第22話(第21話はR18のため非公開)

どれほど、求められたのだろうか。意識を手放してしまいそうになる度に動きをとめられ、口付けが降り注いできて意識を縫い付けられる、そしてユーリは、丁寧に丁寧に甘やかされるかのように、繰り返し繰り返し達する。気付いた時には、夜の帳も払われ、白い光に包まれようとしていた。抱き潰されたと言っても過言ではない状態で眠りについたユーリは、脳と体の疲労なのか、夢の中でさえも蜥蜴さんに抱かれ続けてしまい、悩ましげにうなされていた。蜥蜴さんはそんなユーリの吐息を耳に拾うたびに、自身の眠りの淵から戻ってきていたのは言うまでもない。


だるさと腰の痛みを感じて目を開ける。窓の外を覗くと今夜は月も隠れているらしく、カーテンで遮ってもいないのに、部屋の中まで静かな真っ暗闇の中だった。痛む体に微かにうめきながら、蜥蜴さんがいるであろう方に寝返りを打つと、目の前に胸元があったので、そのまま顔を埋めて擦り寄る。髪を撫でるように伸びてきた手に、頭の後ろを引き寄せられた。眠りながらも反応を返してくれたのだと、嬉しさに、ふふと笑うと「起きたか」と蜥蜴さんの声が聞こえた。

「お、起きてたの?」

胸から顔を離して下から蜥蜴さんの顔を見ると、うっすら目の下に隈が出来ているのを見つけてしまう。またこの人は寝ていないなと呆れたようにため息をついたが、寝ないで何をしていたのだろうという疑問がうっかり口をついて出た。

「何してたの...?」

「ずっと見てた、ユーリを」

聞いてはいけなかったようだ。髪を梳くように撫でていた手は背中を伝い、そろそろと腰の方に降りていく。まって、と胸に手を当てて距離をとるが、腰を引き寄せられ、蜥蜴さんの体に密着するように収まる。手を滑り込ませられるが、どこもかしこもぐずぐずに解れているままらしいユーリの体は、すんなりと蜥蜴さんの愛撫を受け入れ、更に奥へ奥へと誘うように柔らかく吸い上げてしまう。

「あっ、んっ、まって...お湯、あびたい」

快感に抗うように言い切ると、侵攻していた指がぴたりと止まる。お腹や腰周りは拭ってくれたのだろうが、汚したまま乾燥していたり、汗でベタつく気持ち悪さが上回っていた。蜥蜴さんが口を歪ませて笑う。「ちょ、と、変なこと考えてない?」と不安を紡がれるが、指は大人しく引き取られ、ユーリは抱えあげられる。

部屋から追い出された使い魔が、いつでも入れるようにと湯を沸かして桶にためていてくれたおかげで、そのまますんなりと湯に浸かることが出来たが、蜥蜴さんはいつまでも後ろから抱きしめるようにユーリを脚の間に座らせたまま、一時すらも離してくれない。首元に唇を寄せ、吸い上げて舐めて刺激を与えれば、指先は胸元を気まぐれに弄ぶ。そのまま、お湯の中でくたくたになるまで可愛がられてしまい、そのあとも少なくとも三日三晩ほどは起きては抱かれ、到達して意識を手放しを繰り返し、今が陽が登ったのか、沈んだのかすらも感じる余裕もなかった。


ようやく深く眠らせてもらえたのか、ぼんやりとした意識が戻ってきたので、目を覚ます。隣には寝息をたてる蜥蜴さんがいた。この何日間は、振り返るのも恥ずかしいくらいみだらな行為に浸ってしまったと顔を覆って深く息を吐く。傍らで穏やかに眠っている美しいケダモノのような人は、ユーリに絡みつくように体を委ねており、ようやくその重みから静かに逃れて隙間を抜け出し、久しぶり自分自身の足を床につける。下半身の感覚がないのか、踏ん張りがきかずに立てそうも無かったため、暫くそこでぼんやりとしていた。徐々に感覚が戻るようになってきたが、感覚が戻ると痛みとだるさも一緒にやってきて、立ち上がる気力を削いでいく。

ああ、双子たちに心配かけたままかもしれない、とか教会は大丈夫だったんだろうか、などまともに脳が働き始めている気がする。とにかく、痛み止めが必要だ。痛む体に鞭を打って、二階の薬棚までなんとかたどり着くと、散らかるのも構う余裕がない手付きでようやく薬を探り、目当てのものを見つけて水で流し込む。効いてきたら街に行こうかと、調合室の隣の部屋へとなだれるように入りこみ、調合時の息抜き用に簡素にしつらえてあるベッドに倒れ込むと、睡魔が夢の中へと誘ってくるのに抗えず寝息をたてはじめた。


体の痛みも、だるさも粗方消えたようで、すっきりとした頭で目を開ける。しかし、寝ていたはずのベッドではなく、蜥蜴さんの寝室に寝かせられ、抱え込まれるように腕枕をされている。横を向けば、片手に頭を預けた状態のまま蜥蜴さんと目が合う。その顔にはなんの表情も無いがどこか怒っているように見えた。

「怒ってる?」

「なんでいなくなった」

離れないと言ったろう、と蜥蜴さんはなんとなく拗ねたように唇を尖らせているように見えた。ユーリは謝って少し笑ったあとに、街に行きたいんだと伝えると、それにはまたなんの表情もない顔で、だめだ、と言い放たれてしまった。

「もうどこにも行かせない」

「ずっと、この塔の中にいるつもり?」

「古巣に連れ帰る」

それがどこだか想像もつかなかったが、なんとなく、この地より大分遠く、ここにいる人たちとはもう会えないような場所なのだろうと理解する。ずっと、蜥蜴さんが絶対といえば絶対だったし、蜥蜴さんが全部といえば全部だった。ユーリが何も言わずに、蜥蜴さんの目を見つめていると、おもむろに蜥蜴さんは自分の胸元に手をあて、何かをつぶやく。記憶などあるわけがないが、遠く赤子の頃に聞いた覚えのあるような、不思議な響きの発音だった。そうしてその手のひらには、脈絡もなく脈打つ臓器が取り出されていた。

「そ、れは?」

「俺の心臓だ。これを半分を食べると俺の生命を半分ずつに出来る。ユーリ、俺と同じ時間を生きてくれ」

まるで結婚を申し込むような言葉なのに、雰囲気も何もないどころか、驚くほど生々しい臓器が目の前にある。現実感のないそれに、ユーリはどうしようもなくなってへたりと笑い、軽やかに頷く。思えば大教会で既に、全てを捧げてでも、彼の隣に戻る日々を願ったんだ、断る理由もない、そばに居たい。

脈打つ臓器に唇を寄せ、甘噛みするように柔らかく口付ける。


「喜んで。愛してるよ」

「愛してる」


その日、雷鳴が轟き、雨がひとしきり降った後に雲間から陽の光が柱のように差し込む神秘的な空模様を残し、小高い丘の上にある塔と、妖精とそれが愛した者が、街と人々の記憶から姿を消した。

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