第12話

「君…そんな感じだったっけ?星にしか興味なかったくせに。ユーリくん、彼は僕よりも珍しい生き物だよ、しかも妖精の中でもね」

「それ以上は契約違反だ」

「僕は王家の人間じゃないからその契約はなされてないよ」

「王宮にいるもの全てに有効だぞ。お前から話すことではない、俺自身がユーリに話すことだ。弁えろ獣人」

蜥蜴さんと訪問者の間にひりついた空気が漂う。蜥蜴さんの最後の「弁えろ獣人」にはどこか侮蔑がにじみ出ており、それを感じとったのか訪問者は鼻に皺を寄せて牙を見せ、威嚇しているかのように蜥蜴さんを睨みつけていた。

「君のことはずっと嫌いだったけど、これからも好きにはなれそうにないね。この世の理みたいな顔して生きているくせに肝心なことには我関せずなその態度、本当にいけ好かない」

「お前に好きになってもらう必要などない」

「君がそういった態度で、人の世界に関わるから罪のない人々が迷惑を被っているんだよ。それも妖精の気まぐれだからしょうがないのかい?」

「ほんの一瞬の出来事だろう、じきに過ぎる」

「あーはいはい、妖精様は永きを生きられるからね。人間の苦しみなんて瑣末なことですよね」

ユーリは二人の間の空気と、威圧に耐えられず、静かに席を立つと傍で控えていた使い魔と並ぶ。止めるべきかどうか目配せすると使い魔は、ほっとけばいいと言わんばかりに、ゆっくり首を横に一往復させた。その間も、教会の探し人について訪問者が、君が祝福なんて与えるからこんな状況になっているんだろう、恥をしれと罵りの言葉と共に蜥蜴さんを批判するのに、蜥蜴さんは、言い掛かりも甚だしいと、鼻で笑い一蹴する。

そもそも、教会はなんのためにユーリを探しているのだろうと疑問に思う。

確かに、祈り手として育ったユーリにはある程度の価値はあるだろう。しかし、教会の教育を受けずに祈り手として育ったことなんて把握しているだろうか。洗礼式から数年の間、教会が探し人がいるという話は、噂話でも出回っていなかったし、ましてや王都の大教会の巡礼者など聞いたこともなかった。もしかして、新しく司祭になったというその人が、何かのためにユーリが必要になったのではないかと思い至る。

「もういい、今日は泊めてもらうから君を責めるのはここまでにする」

「このまま帰ってほしいくらいだ」

「二人とも、その辺にして。蜥蜴さんは仕事があるでしょ。訪問者さんも使い魔が部屋に案内するから。必要なものは使い魔に言ってね」

会話が途切れた瞬間に、二人を離すため、口を挟む隙を与えないように早口で誘導する。

ユーリは蜥蜴さんの手を引きながら、蜥蜴さんもこどもっぽいところがあるんだねと二人のやり取りを思い出して笑う。あいつが嚙みついてくるだけだ、と冷たく言い放った蜥蜴さんは、書斎について気兼ねもなくなったのか、ユーリを後ろから抱きしめた。

「災難だ」

「そうだね、初日からこんなことになるとは思わなかったね」

重いため息が、ユーリの頭を掠めた。気落ちしてる蜥蜴さんを不憫に思ったユーリは、少しでも元気になってもらおうと、思いついたことを口にする。

「せっかくの初日だし、今日は蜥蜴さんのベットで一緒に寝ていい?」

自分といれば元気になれると思っているあたり自惚れている気がするが、きっと蜥蜴さんは喜ぶだろう。

ユーリは、蜥蜴さんの緩く巻き付いた腕を持ち上げて、くるりと反転して向き合うと下から顔を見上げる。ほんの少し目を見開いた蜥蜴さんだったが、すぐに口元を綻ばせる。ほーらご機嫌だ、と心の中で得意げになると同時にユーリの口元にも笑みが零れた。

夜の蜥蜴さんの仕事がひと段落つくまで、書斎のソファで本を読むことにしたユーリは、書棚から読みかけの本を取り出そうと手を伸ばす。ふとその横にある生き物図鑑が目に入ると懐かしさが込み上げる。

