第3話

翌週、武の研究室に行くことになった。


最寄り駅で待ち合わせしたのだが人が多くてなかなか見つからない


と、人混みの奥に頭ひとつ出て走ってくる武が見えた

身体の方も順調に成長し180センチは裕に超えているのだが普段は猫背のためそう高くは見えなかった。

シャキッとしてパリッと決めればそこそこイケると思うのにそういう面にはまるで無頓着のようだ。


ジョブズやザッカーバーグのようにほぼ毎日同じ服を着る。

彼らの言い分は一様に「決断の数を減らす」ということ。


小さな決断でもその数を重ねることでエネルギーを消耗し、より大きく重要な決断の精度が落ちてしまうというのだ。


オバマ元アメリカ大統領も、「私は常にグレーか青色のスーツを着用している。こうすることで私が下さなければならない決断の数が減るんだ。何を食べるか、何を着るか決める余裕はないし、他に決断しなくてはならないことが山のようにあるからね」という趣旨の発言があった。


はたして武がそこまでの考えでそうしてるのかは分からないが。


武の場合は白いシャツにチノパンだ。

これで行けない場所はないという結論のようだ。

確かに…!


今日ももれなく白いシャツにチノパンだった。

冬は長袖、夏は半袖になるわけではなく一年中長袖だ

袖を捲る回数が微妙に変わる

なので4月のこの時期は袖を一つ折っている


久しぶり!とか元気だった?!

とかの挨拶はなくいきなり、研究の状況を話し始める。


どこでもドアというのとは少し違うけど、瞬間移動のようなものなのだが

A地点からB地点に移動するのではなく、A地点とB地点を入れ替えるというのだ。

詳しいことは分かるわけないので説明もないが、例えば東京にいるAさんと大阪にいるBさんが入れ替わるらしい。


現段階では生物での検証はされておらず、モノでの検証で第一段階の成功を収めたというところ。

それでもそれがもちろん凄いことだということは分かる。

そしてそれをいの一番に報告してくれたことが純粋に嬉しかった。

なんでも、私との会話の中でヒントを得たらしく武にしてみるとすごく有難いことだったらしい。


その会話とはもう何年も前のことなのだが、いつものように金曜日の夕食後武の部屋で、スマホ時間を満喫していた。

ひと通り溜まっていたLINEの返信を済ませInstagramに移動した。いくつものお気に入りのpostを流して見ていたら沖縄に住んでいる人のコメントに目が止まった。

憧れの沖縄に住んでいるのにその人は「東京に行きたーい!』と叫んでいた。

すかさず私は「沖縄に行きたーい!」と叫んだ。

「お互いがお互いに行きたい場所にいるんだから交代できたらいいのに」


そう。会話ではない。私の独り言だ。


そのほかにも、駅から帰ってくる武と電話で話していて、駅に向かっている私が「あー現在地交代しよー」と言ったらしい。

武は会話は最小限なのだが全てちゃんと記憶してくれているのだ。

私の友達の名前も誕生日も覚えている。

いつも一方的に私が話しているのだが、うるさがっている様子は感じなかった。


  ****************


大学に着くとキョロキョロとあちこちを見回して写真を撮ろうとしている私をおかまいなしに研究室に向かって行く。

色々なセキュリティーを突破して目にしたものは。

あの夢に出てきた電話ボックスだった。

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