マンティコア・ハント

功刀 烏近

序文 事の起こり、モノノナリタチ

 それは発生と同時に神としての自認があった。

 

 具体的な発端はなんだっただろうか。

 深い森の中で見当識を喪失して力尽きた、男のか細い呻きだっただろうか。

 窪地で唐突に倒れ伏し動かなくなった我が子を見下ろす、若い母親の絶叫だったろうか。

 あるいは村の掟を破った罰で太い木の枝に吊られた善良だった一家の死に顔に、恐怖を堪えきれず膝をついた隣人の涙だったろうか。


 何にしろ、源泉となったのは死と畏れだった。

 その二つから生まれたからこそ、その二つを喰らった。

 喰らう事に当初何の感慨も無かった。水が上から下に落ちることとなんら変わりはしない。


 だがその内に生ずるものがあった。

 好奇と憐憫。


 熟し切った実が自らの重さで地に落ちて砕け散り、地面に粘つく果汁と破片を広げる様は、みじめで汚らしいのにどこか清々しく快い。


 人は恐怖を嫌うのに、恐怖を手放そうとしない。

 恐怖から逃れるために、恐怖に形を与えようとする。

 自らを喰らう者を自ら生み出さずにいられない、その脆弱。その宿痾。


 それに愛も情も存在しない。


 端からそんなものはそれを構成するものに含まれていない。

 故にただ、求められた有り様を受け容れる事にした。

 そして受け容れた瞬間から、それは存在を発生させた。


 よってそれは神を自認した。

 人が畏れに向き合うために行う行為は祈りであり、祈りから生まれ出でるのは神だと学んでいたが故に。


 発生の起源は遙か昔、世界が始まって終わるよりもなお、際限無く昔の事であった。

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