コレットⅢ
結果から言うと、就職は上手くいっていた。どん底からの這い上がりという悪くなりようがない景気のおかげもあったが、銀行の窓口という仕事自体が私に結構合っていたのかもしれない。とりあえずクビにはならず仕事は続いていた。
さらに恋愛も上手くいき始めていた。同じ銀行に勤めるロランという2つ年上の人とお付き合いするようになった。
ロランとお付き合いするようになって半年くらい経ったある日のデートのこと、最近オープンしたホテルのレストランでディナーをしていたらロランは真面目な顔をして私に言った。
「コレット、僕と結婚してほしい」
「!?」
こちらで真実の愛を見付けた。僕はラフランへは帰らない。婚約破棄してほしい……
その瞬間、ジョエルのことがフラッシュバックした。それにより、私は不安になってしまった。ロランは非常に誠実で真面目で良い人だ。素晴らしい人なのだが……
また裏切られるのではないか? また裏切られるのではないか? また裏切られるのではないか?
手から変な汗が出ているのを感じていた。もしロランにも裏切られてしまったら、私はもう立ち直れないかもしれない。
そんなことを考えた私に、ロランは首を傾げながら不安そうに見えるが何が不安なのか訊いてきた。私は一つ長く息を吐いて覚悟を決めてから、ロランにジョエルのことを話すことにした。ロランからのプロポーズを受けるにしろ、受けないにしろ、ジョエルのことを話さないのはフェアじゃないと思えたからだ。
「…………成程」
コレットを裏切るなんて信じられない! 何て酷い奴なんだ!
といった具合に荒ぶることもなく、ロランは静かに私の話を聞いた。眉も動かさずに。
そうして一通り聞いてから、ロランは言った。
「ちょっと違和感があるかな」
「違和感?」
「うん、そう。そう言えば言っていなかったと思うけれど、戦争中僕もちょっと徴兵されていたんだ。運良く配属されたのが後方部隊で、会敵しないまま終戦を迎えたのだけれど。従軍している間……女性と接することは全くなかったよ」
「え? でも……」
「ツイードの兵とぶつかるような最前線にいたならば、余計にそうじゃないかと思うんだ。捕虜に自国の女性と接する機会を与える? ありえないよ。酷い言い方だけど、飢えた獣へ国民を美味しい肉を付けてくれてやるも同然。うん、普通に考えるとありえない。ましてや恨み合って戦争していた者同士なのだから尚のことね。傷付けてやろうとか考えてしまう者もいるだろうし」
「確かに、そうかも?」
ジョエルからの婚約破棄はあまりにも急過ぎた。それはまるで、そこだけ人が変わってしまったかのようでもあった。だが、ジョエルの両親がジョエルからの婚約破棄を認めてもいる。
分からない。分からないが……
「あくまでもそれは可能性の一つよね?」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、捕虜として収容されていた場所や軍の駐屯地を抜け出して、そのツイードの女性と会っていた可能性もなくはないわよね?」
「確かになくは……ないね」
なくはない。
ロランは微妙に納得していなさそうだったけれど、私はサックリと言った。
「ジョエルの行動は知らないし、知りようもないけれど、私や私の家族、そしてジョエル自身の家族を裏切って捨てたのは変わらない。もう何年も帰ってこないのも変わらない。そして、私の婚約者はもうロラン、貴方だということも」
「コ、コレット」
「結婚しましょう、ロラン」
「あ、ああ。君を必ず幸せにするよ」
私達はそうして婚約した。婚約破棄されるのではないかという不安は、もうなかった。
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