この図鑑は少し変わっていて、この世にいたとされる生き物たちがなん十ページと記載され、その生息していたとされる場所や特徴などが事細かに書かれていた。こどもの寝物語に丁度いいそれは、今では見ることもなくなった生き物の他に、伝説と言われるような生き物まで載っていた。蜥蜴さんからの初めての贈り物はこの本だったなと、手に取る。初めての誰かからの贈りものが嬉しいのと、見たこともない生き物たちに魅了されたように読んだことを思い出して、口元に笑みが浮かんだ。

確か獣人のことが書かれてたな、と記憶辿るようにパラパラとページを捲り、ソファーに腰を下ろす。重厚な革装丁の図鑑は、重厚感があり一市民には手に取ることさえできないどころか、王都の街本屋にさえ置いてるか定かではない。商いの商品として扱われることを想定して書かれたものではなさそうなその本は、かといって美術品というほどの華美さもなく、なんというか、偏屈で変態的な印象をユーリに与える。こういうものを創ったのは絶対に研究棟の人だと心の中で断言して、ひとりで可笑しくなる。

何枚かページを捲ると、獣人について書かれたページが開かれたので頭から眺めていく、身体的特徴に変身能力を持ち、夜を好み、個体差はあるが匂いに敏感であること、確認されているだけで数十種類の獣人しかいないこと、彼らの多くは人間に擬態して生きているが極まれに群れをなして森の奥地に住んでいると書かれていた。

図鑑の絵は訪問者の姿とは異なるが、人間の姿から変身する様子が描かれていた。訪問者の彼も、人の生活に紛れて生きてきたのだろうかとユーリ自身の生き方を重ねて物思いに耽る。

「紛れることができないんだったら、人が踏み入れることができない地に行くしかない。か」

いつの日かそんな日が来るのではないかと感じている。ずっとこの容姿を隠して生きていくことの難しさや、街で過ごさないユーリや蜥蜴さんに対しての不信感もいずれは募るだろう。人は、同じではないことに敏感で、同じではないものは排除しようとする。

この生活がいつまで続くのかという不安と、窮屈さを感じたユーリの手はページを捲ることを忘れていた。ふと、蜥蜴さんはこの生活をどう思っているんだろうと疑問が浮かぶ。

机に向かう蜥蜴さんを盗み見るとすぐに視線に気づいたのか、顔をあげて声をかけてきた。

「どうした」

「普通では無いことを隠しながら、人に紛れて生きていくのってしんどいと思ったんだけど、蜥蜴さんはどう思っているのかなって」

「紛れて生きているつもりはないな」

そうだった、この妖精は研究棟ですら閉じこもって、人とほとんど関わらずに星図に囲まれて過ごしていたんだった。

今も森に人除けして、こちらに関わろうとする者を丁寧に排除している。

「確かに、紛れようとしてなかったね。じゃあ蜥蜴さんと同じ種族の妖精っているの?」

「俺にはいない。正確に言うと俺は妖精には属するが、族ではない」

そう言うと、蜥蜴さんはユーリの手元に視線をうつす。

その視線を追うように目線を落とすが、ユーリの膝の上には先程の図鑑が開かれているままだ。

「図鑑……?」

「そこに妖精について載っているだろ」

話は終わったとばかりに、蜥蜴さんは書き物の続きを始める。まだ聞きたいことはあるのにという気持ちを置いてけぼりにされたユーリは、仕方なく図鑑の妖精の項目を開いて読み進めるが、特段変わったことは書かれていない。

ー妖精という種族は群れを成して生きるー

流し読みしていると、そこの一文だけが目に飛び込んでくる。やけにはっきりと目に入ってきたので続きを読んでみることにした。

妖精の王を筆頭に人とは異なる領域に住まう者たち。いたずら好きで、人の子同士を取り替えたり、祝福と呼ばれる特別な能力を気ままに与えたりと人に影響を及ぼすことはするが、姿を見せないことが一般的である。

妖精の中にも例外がいる。この世界の均衡を保つ存在の沼地の翼竜は妖精族に分類してはいるが、ただ一つの存在で誰とも群れることなくこの世界のどこかで今日もひっそりと生きている。

「沼地の翼竜……」

そのページに書かれている沼地の翼竜に関しての記憶がない。少しも記憶に引っかかってこないのは不自然だと首を傾けて唸っていると、蜥蜴さんが再びこちらを見ている気配に気付いて本から視線を上げた。

「沼地の翼竜なんて、載ってた?」

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