第17話

「お、ユーリじゃないか」

俯いて極力顔を見せないようにしていたが、長年一緒にいた双子のトールは隠れようとしているユーリの姿でも見逃すことはなかった。トールの背中越しにひょっこりとソールも顔を出して、探してたんだ。と陽気に話しかけてきた。それに気づいた街の馴染みの人たちも、そんなところに隠れてないで出ておいで、と声をかけてくる。困ったように笑うユーリは、いつまでも物陰から出れずにいると逆に人が集まって注目の的にされてしまうことに気づいた。これ以上、人が集まるのはまずい気がするが、街に様子に違和感がある限り、コートがなければ人前に出られない。どうすれば、と考えるほど血の気が引いてゆく。

「皆、ユーリは少し具合が悪いんだってよ、休ませてやろう」

トールが、青ざめたユーリに気づいたのか背に隠すように、大通りの方に振り返り、散れ散れ、と人だかりを散らしてくれる。ソールもフードを被っていないユーリに頭に巻いていた布をとると、被れと渡してくる。

「ありがとう」

「コート、忘れたのか?」

「そうなんだよ、危なかった。ところで宿屋の前にいる人たちは誰なの?」

「大教会の人らさ」

「もしや、大教会の巡礼ってやつ……?」

「そう、それだそれ。うちの街にもいよいよ来たかって感じだな」

なるほど、と呟いたユーリは双子の背中越しに大通りの様子を覗き込む。確かに、洗礼式の時に見たストラを下げたローブ姿の人々と、護衛の騎士たちが街ゆく人に話しかけてあえて人を集めている。その様子を眺めていると、ふわりとユーリの周りを風が舞い、コートが頭上から、勢いよく落ちてきた。いたずらな妖精だったのだろう。

ソールに布を返し、コートを羽織ってフードを深く被ると、やっと一息つくことができた。いつもの姿に満足した双子は、そのまま別れを告げると大股で双子の職場である鍛冶場の方に向かおうとするが、ソールが思い出したように、急いで戻ってくる。

「そうだそうだ、大教会のやつらが探し人がいるって言ってたんだよ。とにかく美しいはずだ。としか教えてもらえなかったんだけど、お前のことが浮かんだから、話しておこうと思って」

「街の奴らでも、最近はそんなにお前の顔をまじまじと見ることはないから簡単に思い出さないだろうけど、用心するに越したことはないだろ。気を付けろよ」

ソールは元々、それを心配して探してくれていたのだろう。この双子、ユーリがフードを被るようになった時に「大したことないのに」と散々弄り回していたのだが、いざ教会を出て外に働きに出始めると、美しいとは何かということを知ったらしい。が、「お前は美しいな、だけど男だもんなー」といういじりに変わったことは言うまでもない。いつまでも変わらないまま、ひとつ年上の意地の悪い双子だが、気を付けろと言ってくれる優しさに、微かに笑いながら礼を告げた。

数年前の出来事から、大教会がユーリを探しているという話は噂でも届かなかった為、探し人は自分のことなんかではないだろうと双子に軽く返してしまうところだった。

しかし、この間訪れた獣人の話だと探し人とは十中八九はユーリのことだと言っていた。

双子の忠告通り、宿屋前は避けながら、裏手を回って薬を届けていく。最後の一軒を回り終えた時には、陽は傾きだして空の色が混じりあい、空気も街も淡く発光しているように見える。空っぽになった鞄が軽い。帰るか、と鞄を肩にかけなおし目立たない路地を縫うように歩いていると、角から急に人が飛び出してきた。ユーリは、身構える準備も出来ずに、飛び出した人物にぶつかって堅い何かに弾き飛ばされる。銀の鎧を纏う騎士が、弾き飛ばされるユーリを見て驚いていた。お互いこんな路地でぶつかるとは想像もしてなかったろう。受け身をとれず、おしりから道に倒れると、腰に痛みが響く。これは昨晩のせいもあるなと苦々しく思いながら痛みを和らげるように腰をさする。ユーリはフードが外れていることに気付かなかった。

心配そうに差し伸べられた手を、丁重に断り自分の力で立ち上がると腕を掴まれる。痛い。文句を言おうと顔をあげるとフードの端が目に入らない上に、視界がはっきりしている。騎士はユーリの顔を食い入るように見つめるとさらに手に力を入れる。いよいよ、痛みに耐えかねて腕を振り回して拘束を解こうとした。しかし、びくともしない上に無言で大通りの方まで引っ張られそうになるので、地面を踏みしめその場に留まるように抵抗すると同時に、肩掛けの鞄の中に手をいれる。なんでもいいと手にした薬を宙にかざして叫ぶ。

