第14話

「うん」

「ずっとさ、将来は街で仕事して、そのうちに結婚して、こどもができたりして、老いて人生を終えていくんだろうって漠然と思ってたんだよ。けど、塔の主と出会って、人生の選択を迫られて、平凡とはほど遠いような生き方になって、思い描いてたものとは全然違う感じになった。塔の主は、いつも俺だけの何かをくれたんだ。俺、自分だけの何かっていうことにすごい憧れがあってさ。だから、俺だけの何かをくれる彼が大事なんだと思ってたんだけど、最近、いや、いつの間にか、かな。彼にも彼だけの何かをあげたいし大切にしたいって思うようになってきて」

「うん」

「ちょっとしたことで喜んでるところを見るのも、新しい一面を発見するのも、ぜんぶ楽しくて、もっと、ずっとずっと一緒にいれられたらって思うようになってきたんだよ」

ぽつりぽつりと話すユーリの言葉に相槌のみを返していたサイモンが、「それは……」と少し自信なさげに呟いたのがユーリの耳に届いて、すぐに聞き返した。

「それは?サイモンにはこれがなんなのかわかるのか?」

「いや、えっと、うーん」

妙に歯切れの悪いサイモンの肩をゆすりながら、教えてくれと懇願する。

「わ、わかったよ、わかったからそんなに揺らさないで、気持ち悪くなる」

「あ、ごめん、ごめんな。……教えて、くれないか」

「いい?あくまでも僕が思ったことだからな」

「ああ、それでもいいから」

ユーリは、はやる気持ちを落ち着けるように深呼吸をする。それをみたサイモンが困ったように笑うと同じように大きく息を吸い込んで吐き出す。

「ユーリ、それは恋なんじゃないかな」

「こ、い?」

「そう、恋」

予想してなかったわけではない。けれど、一番初めに否定した考えだったため、思考が停止する。サイモンの「恋」という言葉が脳内でこだまするような心地だ。

「その人のために何かしてあげたいんだよね」

「うん」

「悲しんでたら抱きしめたくない?」

「抱きしめたい」

「喜んでたら自分も嬉しくならない?」

「なる」

「それは、その人のことが相当好きだよ」

「えー……」

頭を抱えてその場にしゃがみ込むと、頭上からサイモンの笑い声が聞こえる。「まさかユーリとこんな話をすることになるとは思わなかった」とどんどん笑い声が大きくなる。少し顔をあげてサイモンを見ると、どうやら腹を抱えているようだ。腹立たしい気持ちになって立ち上がるとサイモンを小突く。

「笑いすぎだぞ」

「だってあのユーリが、いちばん「そういう意味」では大人にならなかったユーリがだよ。面白くて仕方ない」

「俺だって戸惑ってるよ!恋なんて言われたら、なおさらどういう顔して会えばいいのかわかんなくなるよ」

「どうせユーリが気持ちを隠すのなんて無理なんだから、好きだって言えばいいじゃないか。ずっと話を聞いてるけど塔の主さんもユーリのこと大事に思ってそうだけどな」

そりゃ、運命の、と言いかけて口をつぐむが、気づかないサイモンを横目に、ユーリは改めて心の中でだけ、蜥蜴さんは自分を運命の相手だから大事にしてるだけだ、と言いかけた言葉を呟く。そうだ、別に蜥蜴さんは俺のことが好きだとは言ってないんだよな。

せっかく、心のもやもやが解けそうになったのに新たな別のもやが広がり始めたのを感じた。しかし、これ以上サイモンに迷惑かけるわけにもいかないと、自然と話題があれこれに移り変わっていく会話を自分の話に戻すことはせずに話し終え、別れを告げた。

塔への向かうユーリの足取りは重く、先程の考えが頭を埋め尽くしていた。『蜥蜴さんは俺のこと好きなんだろうか』そのことを確かめる器用な手管など、ユーリは持ち合わせていないことに更に気落ちするが、傾いていく陽を眺めているうちに、自分らしくないなと頬を強く叩いて心に棲むもやを消し飛ばそうとした。よし、真っ直ぐに蜥蜴さんに聞くしかない。俺に出来ることはそれしかないし、好きではないって言われても、俺は好きなんだ。傍にいてもいいって言われるように努力すればいいじゃないか。そう決めたユーリは足取りをたしかにして塔へと向かった。


塔に着く頃には陽もとっぷりと暮れて、あたりは闇に包まれていくところだった。食事をし終えたユーリは、いつも通り書斎のソファに腰を沈め本を読んでいた。

心を決めてきたとはいえ、数日間蜥蜴さんを避けていたユーリは、後を引いている気まずさの方を拭えずにいた。突然に避けはじめてしまったことを追及されるのは、どう話していいのか苦しいし、そもそも会話のきっかけが見つからない。けれど、商人への買い付けの話をしたっきり本日は会話らしい会話をしていないのに、帰宅してから蜥蜴さんはユーリが細々とした用事で塔の中を移動する度、追いかけるようにくっついてきた。気付かないフリをしたいたが、思えばユーリが蜥蜴さんの避けはじめて少し経ってから、無言ながらも距離が近くなっているような気がする。

食後の蜥蜴さんは、普段なら机に向かっているが、珍しくソファに並んで座り、ユーリの隣で本を読んでいる。

「ねえ、蜥蜴さん」

「なんだ」

いつもと変わらない蜥蜴さんの調子にひとまず安心をして、深呼吸をして気持ちを整える。

「俺さ、蜥蜴さんが好きだ…とか」

「ああ、俺もだ」

間髪入れずに返された言葉を受け止めきれずに、ユーリは口を丸く空けたまま呆けてしまう。蜥蜴さんは特に動じていない様子で本から目を離さない。あまりにも普段通りすぎて、聞こえた言葉がユーリ自身の願望が生んだ幻聴だったのではないかと思えてきた。

「え、え?」

「俺も好きだ」

幻聴ではない。しかし、こんなにも都合がよいことが起こるだろうか。今日好きだということを自覚したばかりで、相手もそうであればいいのにと思っていたことがすぐに現実のものとなってしまうなんて。まさか、揶揄ってるのかな。しどろもどろなユーリをみて楽しんでいるとか。

「俺はお前を大事思っている。どうも自覚させないまま時間をかけ過ぎたな。どれだけお前を求めていたか直接教えてやろうか」

「ちょ、っと」

いつまでも信じようとしないユーリに痺れを切らしたかのように、蜥蜴さんはあっさりと呆然としたままのユーリを押し倒す。逃げ損ねた、そう思った時には、ユーリは蜥蜴さん越しに書斎の天井を仰ぎ見、上からのしかかる重みに息を深く吐いていた。辛うじて胸の前に置いた本の厚み以外、蜥蜴さんと離れているところはないくらいに密着している。

「まって、ほんと、まって。わかった、すごいわかっちゃったからっ」

「何も分かってない」

熱を帯びた蜥蜴さんの瞳から、目を反らすこともそれ以上なにか言葉を口にすることもできない。

見下ろしてくる蜥蜴さんの髪がユーリの肌をくすぐるのを感じる、と唇が重なり、熱が集まっていく。

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