020 シルバーソードと石鹸

 さっきまでは魔石をはじめとして、その他もろもろを粉末状になるまで細かくしていた。それらを天秤を使って量る。

 この天秤も自家製で「欲量の天秤デザイァランス」という。シルエットは理科の実験で使いそうな両皿の天秤だ。デザイン自体は理科のアレではなく、アラビアンでオリエンタルな感じだが、例によってスキルメイドの一品。


 材料に木材なんてひとつも使っていないのに、なんなら金属多めだったのに、出来上がった見た目は結構木製っぽい。どういうことなの……ダンジョンは不思議に満ちてるなあ。


「……なぁに、それ~?」

「天秤」

「それはわかるって~」


 主に手作業で複製品を作るときにあったら便利な天秤だ。

 私は真奈美の見ている前で、上皿の片方に一枚の御札おふだを乗せる。細長の封筒にも見えるそれが乗っかると、紙が乗っただけとは思えないくらいのスピードで皿が沈んだ。


「スキルスクロール?」

「そう」


 スキルスクロール。

 魔石を砕いたものを塗料などに溶かし、魔力の保持性を高めたうえで「力ある言葉」を「正しく」並べることで、魔法をはじめとした様々なスキルを発動させる使い捨ての魔術具だ。

 火炎瓶みたいなものと思えばいい。魔力が抜けたりと使用期限もあるし。


「……スキルが何なのかわかんないけど、月見のことだし、すごいのだよね? あいかわらず、コンパクトにまとめるよね~」

「ダラダラ書くのもめんどくさいでしょ。材料の無駄だし」

「それ、魔術具店に言ってやれる〜?」

「やだ〜」

「あ〜! 真似するな〜」


 スキルスクロールの作成なんかも私の専売特許というわけではなく、そういう系のジョブがあればできることだ。

 なんなら付与だけ誰かに任せるというやり方をすれば、ダンジョンに入ったことのないパーフェクト一般ピープルでも可能。なんせ薬研でゴリゴリとかなので。


 けれども、そういった人たちの作るスクロールは本当に巻物スクロールだもんで、結構嵩張る。便利ではあっても、使い勝手の良い道具というわけではない。

 本として束ねて然るべき処理をすれば魔本グリモワールになるから、かなり利便性も魔力保ちもよくなるけどね。


「たぶん月見の方がおかしいんだよね?」

「言い方がアレだけど、まあそうだね」


 私の場合はチートジョブのおかげで答えから逆算してるから最効率なだけだ。作りたいモノに合わせて最適なバランスで魔石粉末の調合ができる。


 けど、他の人はそうじゃない。膨大な試行錯誤を重ねて予想するしかないのだ。魔石自体の値段が結構するから、予算という私でも倒し難い強敵との戦いもあって、研究も易々とは進まない。


 とはいえ、それなり以上の予算が出ているのは間違いない。スキルスクロールなんかの探索補助具にお金を出すのは高位探索者たちだし、彼らは命がかかっているから使うべき時は躊躇ためらわない。また、高くても良いものだと判断すれば買う。

 要するにブルーオーシャンなので、予算は結構出ているみたい。


 なぜ私がそこらへんを知っているかというと、フェイスレス宛にラブコールが鳴り止まないから。ぜんぶギルドでストップさせてるし断ってもらっているけれど、そういうのがあるよ、とは知らされている。

 フェイスレスが生産系最高峰だと理解しているなら、お金に関しても困ってないと理解できないものかな? どれだけ報酬を積まれたところで首を縦には振らないよ。


 特に日本企業は正気かと言いたい。海外企業と比べて私を雇う金額の桁が二つ三つは違うぞ。もちろん悪い意味で。なんでたかだか数百万程度で三ヶ月も拘束されにゃならんのだアホか。

 ちなみに私はその企業がどこか知らない。義姉さんに笑い話として話されただけだから。


 そんなよそごとを考えていたからか、ちょっと多めに上皿に魔石粉を落としてしまった。そのせいで天秤が傾く。


「……とと、多かったか」


 不可思議な光景が広がり、真奈美は目を丸くしている。

 なんせ上皿の重さだけで比較するなら、どう考えても御札の方が重いはずだ。だというのにほんの僅か指の先ほど、耳掻きで盛った程度の粉末一山を乗せた上皿の方が重いと、天秤は示している。