「防壁を…!」

すると近くにいたであろう妖精がすぐに反応して、騎士とユーリの間に薄い膜のような防壁が敷かれる。掴まれていた手は、防壁が張られたと同時に弾かれ、騎士との間に少しの合間が生まれる。隙をついて深くフードを被り直しつつ、ユーリが迷った。このまま逃げるか、少しでも時間を稼ぐためにこの騎士を気絶させるか。後者だ。先程、鞄を手探った感触ではあと数度攻撃魔法が打てそうだと計算しつつ、防壁を張ってくれた妖精がまだ傍にいることに気が付いた。

「君も風の気質が強そうだね、今日は風の日かな。俺にもう少し力を貸してくれるかな」

騎士には聞こえないくらいの声で早口に言うと、任せてとこの場に似合わないのんきな答えが返ってきた。その間もみえない壁に阻まれた騎士は、腰に佩いていた剣を抜いて構えると、じりじりと合間をつめるように動いていた。

「騎士様、俺何も悪いことなんかしてないんだけど…捕まえる気?」

「怪しい、それだけで理由は十分だ」

絶対にそんな理由ではないと直感的に分かっていた。ユーリは、風の妖精に囁く、体に風を纏わせてと、瞬く間に風がユーリに集まると纏っていたローブが不自然にはためき、深く被り直したフードも外れる。ユーリは狭い路地の地形を生かすように壁を蹴りあげて、騎士の真上から攻撃魔法を打つ体勢になる。しかし、騎士は驚く様子もなく、自身の手についた指輪に何かを語りかけると、地の妖精らしき子が騎士の回りを一周した。魔法を行使する騎士だったか。あれは身体強化か? しまったと思ったときには遅い、自身の身体防御能力を上げられてしまえば風の攻撃なんてそよ風に等しい。宙に浮いているこの状態では新しい攻撃魔法のための媒体もない。このまま突っ込んでは、あの構えた剣の餌食だと、攻撃魔法を転用するように手のひらを騎士に向けて最大速度で風を放出すると反動を利用して、騎士の背に立つ。騎士は、ユーリのその動きを読んでいたと言わんばかりに、振り返りざまに刃を振りかざす。すんでのところでしゃがんだユーリは、頭上の空気を裂くように過ぎていった剣に息をのんだ。態勢を整える間もなく、今度は伸びてきた騎士の手がユーリの首元を無遠慮な力で掴む。

「ぐっ…やめ、ろ」

「手間取らせやがって」

「なに、が、したいんだ、あんたは」

「俺らはただ探してるだけだ、人を。それもとびきり美しい人を」

ユーリは、騎士との会話を試みて、鞄から薬を取り出す時間を手に入れると、騎士の足元に水を湧かせて泥水をつくる。それも深い沼となるように。足元が覚束なくなった騎士は舌打ちをするも、ユーリの首から手を離そうとしない。

「その鞄が邪魔だな」

力任せにユーリの肩にかかっている鞄をはぎとると、勢いに任せて遠くに投げ捨てた。この距離、この態勢からではとても鞄を取り返すことはできない。わずかに残った薬を攻撃魔法にするべきか。この場を脱するには火の高火力しか手立てがないが、この路地にはたくさんの家がある。この街を壊すことはできないと攻撃をすることをやめたユーリのことを、騎士は軽々と持ち上げて肩に担いだ。連れ去られる道すがら、誰かが助けてくれることを祈っていたが、助けの手は多いに越したことはないと、手に握った薬を祈りに変え、蜥蜴さんが追ってこれるように痕跡を残してと最後の媒介を妖精に託した。

離せ、と手足をばたつかせて大声で叫ぶと人がまばらになっていた大通りにもわらわらと見物が集まり出した。

「どけ、盗人だ。」

騎士が驚くような言葉を発したため、ユーリが嘘だ、嘘つくなとすぐに反論する。これでは誰も騎士の行く手を阻むものは現れない…! 担がれた瞬間に元の位置に戻ったフードによって全て隠された姿に、夕暮れ時に綺麗に交わっていた色彩が逢魔時の闇に飲み込まれそうになっているその場では、ユーリをはっきりと捉えられるものはいなかった。盗人を捕まえた騎士様という意識を人々に与えたことにより、悪態をつきながら抵抗を続けるユーリは盗人で、回りは安堵の息を漏らして、街に平穏な夜の灯りをともしはじめるだけだった。騎士は、それ以降は終始無言で人だかりができていた宿の方に向った。

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