

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