第10話
「鉱石に留める…それと材料に何の関係があるの?」
「薬の材料は貴重なものが多い。しかも、粗悪な土壌で栽培されるものより、誰も踏み込まないような妖精郷や、更にその奥の秘境に自生していたり、人間以外が品種改良したものまで得られるのが理想的だ。例えばこれ」
蜥蜴さんの手に、ユーリが目にしたことのない葉が指でつままれている。
「これは、流行り咳の薬のほとんどに使われる葉だが、その辺の森では手に入らない。更に解熱作用を持つ素材などと組み合わせて薬を作るが、そもそもこの薬草の即効性がなければ、最悪は手遅れで死んでしまうこともあるだろう。他の材料で同じような効能が出せても、効果が微弱で、薬効が出るまでに時間がかかってしまうのは致命的だ」
「薬師ならその貴重な材料を手に入れることができる方法をもってるってこと?」
「そうだ。この鉱石たちに自身の資質を込めて石の価値を高め、それを交換材料にして未知なる地域や種族と取引をする。妖精に「おつかい」をさせるわけだ。複雑に、高度に編まれた資質が込められた石ほど希少価値は高くなるだろうな」
「あーそういうことなのか。四資質を持ってると薬をつくるのに向いてるとかそういう類の話かと思ってた」
「実際、薬を作るときも回復魔法は込めるぞ。ユーリにいたっては、最終的にできあがった薬に資質を更に込めることができるならば、それがもっとも価値が高いだろうから、攻撃的な精霊にも力を借りて身を守るとなれば、全部できるようにならないとな」
「ぜ、全部…」
蜥蜴さんが全部といったら全部なのだ。蜥蜴さんはやってみろと鉱石のケースをユーリ前に差し出す。己の資質を留めるように込めるのは、つながった体で循環させるのとは訳が違った。石が意志をもっているかのようにユーリの資質を弾くのだ。水が流れるように、風が吹いて遠くへ、火が煌々と燃えさかり、土が芽吹きそうなものたちに息を吹き込む、それぞれの資質のイメージ膨らませながら鉱石に込めるように手をかざす。手と鉱石の間にぶわっと風が湧き上がる。
「失敗した…」
「そううまくはいかない、初めてにしては上出来だろう。これは、風が多く含まれてる。少し強めに入ったな」
あまりの難しさに、頬を膨らませ唸る。一方、蜥蜴さんは何故か上機嫌で鉱石を手に取り、いろんな角度から眺めている。その理由がなんとなく直感的に、蜥蜴さんがたびたび言う「運命」にかかっているような気がして、恥ずかしさに耐えられずに、つい強めに言葉を投げかける。
「あんまりみないで、返してよ!」
「これは俺がお前に教える対価としてもらおう」
ユーリが取り返す暇もなく、その鉱石は蜥蜴さんの懐にしまわれしまう。このやりとりはユーリが四資質を上手く込められるようになるまで続いていたし、カタチになって仕上がる頃には蜥蜴さんの宝物入れの中はユーリの失敗作の鉱石でいっぱいになっていた。
ユーリは、いつかあの失敗作の鉱石たちを捨ててしまおうと企んで計画を立てていたが、厳重に保管されたそれは、ユーリですら触れない場所にあることを知って全てとん挫した。
少し昔を思い返しすぎた。
塔へと向かって教会を出たが、大分遠まわりで歩いていたことに気がつく。空の天辺にいた陽が、いつの間にか傾き、青と赤が解けるように混じりあった空模様となっていた。
蜥蜴さんに怯えて、求めてはいても重たい足取りで歩いていた頃の心境とは違う。それに、いつもならこの夕暮れは教会へと帰ることを思い出す時間だ。
塔に入ると、蜥蜴さんは寝ているのか、しんと静まりかえって誰もいないように思えた。そのまま、塔の二階の一室に荷物を下ろして息をつく。まだ蜥蜴さんが起きるには早いな、と隣の調合室に入り込み、荷物を片付け始めた。
精霊や妖精の姿を一回も見ずに亡くなる人間も多い中、妖精の偏愛のせいか物珍しさで、多くの精霊や妖精がユーリの調合室を訪れていた。今も、片付けの為に開け放った窓からするり、と滑り込むように妖精たちが現れた。
「あら、あなた美しいわね」
「だめよ、あの人のだから手を出したら怖いわよ」
「知ってるわ、きゃはは」
「まあまあ、薬かしら?手伝いましょうか?」
「…何の用だ」