「あ〜、え〜? そういうこと〜?」

「そういうこと」


 小町と比べて真奈美は見ただけで理解できるみたいだ。さすがだな。

 いや、小町は配信もあるから聞いてるだけかな? 考える頭もあるけど、どうせ聞くんだから考えなくていいやとか思ってそうではある。


 ……また今度、真面目に聞いてみようか。探索者をするにあたって、ましてや基本がソロだというなら、きちんと目で見た情報を解析する能力は必要不可欠だ。

 配信中だから意図的にわかってない風を装っているだけなら問題ないけれど、ガチでわかってないならお説教である。


「先に乗せた方のと後に乗せたものの内容量の釣り合いを量る天秤ってわけ」


 御札全体の重量ではなく、その中に内包されている同じ種類の魔石粉の量との比較になるのだ。これで釣り合いが取れるように各種粉末類を量ってまぜまぜするのが次の仕事。


 ……うん、めんどくさい。スキルでだーって作りたくなる。

 けれども、これは私の好みで作り上げたアレンジレシピなので、スキルで一気にまるっとコピーするなんてことはできない。ひとつひとつ手作業だ。


 私が不用意にクラフト系依頼を受けないのもここにある。個人の利便性を考えるとどうしても手作業が入ることになり、時間がかかるのだ。

 でも依頼人はそういうの知らないし、私が生産系最高峰のチートジョブだからスキルでちゃちゃっとできると思ってやがる。

 誤解を解いたりするのも面倒だし、恨みを解把月見から逸らすためのフェイスレスなので、十把一絡げにお断り申し上げる次第。


 不用意に依頼を請けたりすると、他の断る相手とかがうるさく囀りそうでもあるしな。

 自分で自分の首を絞めるのは馬鹿のやることだよ。なので私はオールシャットアウトでいく。鳴かなければ雉も撃たれないのである。


「それで、最終的にこれってど〜なるの〜?」

「ああ、見る?」


 真奈美のようにフェイスレスの正体を知っている人はそこらへんの無茶を言わないからいいけどね。……いや、ノーウェとかナナキとかいたわ。まあ連中とは持ちつ持たれつなところあるし構わない。


「こんな感じになるよ」

「……ええ……」

「なんでよ」


 コスパを求めたらこうなったんだよ。ロマンを解さないわけじゃないけど、消耗品にロマンを求めないぞ私は。


 真奈美に見せたのは五寸釘。そしてその根っこというか頭というかの部分に金属糸で御札が結ばれているものだ。

 だいたいマンガとかで忍者が苦無投げて、刺さったところで爆発するアレをイメージすればいい。そもそも着想を得たのがまんまそれ。

 苦無が現実的じゃないから五寸釘になっただけです。買えばいいだけだし、私の労力も最小で済むしでいいこと尽くめ。なのにこれを見た人みんな微妙な顔をするんだよね。


「相手に突き刺して直接魔法を発動するタイプなら、これまで通りスローイングナイフでいいんだけどねえ……」

「これは違うの~?」

「副次効果を狙ったやつとかは投擲攻撃の付与に乗せられないんだよー。だから御札っていう形で一度スクロールを介さなくと駄目でさー。めんどくさい……」

「あら~」


 私が戦闘で使える自前のスキルは「投擲」くらいだ。そのため、相手に合わせて武器を変えるし、基本的にはダガーを使っている。ダガーだって一本毎に付与されているスキルは違うのだ。なんなら現在の私の攻略最前線とかだと、出てくる敵それぞれに合わせたダガーがあるくらいだ。

 それでもいかんせん苦労するので搦め手を使ってみたら思いの外効果があったので、より搦め手をいやらしく特化して組んでみたら、組めるには組めたけど、スキル頼りのオート作成ができなくなったよね。悲しみの手作業である。


「あ、聖剣帰って来たよ~」

「ガタッ」

「口で言うんか~い」


 そこはまあ、ノリだ。あとはフェイスレスというか、ファントムで取った杵柄といえばいいのかな。


「ああ〜っ⁉︎ ない! 月見、返してよ〜!」

「ごめんて。反射的に」


 意識を誘導した間にテーブルの上に広げたすべてを「蔵」に回収してしまった。真奈美が飲みかけのコーヒーリキュールや半分齧ったクッキーなんかもだ。

 それらを返して、兄さんが戻ってきたことを教えてくれたお礼に八朔のジャムも付けておく。試供品サイズの小さなやつだ。


「なにこれ? ジャム〜?」

「そう。ある程度食べたらダンジョン内限定で運が上がるから、ドロップ出やすくなるよ」

「は?」

「じゃあね」

「は⁉︎」


 食べても大丈夫な魔石粉も混ざったやつです。

 賞味期限は甘く見積もって一年くらい。開封後は冷暗所で保管して、一ヶ月以内に食べてくださいな。


「兄さ〜ん」


 ダンジョンから出ると、必ず各ダンジョンごとに登録されているギルド支部へ顔を出す必要がある。というかダンジョンダイブするのに申請書が毎回必要なので、そこへ行って、実際はこうでしたああでしたみたいな書類を提出する必要があるのだ。


