019 ギルド職員はうらやましそうに見ている
私は効率よく物事が運ばれることを好むが、別に効率よく行動することが好きなわけじゃない。煩わしいのが嫌いなので、嫌なことはさっさと済ませたいというだけだ。好きなことに時間をかけたいでしょ、みんな。
そんなふうに、世の中には似ているけれど、ちょっと違うものがある。
たとえば天然水とミネラルウォーター。
天然水とは自然の源泉を採水したもの。一応は沈殿とか加熱殺菌とか最低限の加工をしたもので、可能な限り自然そのものの状態を維持している。
ミネラルウォーターとは上記の加工に加え、ミネラル関連に調整を加えて飲みやすくしているものを指す。
またそれらとは対照的に、反対の意味に取られそうだけれど、実は両立するものごとだってある。
私は効率よく行動することを好むが、忍耐を知らないわけじゃない。それが最効率だと判断すれば、傍目には非効率的に見えてもそうするということ。急がば回れともいう。
私の本当の棲処であるマヨヒガにおいても似たことがいえる。
私だけでなく、私と契約している幻獣たちも同居しているわけだが、ソイとビャクなんか実は仲が悪い。放っておくと殺し合う関係でもあるのだ。これはこの二体だけでなく、別の子たちにも同じことがいえる。
ではなぜ彼らが大人しく同居できているかというと、単に私が怒るから。
あの空間は私のものなので、本来の私と彼らの能力差に関係なくこちらが上位者になれるのだ。
そうでなくても、本気で怒れば契約を断ち切って追放することが可能だ。もちろん私だけでなく、幻獣側からも一方的に契約を断ち切ることができるようになっているが、それならそもそもとしてマヨヒガには来ていないという話。
一部の子は私が自分から誘ったが、結構な子たちは勝手に集まっている。まあたぶんコウちゃんの仕業だと思う。そういう子たちはたぶん本来の姿で私と戦ったら、普通に私が負けると思う。
まあ何が言いたいかというと――私は目的を果たすために必要なのだとすれば、忍耐強く地道に迂遠なことをするのも気にしないってことだ。
◇◆◇◆
――ゴリゴリ、ゴリゴリ、ゴリゴリ、ゴリゴリ。
今、私はギルドのロビーの端っこにあるテーブルで、死んだ目で
終わりがあるにはあるが、まだまだ追加できる素材があるので、存在してしまうので、実質延々と続く無間地獄。
やりたくないけど、やらなければならない仕事ってあるんだよね……。いやむしろ、やりたくないけどやらなければならないから仕事なのかもしれない。
これが賽の河原の石積みってやつか……おかしいな、私の両親はまだまだ健在なんだけどな……。
「あれ? 月見じゃん、珍しい~」
「うん? ああ、真奈美か」
私に話しかけてきたのは、うちの故郷とは別だが「運命の子」の流れを汲んだ里出身の
こういってはアレだけど、私は客観的に見て真面目系クールな容姿だと思う。
真奈美は陽キャ全開のギャルである。髪も金色で赤のシャギーが入っており、カラコンも入っている。
ぱっと見の印象としては頭弱そう系ギャルだろうか。やや釣り目で強気そうに見えるところは私と同じかな。
すごく対照的というか、普通は
「あの配信観たよ~。ちょぅ笑った~」
「げっ。観てたの?」
「そりゃあ、探索者ならみんな観てるでしょ? トレンドにも載ってたし、配信時間も長かったし~」
「それもそうか……」
真奈美も「運命の子」関係を知っているということもあって、彼女は私が
とはいえもちろん、ギルドを通して話せないよう法的拘束力を働かせてあるが。
そういえば、また今度小町にも契約を結ばせないとな。
崖を何度も飛び越えさせたらご褒美が欲しいと、公式放送中だと理解している上で恥も知らずに駄々をこねて私が根負けした形だ。あそこまで恥を捨てる覚悟をされてしまっては仕方がない。さながら幼稚園児がスーパーで母親に泣きつくような我が儘だったからな……。
ただ、コメント的には一定の理解を得られていた模様。それもそのはず、ご褒美というのが、私の家……すなわちマヨヒガへのお泊りだ。そのためには私の素性を晒さなければならないし、自動的に法的拘束力を働かせる必要があった。即座に肯きやがったけど。
真奈美が対面の椅子に座ったので、マジックバック偽装の鞄から遮音の魔道具を取り出し、テーブルの上に置いてスイッチを押す。これで私たちの会話が外に漏れることがない。
いや、この魔道具に使われた素材より高い能力を持つ人がいたら聞こえちゃうけど、まあいないだろう。
「そういえば、こまっちゃんはどうしてるの~? まだ配信してるよね~?」
「職員に任せてきたよ。闘気は使えるし、問題ないでしょ」
現在、当の本人は絶賛ギルド公式チャンネルでのブートキャンプ配信に出ている。面倒は他の指導員に任せた。
どうも私の訓練方法がよろしく思われなかったようで、ギルドから連絡が来て帰還せよとのことで、ギルドのイッヌである私は大人しく従ったのだ。実に忠犬であると自画自賛。
まあ実際は、ギルド支部長にして実兄から「バカタレ。一般人も観れるのにやりすぎだ、自重しろ。なんで帰ってこい。そろそろ静稀も戻って来ると思うぞ」というメッセージだったので、こうしちゃいられんと小町を放り捨てて帰ってきただけなんだけど。
罠のように、待ち構えてた義姉に笑顔で説教されたけどね! あんなんでも私のときというか、故郷の村での訓練と比べたら常識的だよ!?
