021 二日酔い覚まし

「………………あ゛~」


 起きたら、軽い二日酔いだった。

 昨夜、あんまりにも夜空に浮かぶ満月が綺麗だったものだから、それほどたいした量ではないけどお月見団子を作って御供したのだ。で、そのまま月見酒と洒落込んだ。コウちゃんも顔を赤くしながらちびちび舐めるように、けれども延々と止まることなく飲み続けていたんだよね。

 コウちゃんの見た目は完全に幼女だからちょっと迷ったけど、どう考えても普通の人間じゃないし、なんなら上位存在だろうからまあいいかと流してる。


 まあそれで、飲み過ぎてしまったよね。夜風が良い塩梅に吹いてくれて涼しかったし。

 マヨヒガの良いところは古い和風建築なので、仕切りや窓、引き戸なんかをすべて開け放つと風の通り道が生まれ、吹き抜ける構造になっている。

 代償として冬の寒さがものすごいことになっているのだけれど。マヨヒガ内の家だからファンタジー建築効果で冬もあったか! なーんて都合良くはいかない。現実は非情である。

 まあ私みたいな無精者が最上位ジョブと最上位ユニークスキルを宿すくらいだから、現実が都合良く回るわけがない。


「ふんんん…………ミケぇ、ありがとぅぉ~」


 私が起きたのを確認したのか、にゃあ、と返事をしてミケは私の上から降りていった。

 具体的にどういう能力なのかは知らないけれど、ミケは時々寝ている私のお腹の上とかに乗っかっていることがある。お酒を飲むようになって二日酔いを知ってから理解できるようになったけど、たぶん私の体調が悪くなっていると癒してくれているのだろう。


 そこまで強い効果ではないだろう。実際、今もちょっとは二日酔いがあるし。

 無意識にオーラか何かが出ていて、それが作用しているくらいなものかな? 当てにするのはよくないだろうけれど、引き始めの風邪を防止してくれたりはするので、ありがたいのはたしかだ。

 思えば村を出てマヨヒガで本格的に暮らし始めて、体調を崩したことってそれほどないな?


「ふあぅ……寝汗掻いちゃってるや……」


 いったいどういう酔い方をしたんだろう。高校のだっさい小豆色ジャージは着ているけれど、ブラジャーしてない。そして下半身は下着一枚だ。どういうことなの……。


「ああ、我ながらお酒臭いな……。お風呂入ろ……」


 着替えを用意しようとすると、シルキーが静々しずしずとやってきた。たぶんミケが呼んでくれたのだろう。あるいは部屋の窓際に吊るしている風鈴かも。金魚くんが居間の風鈴へ泳いでいったのかな。

 シルキーの後ろではコウちゃんが元気よくしている。両手を振り上げてぴょんこぴょんこと……君は二日酔いとかじゃないのかい。まあ人外だし、二日酔いとかはないのかな。深く考えない方が幸せになれそうな気がする。


「シルキー、お風呂入るから着替えの準備お願いできる? 今日一日はマヨヒガから出ないから、締め付けの緩い気楽なやつがいいな」


 にこっと笑みを浮かべながら首肯してくれるシルキー。その横で仁王立ちするコウちゃん。やけに陽気だな、昨夜のお酒残ってんのかな?

 ……まさか、私が寝入った後もずっと飲んでたとかいうことないよね?


「……コウちゃんはしばらくお酒抜きかな」

「⁉ ⁉ ‼⁉」


 なんかえらい動揺しているけど駄目です。おそらくすべてを見ていたであろうシルキーが「当然です」と言いたげな冷たい目で肯いているので。



◇◆◇◆



 我が家にはお風呂がふたつある。玄関から入って右側の道場や蔵のあるエリアには大きなお風呂があって、いわば温泉だ。左側の居住エリアにはそこそこ普通サイズのお風呂がある。

 もっぱら普段使っているのは普通サイズの方。だってあっちは遠いし。温泉の方はだいたい他の子たちが入ったりしてるしで、ゆっくり浸かれないという問題もある。

 特に大きな体躯の子が入ってると大変だ。ちょっと身動みじろぎされただけで波が起こるのだから。油断してると頭からお湯を被ってしまう程度にはでかい波だ。


「ふぁ~~~……」


 かけ湯してから湯船に身を沈め、肩までしっかり浸かる。顎の先がお湯と当たったりするくらいにまでしっかりと。

 お湯自体はこちらも温泉の方も同じものを引いている。ほんのり乳白色でとろっとしており、肌に纏わりつく感触がある。

 滾々こんこんと湧いてくるお湯なので、常にきれいな状態だ。そして飲用可能でもある。マヨヒガの水なのでローポーションの材料にもできるくらいの水質だ。

 要するに、二日酔いの重い身体に補給する水分としては非常に適している。


 給湯口から手酌で水を飲みながら、目を閉じてどくどくと音を立てる心臓に集中する。ややぬるめに水でめられているので、肩まで浸かろうが長風呂しようが、体調に異変は起こらない。

