018 千尋の谷で反復横跳び
「ねえ。一体いつになるんだーって聞いてもらっていい?」
『たぶんまだかかると思うよ』
『踏ん切りつかんだろう』
『自◯と変わらんのよ』
『自殺をすすめんでもろて』
『探索者なんかみんな自◯してるようなもんじゃない?』
私がアメニオクスとの再会を望むも果たされないまま、食用ではないトレントをはじめとした植物系モンスターの相手をしていると、なんやかんやで一時間くらい経った。もうめんどくさいのでモンスターたちの嫌がるお香を焚いている始末。
いまだに小町は崖を飛び越える踏ん切りがつかないようだ。あまりにも退屈過ぎて、麒麟なんか寝そべって熟睡の体勢だ。
私知ってる、麒麟は休憩くらいなら立ったままするって。寝そべるのはガチ休みのときだけだって。
「こっちもあんまかかんないし」
現在、私は暇つぶしのために崖際にあぐらを掻いて、釣り竿を垂らしている。釣り糸を垂らしている……? まあどっちでもいいか、釣りをしている。
リスナーたちも私が釣りを始めたときには動揺していたが、説明すると納得していた。
「ここで
『ダンジョンの中で、しかも空中に向けて釣り』
『フェレスのやることじゃなければ頭おかしいと思う』
『いやフェイスレスでもおかしくね? 納得したけど』
『釣れるかどうかわかってないのに釣りしてんのか……』
「だって、暇じゃん」
私が狙っているのは、ダンジョンによくあるファンタジー生物のひとつ、空魚。宙空を泳ぐ魚で、彼らにとっての雲というのは、海の魚でいう岩の陰。すなわち寝床だ。ちなみに私は「そらうお」と呼ぶが、「くうぎょ」と呼んでもいいらしい。
ダンジョン的に第一階層というのは、ペルーにあるマチュピチュや兵庫県の竹田城跡や岡山県の備中松山城のような雲の上にまで突き抜けた山の上に存在する森という扱いのようだ。そのため、フロアーの端から下には雲が発生する。
じゃあ第二階層はその続きなのかというと、そうでもない。
どうでもいいが、備中松山城は私の行ってみたいお城トップテンのひとつ。何故なら城主が猫らしい。にゃーん。
「お芋が出来上がるのにも時間かかるしなあ」
『こんなにのんびりしたダンジョン配信動画初めて』
『キャンプ地でもないのになあ』
『フェレに初めて取られちゃった……』
『あの芋大丈夫?』
『実質中層でこれなのはフェイスレスのヤバさが伝わるよなあ』
『中層× 第二階層○』
『ダンジョン食材だってさ』
なお私の後ろでは「蔵」から取り出した適当な石ころで石焼き芋を製造中。炭鉱で採掘とかしていたら、手頃な大きさの石ころなどいくらでも手に入る。
「あの芋はさっき言った通り、ダンジョン食材だから色は気にしなくていいよ」
私が焼き芋にしようとしている
系統としては鳴門金時系で、その中でも最上級ブランドの「里むすめ」を超える糖度。だというのにさっぱりしているから、次から次へと手が進む。いや、それは里むすめもそうなのだけれど、ダンジョン食材ということで渦潮芋はうまみの暴力が酷いので、どうしても上位互換感がある。
「渦潮芋という名前なだけあって、大渦潮のあるフィールドで出てくる芋なんだけどさ。これは地球上の常識で考えないで欲しいんだけど、このお芋は土の中じゃなくて渦潮の中に根を張るんだよね」
『いやいや』
『意味がわからん』
『水耕栽培ってこと?』
『海水……かどうかはわからんか』
『お芋呼びかわいい』
『ちょくちょく幼いところ出るから、俺はフェイスレス幼女説を強く推す』
『どう見ても大人だろ正気に戻れ』
『やめろ、俺はダンジョンに夢を見てるんだ。つらい現実なんて見たくない!』
『つらい思いをしてるやつもいるんだよな……』
『いいぞ、ダンジョンには夢を見ろ』
「ダンジョンに夢を見てもいいけど、私は幼女じゃないぞ。諦めて」
『ぐはっ(吐血)』
『死人が出たぞ!』
『ヒュー! 血も涙もねえや!』
『フェレスの人でなし!』
解把月見のカバーとしての「
「じゃがいもは塊茎って言って、養分が茎に蓄えられて塊になったものなんだ。一方でサツマイモは塊根って言って、根っこが大きく塊になったもの。この渦潮芋も焼き芋にしようとしている通り、サツマイモ系統なんだよね。大きな渦潮ひとつにつき、一本しかできない。ましてや渦の中心に生って、ぜんぶの栄養が集中するからすごく美味しい」
『すごくすごいサツマイモってことはわかった』
『こまっちゃんが「石焼き芋……」ってよだれ垂らしてるぞ。あとちょっとだフェレス』
『命と焼き芋って天秤にかけれるもんだったっけ……?』
『渦潮ひとつで芋一個なんか……』
『自動的に摘果されてるようなもんか。すべての栄養素が一個の芋に集中するんだと考えれば、ダンジョンとか関係なく美味しくなるのは理解できる』
『渦潮に根っことか張れるの……?』
『考えるな、感じろ』
『ビクンビクン』
……? なんで「考えるな、感じろ」って結構良い言葉の後のコメントが痙攣した感じのものになるんだろう? 「ビクンビクン」なんて言葉で私が思い浮かぶのって、麻痺させられて痙攣してるモンスターか陸に打ち上げられた魚くらいなんだけど。