可愛らしい声で、楽しそうに話していた妖精たちは、蜥蜴さんの声に一斉に逃げ出す。振り返ると、蜥蜴さんが調合室の扉の枠に体を預けて腕を組んで立っていた。眠そうだ。
「あれ、早いね、起きたの?」
「今日は特別だ。おかえり、ユーリ」
そうだった。今日から挨拶は「ただいま」になるのだ。口元が緩んでしまって嬉しさを隠せない。ただいま、と元気よく言って蜥蜴さんに抱きつくと受け止めるように腕を回される。
「自分だけの家があるのが、本当に嬉しい!」
「俺がいるからだろ」
「んー、それはどうだろうね」
少し意地悪く言うと蜥蜴さんは拗ねたようにそっぽを向いた。その仕草に心がくすぐっさを感じたが、街で買った茶葉があるのを思い出し、すぐにそのくすぐったさを忘れてしまう。
「嘘だよ、蜥蜴さんがいてくれるから嬉しいよ。さぁ、街で茶葉を買ってきたんだ、お茶にしよう」
ユーリは、よく感情を表に出すようになった。それも大袈裟なくらい。蜥蜴さんが人間の感情に疎く、ユーリが黙っていると、それが良いことだと思ってしまうのが原因でもある。ある時はスキンシップで、ある時は言葉で、またある時は手紙で。様々な方法でユーリという存在を蜥蜴さんに知ってもらおうと手を尽くした。妖精として生を受けた男にとってこの数年間でユーリという存在をよく知ってもらえたと思うし、ユーリもまた妖精の蜥蜴さんを少しずつ理解してきたのだ。
お茶を入れようと一階の調理場に降りて行くと、塔の扉が叩かれる音がした。本日は商人が来る日ではないため森が開かれているはずもないのに、来訪者がいるなんて不穏だな。一緒に階下に降りている蜥蜴さんへと視線を映すと、何とも言えない顔をしている。迷惑そうな鬱陶しそうな。いつもと変わらないように見えるが、明らかに扉の向こうにいる来訪者を嫌がっている気配を醸し出していた。
「開ける?」
「いや、俺が行く。誰かは大体予想はつく」
知り合いらしい言動に、扉の向こうにいる人への警戒を解くと、蜥蜴さんが二階へと促す目線を送ってきた。
「隠れないとだめなの?」
「会わせたくない」
「お願い、興味ある。危ない人じゃないんでしょ」
「だめだ」
押し問答をしていると、再度、塔の扉を叩く音が響く。先程よりも強く叩かれた扉は少し揺れているように見えた。
蜥蜴さんは、大きくため息をつくと、喋るなよ、と念を押すように語気を強くした。相変わらず好奇心旺盛なユーリは、突然の来訪者に会えることに胸を躍らせるのだった。
蜥蜴さんが指を鳴らすと、扉の閂が外されひとりでに開かれる。外は陽が傾いて夜の闇と混じりあい、扉の前に立つフードを被る男を包んでいる。そっとフードに手をかけて外すと、宵の口に灯されたランプに照り映える、長い髪が首元からするりと落ちてきた。
「美形……」
「喋るな」
思わず漏れ出た言葉に、蜥蜴さんの叱責が入る。ユーリは両の手を口にあてて、何度も頷く。
「やあ、久しぶりだね」
「なぜ来た」
「探しに来たのさ」
「やることはやっていた」
「定期的に知らせはきてたけど、本人に聞かないと分からないことがあるだろう」
「知らん、帰れ」
この来訪者、なかなかめげないな。蜥蜴さんの隣で事の成り行きを見ていたユーリは来訪者の図太さに感心していた。冷たくあしらわれているというのに、何事もなく塔の中に入っては、真っ直ぐ書斎の方向に足を向け、扉を開けて中に入る。片付けをしている使い魔に、お茶をくれないか、と一声かけると空いていたソファに腰をかけてしまう。まるでこの塔の主人のような振る舞いに思わず、口から笑いが漏れる。
「おや……」
「喋るなと言っただろ」
「もしや君、認識できないようにしていたな。そんな子を隣に隠していたなんて」
「見るな」
来訪者は、興味深げにユーリへと視線を映すと、胸元から一枚の紙を取り出し蜥蜴さんに手渡す。丸い円の中に、何本もの線によって幾何学図形が描かれている紙は、いつもと変わらないように見えるが、その紙を受け取った蜥蜴さんは懐かしそうに眺めている。
「それなんの紙?」
「お前の生まれた日の空の星たちだ」
「え……俺の星?」
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