 じっくり身体の内側に耳を澄ませれば、血液に薄く溶けていた魔力の濃度がじんわりと濃くなっているのがわかった。常人でいうなら鉄分みたいなものだろう。実際に私の身体に、不足という形で悪影響を及ぼしている。本来の人間には備わっていないものなのに。


「あー、やっぱり……なのかな」


 手引書や攻略本には書かれていない、けれども確実に感じられる異変。ただ微妙なのは、この感覚は同じ村出身であっても感じたり感じなかったりするので、まだ何が原因とはいえないところ。


「運命の子」の一人である解把月見だからなのか。

 それとも、幼い頃からダンジョンに潜っていたから、成長に伴って取り込んできたからなのか。

 はたまた、ダンジョンで強くなり過ぎた弊害なのか。


 なんにせよ、私の身体は魔力というモノが減っていくと体調不良になるみたい。常人より必要な成分がやや多めって感じだ。不足分はダンジョン食材で補うことになるのかな。


「魔力が水分に乗ってる? 血液? ……単に魔力が足りてないだけかな?」


 私をはじめ「運命の子」に関わりを持つ人たちが世間一般人に知恵者ムーブを取れるのは、単に手引書と攻略本があるからだ。

 それを世間に広めていない以上、こういった細かい部分――手引書なんかに載っていないものに関しては世間一般と同様、ひたすら研究していくしかない。

 そして人数が少ない以上はその研究ペースも非常にゆるやかで、成果なんてほとんどない。研究というのは母数がいなければ、もともとゆるやかな歩みになるものである。ついでに予算という厄介者もいるしな。


 個人的には、今回は二日酔いに加えて魔力欠乏の症状が重なっての体調不良だ。生理ではない。

 水分補給と魔力補給と並行しながらのお風呂で血行促進。荒療治な気はするが、問題はないだろう。たぶん、ミケが私の魔力を使って体調を整えていたからこその魔力欠乏だろうし。


 自前の魔力ならともかく、他者の魔力を勝手に使うというのは効率が悪くて当たり前だ。私の魔力量がいかに多かろうと関係あるまい。

 ……むしろ、いくら泥酔して寝入っていたとはいえ、私の体内魔力を勝手に操作できてるミケがすごいんだよなあ。十中八九、ミケもコウちゃんと同じく、ただの幻獣とかより上だよねえ。下手したらソイやビャクより上か? 私の周りにいつもいる子たちの中ではトップクラスなのかも。


「…………考えすぎだねえ」


 どうも、体調が悪いときは他所事に気を取られていけない。ミケやコウちゃんが私なんかより遥か格上の上位存在だったとして、だからなんだという話だ。

 たぶんここにいるのは居心地がいいか、気になったからだろうし。その気になれば縛りなど破って好きなところへ行けるだろう。ペナルティなど自分で排除できるのは間違いないし。


 けれど、現在そばにいる。

 なら、私もこの関係を崩す必要はない。かといって、無理に維持しようと努める必要もないが。


 ならばあるがままを受け入れればいい。

 少なくとも、私が本気でユニークスキルを行使しなくてはならないような状況ではないのだから。


「甘いものでも食べよ」


 アルコールの分解には多少のカロリーも必要。というわけで甘さ控えめな和菓子です。


「ででーん。水羊羹でーす」


 小豆の味と風味を活かしたかったので砂糖は和三盆糖を限界まで減らしている。仄かに甘い程度だ。それでも結構な量を消費したので甘味というものは驚異のカロリー爆弾だ。ちなみに小豆はダンジョン食材。

 そして誰もいないのに私はなんでそれっぽいことを言っているんだろう?

 ……私も配信者らしくなってきたということかもしれない。個人的にチャンネルを公開して配信する気はさらさらないが、小町のとか他人のチャンネルに出るときはそれっぽい感じに振る舞えなくては。


 とか思っていると、ガシャーン! と勢いよく戸を開けてコウちゃんがやってきた。当たり前だが全裸でタオル片手である。着衣で入ろうとしていたならお説教だ。

 その後ろにいるシルキーは額に手を当ててやれやれと首を横に振っている。彼女はゴーストなので普通に服を着たままだ。つまり割烹着。入る気はないのだろう。

 今更だけど、割烹着の銀髪外人ゴーストってすごい違和感だな。普段は見慣れていてあまり気にしていなかったけれど、こういう場所だと新鮮味があるからか気付いてしまう。


「……まあ、コウちゃんくらいなら一緒に入れるか?」

「♪」

「あっ、こら! きちんと身体は洗ってから! マナーだよ!」


 そこはかとなくコウちゃんの身体に汚れはない気がするけれど、それでも精神的に身体は洗ってから湯船に入って欲しい。相手が私より強かろうと、仮に神霊の類だろうと引かないぞ。


 シルキーが自分に任せろとばかりに胸を叩くので任せておいた。決してそれで彼女の胸が揺れたからではない。ないったらない。

 そもそも私は別に貧乳ではないし、日本人の平均はあるし、だいたい兄さんが求めているならともかく、兄さんは巨乳派ではないはずなので間違いなく問題ないはずだそうに決まってる信じてるからね兄さん。