「なんかちょ~だい?」
「ええ? 遠慮ないなあ……おやつでいいの?」
「おやつも欲しいけど、今は飲み物の気分!」
「飲み物かあ」
真奈美は能力の関係上、私がメインで潜るような食材系ダンジョンではなく素材系ダンジョンに潜る。……私が稀有なだけで、大多数の探索者は素材系ダンジョンに潜るんだけどね?
そういうわけでダンジョンの住み分けができるので、私が乗り気にならないけど欲しい素材なんかは、彼女や他の素材系ダンジョンに潜る人に依頼している。私にも真面目に利がある取引相手だから、小町とかと違って関係に配慮はする。
「これとかどうかな」
円柱状の細長いロングタンブラーを取り出し、墨汁のように真っ黒な液体を注ぐ。糖度が高いので粘性が結構ある。
続いて氷。エアコンが利いているとはいえ、弱冷房くらいだ。冷たい方がいいだろう。タンブラーに収まるくらいで大振りな氷をがらごろっと。雪だるまくんが作り出してくれた準ダンジョン食材といっていいやつだぞ。喜べ。
「コーヒーの匂いがするね」
「コーヒーリキュールだもの。……あ、お酒だけど、いいよね?」
「いいよ~。わたし車の免許ないもん」
「だよね。私もないや」
既製品じゃなくて、私が作ったやつだぞ感謝しろ。それなりに丁重に扱っている証拠だ。このリキュールの材料となるコーヒー豆を使える状態にするの、ほんっとめんどくさかったんだから。コーヒー農家の方々には足向けて寝れないよ。
どういうものかというと、ダンジョン食材としてのコーヒー豆を乾燥させた後、処理してから生豆の状態にして、サラちゃんに火を出してもらって、タンクトップで汗だくになりながら片手でフライパンを揺らしつつ、右手に団扇で扇ぎ続けないと駄目だったんだ。
まあそこまでやれば、あとは材料揃えてスキルやアーツでささっといけたから楽だったんだけど。
そんな話を彼女に聞かせても仕方ないので言わないが、微妙に圧はかけながら続いてミルクを注ぐ。七割まで注いだ後で、特殊な炭酸水を取り出す。
「え、なにそれ~。瓶? 瓶の飲み物とか初めて見たよ~」
「そうだよ。私が採水した炭酸水」
「へ〜」
安全性は確保しているので問題ない。口はスクリューキャップではなく王冠で、市販品である。瓶の方は私が作ったもので、瓶底に開栓をスイッチにして温度維持と炭酸抜け防止の付与が発動するようにしている。
「……ん? ちょっと待って。ミルクコーヒーなのに炭酸水入れるの〜?」
「そういうのもあるんだよ」
「え〜?」
信じてない顔だけど、本当にあります。なんなら調べてみるといい。
「私も、ただアイスコーヒーを炭酸水で割っただけのやつはそんな好きじゃないんだけど……」
実際のところは知らないけれど、私個人としては、カクテルというのはお酒をより飲みやすくするための調理だと思っている。
度数が高過ぎたり、あるいは味が尖り過ぎていたりするお酒を他のお酒と混ぜ合わせることで、それぞれの特徴を残しつつ短所だけを打ち消し合わせるというもの。
だからこそ、ノンアルコールカクテルなんてジャンルがあるわけだしね。
「はい」
「お〜。初めてだから緊張する〜」
私の分もささっと用意。先に真奈美は飲んでくれていてもよかったのだけど、私を待ってくれたらしい。
じゃあ折角なので、とおやつのクッキーも出しておく。普通のクッキーも好きだけど、全粒粉のクッキーとどんぐりクッキーだ。全粒粉の方の表面にはナッツがキャラメリゼされて乗っている。
理屈としては不思議ではないけど、やっているとキャラメリゼで砂糖が一度白く結晶化してまとわりついた後に、再度透明になるってのが不思議。
理屈じゃなくて感情の方が首を縦に振らないのだ。
ちなみにナッツとか粉末関係でどんぐりをよく私は出すが、別段これといって特に使いたい食材ではない。アク抜きとか面倒くさいし。
ではなぜ使っているのかというと、マヨヒガで余ってるから。昔、イノシシくんがいたから植えたのだけど好みに合わなかったらしくて、無駄にたくさんあるのだ。
そういうわけで責任取ってある程度は自分で消費している。加工したらたくさんの子が食べに来るようになったけど、それはそれで作るのが面倒くさいからやはり一定量まで。
地面に落ちたやつそのまま食えと言っても拒否するのはなぜだ。幻獣の誇りはないのかと思うが、完全にウチの子になっといて誇りも何もないよな……。
つぶらなくりくりおめめを向けられると文句いう気力も失せたよ。
「んふっ、んん~」
「どう? おいしい?」
「ん!」
指先を上にしたままの手のひらをこちらに向けられた。すわ張り手かと思ったが、そんなわけもない。ちょっと待て、ということだろう。そういうわけでちょっと待ってみたが、夢中にがっついているのでおやつに集中したいみたい。
仕方ないので、私は先程の作業を再開しよう。さすがに食べてる人の前で薬研を使う気にはならないから、その続きだ。
面倒な作業だけれど、ある程度気ごころが知れた上で雑に扱える話し相手がいるっていうのは、いいね。
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