 書類提出はパーティを組んでいれば代表者一名だけでいいのだが、顔出し自体は全員で行わなければならない。生存確認のためだ。


 ちなみにこの書類提出だが、特級救命探索者であるフェイスレスも例外ではない。おのれ……!


「ん……月見か」

「おおう、汚れてるなあ……」


 私と相思相愛ラビューラビューな静稀兄さんは普段爽やかなのだけれど、ダンジョン帰りばかりはさすがに汚れている。この私でも抱き付くのを躊躇うくらいには汚れている……!


 いつもは太陽光を反射して眩しい甲冑もあちこち凹んでいるし、泥や血、草の潰れた汁なんかもあちこちに付着していて、見える限りでは汚れと金属部分は半々くらいだ。


 そして、それは兄さんだけに限らない。

 当たり前だが、スポンサードである兄さんは冒険者パーティを組んでいる。そのパーティ「シルバーソード」はバランスが良いだけでなく、優秀なジョブで固められていた。

 だからこそ、闘気などの基本がなっていなくても第四階層なんて深い場所まで潜れているのだ。……あくまでも、世間一般での深い階層という意味合いだが。


「お! 月見か!」

「やあ、今日もうるさいねセイさん」

「がはは! 俺の声と口のデカさは生まれつきだからな!」

「ガタイもでしょ」

「ちげえねえや!」


 常に言動に「!」マークが付く、無言であっても喧しいこの大男こそが兄さんたち「シルバーソード」のリーダーである下町誠吾さんだ。

 快活に笑って細かいことは気にしない、豪放磊落を絵に描いたような人物である。

 ジョブは「剣聖」というかなりレアかつ大当たりな部類だ。


 シルバーソードというパーティ名だが、彼と兄さんのジョブから「聖剣」と呼ばれることの方が多かったりする。兄さんが「聖騎士」というタンク系ジョブだからだ。


 そんな兄さんのジョブ「聖騎士」は、「剣聖」と比べると悲しいかなワンランク劣る。成長というか覚えるスキルに波があって、途中で「あれ? なんか弱いか……?」という時期が待っているのだ。

 具体的にいうと過剰なくらい防御スキルが増えて火力がまったく上がらなくなる。自前で武器を変えてどうこうするしかないが、そもそもとして盾の役割だからな。


 一応、それを抜ければ同じくらい強いジョブではあるのだが……がんばれ兄さん。私は応援しています。

 引きつけたヘイト量だけこっちの攻撃ダメージの上がるスキルとか、自分にかかっているバフを剥がした分だけ火力も攻撃範囲も広がるスキルとかが将来的に待ってるぞ。


「何をしてる……月見のせいか」

「がははは! そうカッカすんなよダイゴロよ!」

「怒ってはいない。ただ呆れているだけだ」


 しゃちほこ張った口調で後ろから出てきたのは、セイさんよりはやや小さいものの、兄さんと同じくらいには背の高い直江大五郎さん。

 シルバーソードというパーティのリーダーはセイさんだが、彼はあくまでも戦闘能力及び看板役としてのリーダーだ。実務に関してやダンジョン探索についてのリーダーはこちらのダイゴロさんの仕事である。

 そういった理由で他からはダイゴロさんが副リーダーみたいに思われているが、彼は自分のことを副官と名乗っており、シルバーソードの副リーダーは兄さんというのが公式設定らしい。


「そう、月見に…………いや、また後日話そう」

「そう? わかったよ」


 周囲の注目を集めていることに気付いたのだろう、ダイゴロさんはこちらに振りかけた話を取りやめてくれた。「指揮者」ジョブらしく、周囲がよく見えている。まあダンジョン内だと斥候もやってるから役割多すぎなんだけど。「シルバーソードの過労死枠」という呼び方も高い、ドス黒いクマの取れないお方でもある。