 黒文字を取って手頃なサイズに切り分け、取って食べる。


「う〜ん……おいしい!」


 我がことながら良い腕だ。まあそうなるまでスキルによるオート作成を小分けに使って作り方を覚えたのだからそりゃそうだ。

 和三盆糖の上等な、雪の切なさに酷似した甘さを感じると、続け様に小豆の圧倒的存在感が襲ってくる。口内で噛み潰したときと、するんという喉越しの際に鼻腔へ通り抜けたときの双方で香りが違うのも楽しい。小豆の味の良さは語るまでもない。ダンジョン素材だしな。


 むしろこれと拮抗している和三盆糖がすごい。

 和三盆糖を製造しているメーカーはもはや香川県と徳島県にしかなく、それぞれを讃岐和三盆糖と阿波和三盆糖という。今回のものは阿波和三盆糖だ。

 これ、また今度干菓子ひがしとしての和三盆作ろうかな。砂糖というだけなのに、それ単体でお菓子として成立するポテンシャルの高さが異次元だ。


 ちなみに和菓子を食べるときの楊枝のことを菓子楊枝と呼ぶが、これは近年プラスチック製のものが増えてきたからだ。

 本来は木製だし、クスノキ科の黒文字を使う。なぜなら端材から大量に作れるから。さらにいえば黒文字には軽い殺菌作用があるのと、黒色の樹皮に斑点模様などがあり、魔除けの意味合いもあったのだとか。


「時期と水羊羹と……って考えると、青竹の楊枝でも良かったかも」

 

 私の中でもどこになんの琴線が働くのかわからないが、それなり程度に食器やカトラリーなんかにも関心が向くことがある。

 昔はなんでもいいと思っていたが地元の田舎から出てきて色々とお店を回ったり古物商に顔を覗かせたりしているうちに、すっかり感じ方が変わってしまった。

 これが大人になるってことなのかななんて思うけれど、たぶん村と違って都会で色々と情報や物に溢れているからだろう。

 音も、光も、人も――洪水のようだと、最初の頃は感じた。


 お酒が飲めるようになってとある居酒屋で日本酒を飲んだ際、酒器によって同じ酒を同じように提供しても味が変わると言われて驚いたよ。正確には味の感じ方が変わるのだろうけれど。ワイングラスを思えば当然の話である。

 同じように、コーヒーであれば香りが続くように飲み口は小さくする。紅茶であればよく香るように飲み口を広げるわけだ。喫茶店のコーヒーカップで飲み口が広ければ、それは香りを重視した店といえる。


 飲み物がわかりやすいが、そんな風に食器やカトラリーからでも変化はあるみたい。けど一番大きいのは人間の気持ち。やはり気持ちがどうなっているかで、味覚や嗅覚にしても感じ方というのは違うようだ。

 小説や漫画などで落ち込んだ人に美味しいものを食べさせて元気付ける話なんかがあるけれど、正直な話難しいらしい。けど、元気付けられる一品を作れるよう努力しているのだとか。


 ちょくちょく通うその割烹ではまだ新人らしいお兄さんが、頬を赤くする勢いで教えてくれた。すごい情熱だと思う。

 私のジョブやユニークスキルも、ああいうやる気のある生産魂のある人のところに宿ればよかったのに。実に現実というものは非情である。


「どわっ」


 私に……というよりは桶に入れて湯船をぷかぷかしている水羊羹にかからないよう配慮して、少し離れた場所にざぶんとするコウちゃん。だがこの湯船は一般家庭のそれよりやや大きいくらいでしかないので、しっかり被害が出ているぞ、私に。水羊羹は私がしっかり身を挺して庇ったので大丈夫。


「♪」

「いやいや……そんな笑顔を浮かべて『ちょーだい♪』なんてしても、悪さするコウちゃんにあげる水羊羹なんてないよ」

「⁉」

「これで我慢しなさい」


 水羊羹は私のだ。さっきひとつ食べたから、あと四切れしかないのだ。これ作るのめんどうなんだぞ、こしあんだし。

「蔵」を漁ればまだあるけど、取っとく。とっておきのお菓子だ。スキルによるオート作成じゃない手作業の面倒なお菓子だしな!


 どうでもいいけど、最初は葛饅頭を作ろうかと思ったのだが、オート作成にせず手作業でやろうとしたら面倒にも程があったので諦めた。手間が酷過ぎる。

 和菓子に限らずだけれど、職人たちって冗談抜きに尊敬する。私にはなまじスターマイスターというお気軽な手段があるだけに、そちらを頼ってしまう。


 コウちゃんにあげたのは大福。それも超お手軽に作ったやつ。お風呂なら口の周りが真っ白になってもすぐに洗い流せるからね。

 現金なもので、コウちゃんは甘いものがもらえればそれでいいらしい。目をシルキーに向けると、頬に手を当ててやれやれと苦笑していた。私と目が合って、さらに苦笑を重ねる。


「シルキーには、あとで冷やし白玉ぜんざいをあげるね」


 にこっと微笑まれる。

 自分もといわんばかりの表情をするコウちゃんだが、今のあなたには大福があるでしょ。駄目です、食べ過ぎです。


 違う。口に入れたら誤魔化せると思うな。

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