 ダイゴロさんが言いかけたのはおそらく兄さん経由で聞いた話についてだ。今までダンジョンダイブしていたみたいだから、ギルド公式チャンネルの放送は見ていないだろう。

 まああの放送でやった内容なんて、私が兄さんに渡した攻略本などなどから見ると序文程度でしかないので、見なくてもいいのだけれど。


「あ~、しんど。月見、悪いけどまた今度ね」

「そうね。……さすがにこの状態で話すのは、気持ち悪いわ」

「あらら……」


 三人の後ろからえっちらおっちら、辛そうにやってきたのはシルバーソードの後衛の女性二人。後衛まで盛大に装備が汚れていることを考えると、なかなかしんどいところまで行っていたみたいだ。


「そうだな。二人もみんなもしんどそうだし、月見と話したいこともあったけど、またあとにしておこうか。悪いな」

「ナヌッ⁉」


 兄さんロス症候群一歩手前で手足が震えているというのに、そんなことを許すわけにはいかない。いや、みんな帰ってもいいけど兄さんの身柄は私がもらう。


「ん? ああ、じゃあこれ試供品なんだけど使ってみる?」

「なんだ、これ?」

「即席石鹸。装備の上から使えるやつで、水もいらないんだ」

「――は⁉」

「なんですって?」


 女性陣二人、「癒者いしゃ」ジョブの相川一子と「魔女」ジョブの笹川七瀬さんに詰め寄られる。二人のことは知っているし、詰め寄られるのも予想していたから驚きはなかったが、吹っ飛ばされた兄さんは大丈夫だろうか? お風呂を求める女性陣のパワーは「聖騎士」よりも強い……。


「ち、ちょっとちゃんと見せて!」

「ちょっと、一子⁉ 私が見せてもらっていたでしょう?」

「我慢ならんもーん!」


 争っているように見えて非常に仲が良い二人なので、私も気にしない。


「大きさは……懐中電灯くらいね」

「単一電池で、厚みは指一本分くらいかぁ。うん、コンパクトでいいね」

「これより小さくしようと思うと、素材とか手間とかでコスパ悪いんだよ」


 ちなみに包装はちょっとだけ厚い紙をただ二重にしただけです。イメージはまんまアメリカの某お菓子だ。コーラと混ぜるな危険で有名なアイツ。一年に一粒くらい食べたくなるんだよね。


「使い方は、まあ高い位置で使った方がいいから、頭の上かな」

「こう?」

「こうね?」

「早い……」


 なんてスピード、私じゃなきゃ見逃しちゃうね……。これで後衛ジョブだというのだからおそれいる。

 それはともかくとして、あとはばきっと握力で割ってもらうだけだ。そんな大した強度ではないから、探索者ならいくら後衛ジョブであっても問題ないだろう。

 ただ、カズちゃんもナナさんも帽子は取っておいた方がいいと思うよ。


「ひゃぁっ⁉」

「っきゅん⁉」

「ええっ⁉」


 いま、ナナさん「っきゅん」って悲鳴上げた⁉ そんな子犬みたいな声出せるんだ⁉ 普段はクールな落ち着いた大人のお姉さんって感じなのに!

 でもギルドでナナさんの可愛らしい鳴き声に反応しているのは私だけらしい。他の人たちはみんな、二人の状況に注目している。


 頭上で砕かれたガワ。これは私が対人戦でよくやる魔法が付与された使い捨てのスローイングナイフと同じで、砕かれたこと自体がトリガーとなって魔法が発動するタイプ。魔法の威力自体はかなり弱いもので十分なので、付与のスロット枠は非常に余裕があってなんでもできたよ。

 薄く水色と群青色のキラキラエフェクトがオーロラ状になって降り掛かるのは完全に私の遊び心で、まったく意味がない。効果範囲が目で見てわかるくらい? でも普通に一人分だけだからな……やっぱり意味ないよな……。

 なぜそんな無駄なエフェクトにスロットを割いたかというと、他に付与がなかったからだ。必要な付与はぜんぶつけといたし。「きゅるるるん☆」って音が鳴るようにもしたかったんだけど、それはさすがにコストが重かった。私も未熟である。


「は? えっ、すっご……」

「すごい……シャワーを浴びた後みたいにさっぱりするな」

「石鹸の良い匂いもするな!」

「はぁ? 誠吾、キモいこと言うのやめてくれる?」

「がはは! ひでえこと言いやがるガキだぜ!」

「誰がガキよ!」


 カズちゃんはシルバーソードで最も若い。私よりも年下の一八歳だ。他の面々によるキャリーがあったのは確かだが、冒険者になって二年で第四階層まで辿り着いて、今ではきちんと回復役として働けているのだから大したものである。

 なので、今年で二六歳になるセイさんからすればガキ扱いだ。ちなみに私もガキ扱いをちょくちょくされる。カズちゃんがセイちゃんを呼び捨てにするのは、単に同じパーティだしセイさんが気にしないから。


「……ふむ、有用だな。なるほど、我々も今後手に入るなら欲しいのだが……月見、よいのか?」

「え?」

「月見、おまえな……」

「え?」


 兄さんもダイゴロさんも憐れむような目を私に向けている。どういうことなの……?


「月ちゃん?」

「ヒュッ」


 背後から掛けられた声に震えながら、振り返る。

 そこには笑みを浮かべた義姉さんがいた――笑顔という、狂暴な表情で!

 身長152センチと小柄なのに、すごい圧力を感じる……!


 こ、こんなときに限って、義姉さんが人妻だと知りながらも懸想しているろくでなし探索者どもの姿がない……! おのれ、ギルド内でも私はソロ活動を余儀なくされるというのか!


「まず、それ。……どうするの?」

「…………あー」


 渡した石鹸は服や生身の表面にある汚れを落とすもの。さすがにしっかり染み付いたものはどうしようもないが、裏を返せばしっかり染めた服でも使えるということだ。

 うん、落とした汚れがどこにいくのかというと、液状化した後に重力に引かれるわけだ。つまり……ギルドの床が汚水で汚れちゃったね!


「まあ、それはシルバーソードの面々で掃除するように。自分たちで汚したわけだしね」

「え? あー」


 知らない間に男性陣もキレイキレイしていたようだ。たぶん、義姉さんが額に青筋浮かべながらこちらに来た段階でこの状況を予測したのだろう。ダイゴロさんが「それなら我々も綺麗になっておこう」とか言っていたのではなかろうか。


「ねえ、月ちゃん?」

「はひ……」


 下から掬い上げるようにして両頬をむにっとされた。


「前から言ってるでしょ? 新しいものを作って、他の人にも見せたりするんなら、まず一番最初に私に見せるようにって。覚えてない?」

「お、覚えてる……」

「じゃあなんで、私はそれを知らないの?」

「えっと、えっと……」


 言い訳を探していると、どんどんほっぺたにかかる指の力が強くなっていく。


「こっちにいらっしゃい! お説教するから!」

「いやぁぁあああ……」

「私の方が嫌よ! 前も言ったでしょ、他の事情を知らない人たちから文句言われるのはギルドで、受付職員たちなんだから! あれが欲しいこれが欲しいって言われても、月ちゃんが勝手に作って勝手に提供してるものにまで面倒は見られないわ!」


 ああ、他の受付の職員たちがみんな首を縦に振っている……味方がいない……。

 ちなみに私が完全に個人の探索者なら問題ないが、私の探索者資格は解把月見名義の方でもギルド所属になっているので、問題となっているのだ。きちんと契約を交わしているお店とかだとまた別なんだけど。


「あ~、トモさ~ん」

「書類作成で残業……なにかしら、支倉さん」

「真奈美……!」


 さすがは運命の子関連の繋がり! ここでまさかの救いの手が!


「さっきすごいジャムもらったの~! 見て見て~、きれいでしょ~?」

「……月ちゃん?」

「バカ野郎この野郎! 酔ってやがるなちくしょう!」

「え? お酒まで出したの、そう。……昼間っから、ギルドで?」

「あ……」




 ドナドナされた後のことは思い出したくない。

 ただ、私が家に帰れたのは日付を跨いでからだ。さすがにビャクやソイも寝てたから、もふもふに癒されることすら叶わぬ始末。

 いろいろと使れたから、帰りでコンビニで買ったおにぎりを二個とサラダパスタにを食べて、ヤケ酒飲んで寝たよね。


 ……「即席石鹸」って名前が駄目だっていうから、ちょっと捻ったアイデアで商品名を「ソープサービス」にしたんだけど、なんでみんなから「いや、それもちょっと……駄目かな……」って断られたんだろう。理由を聞いても誰も答えてくれないし。


 最終的には「リフレッシュソープ」になったけど、何が違うっていうんだ!

 何が悪いっていうんだよ!

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