でもこの悪ノリの感じが小町の「こまちちゃんねる」から来てるのはわかる。つまりは小町への対応と同じく、無視してオッケーってことだ。
「……おっ?」
『おや、釣り竿の様子が……?』
『進化しちゃう?』
『フェレスならとんでもないの釣りそう』
『ドラゴンとか釣りそう』
『少なくとも小町は釣れそう』
『いつも釣ってる定期』
ぐっとしなる釣り竿。ビタッと合わせ、腕力任せに釣り上げる。
こうして釣りをしているものの、私に細かな釣りの技量などない。器用の値が高いので反射神経は優れているし、技量が要らないともいう。竿は丈夫だし、所詮は第一から第二階層の空魚が相手だし、気にしなくていい。
「よーっし、釣れたー! とりあえずは一匹かな」
『おー、なかなかの大きさ』
『ダンジョンとは思えない真っ当な大きさ』
『いやこいつ空中飛んでるのにどうして釣り上げられたら普通の魚なんだ?』
『考えるな、感じろ』
『フェレスがわざわざ釣ったってことは美味いのかな』
『これ敵なんかな? これからドロップすんの?』
「あー。まあ、そろそろ伝えてもいいかな」
アメニオクスのときに見せたし、いいだろう。私以外にもそろそろ魚を持って帰る人が出てもいい。
「アメニオクスのときに見せたけど、モンスターたちには弱点とは別に、そこを衝けば動けなくなるような部分もあるんだ。人間でいうファニーボーンと同じだね」
ファニーボーンとは肘の内側にある
モンスターの場合は腕だけではなく、全身が固まる。
「この空魚で試してみようか」
空魚というのは主に空棲の魚類全般を指す言葉。人を指して「人間」と言っているのと同じ。人種があるように空魚にも色々と種類がある。
今回釣り上げた空魚は地球上の海で獲れる大振りのマアジくらいの大きさだけど、たぶん見た目的にニシン系っぽい。イワシのでっかいやつかな。
いいね、刺身にしてオイルサーディンにしてやろうか。イワシじゃないから厳密にはサーディンとは言えないが、そういう細かい話はなしということで。
『見えない』
『見えそうで見えない……見えた……?』
『見えた! きらってしてる!』
『見えそうで見えないとかこいつパンチラかよ』
『空魚はパンチラと同じだったのか……?』
『ここにもパンチラできる層とできない層で格差が生まれるのかよ……どうなってんだこの世界はよォ!』
リスナーたちは一体なんの話をしているのだろうか。まあどうでもいい。
でも一応補足しておこうか。
「空魚はほぼ透明で、死ぬと色が浮かび上がって万人にも見えるようになるよ。死ぬ前でも『視える』のはレベル差があるからだ。たぶん視えたって言ってる人は探索者なんだろうね。レベル上昇……身体能力の向上に伴って、視力が上がるんだ。……ああ、普通の視力って意味ではないよ。視えるモノの範囲が拡がるわけ。一般の人間の枠から拡がって、人によっては幽霊とか紫外線とか、これまで見えなかったモノが視えるようになったりするよ」
これも気力の操作と同じで、一度意識して切り換えられるようになれば視たり見なかったりと自由自在だ。なので、私も地上では視えるけれども幽霊とか見ないようにしている。時々コウちゃんに肩とかポンポン祓われるので、どうやら取り憑かれたりしている模様。
悲鳴と歓声を上げているリスナーたちを無視して、爪楊枝を空魚の頭蓋の頂点から突き刺す。決して脳にまで達してはならない。即死させては消滅してしまうからだ。
「これが、まず第一段階ね」
ファニーボーンに当たるツボを衝いて動けなくさせることが第一段階。
では、次だ。
「第二段階は浸透系の魔法で一気に仕留めること。火属性なら、炎で焼くんじゃなくて熱で包む感じかな。私は雷が楽だからそうしてるけど」
雷属性はそれ自体が浸透系ダメージになるからな。逆に浸透系対策の鱗や皮革を持つモンスターが相手だと一転して無力になるけど。
「蔵」から取り出すのはスタンガン。相手に電撃を流して倒す武器って考えたらこれが最初にイメージされて、それに頭が引っ張られてしまったまま作ったやつだ。
案の定リスナーたちにも「ダンジョンで戦うのにそれはどうなの?」と非難されているけれど、これを使う時点で相手は動けなくなっているので問題ない。トドメを刺すのがナイフなら良くてスタンガンだと駄目な理由などないのだ。
「いや、さすがに普通に戦うときの雷属性武器は別にあるよ?」
私が使う用だから、基本的にどれも見た目ナイフとかダガーで面白味ないけど。
リスナーたちを一安心させて、スタンガンを空魚にくっつける。そうしたらスイッチをポチッとな。
『ヒェッ』
『なんかすごい音がしたんですが……』
『もはや落雷なんよ』
『二窓してるけど、小町が何事かって騒いでるぞ。魚捕ってるって聞いてどゆこと……ってなってるけど』
『ははん、やっぱりヤベェやつやんけェ……』
『ダンジョン仕様なんやろなあ』
「そらあ、まあね」
第一階層と、その裏の間にある空域に棲まうモノたちだ。ツラ構えが違う。そんじょそこらの刃物じゃ太刀打ちできませんよ。
そういう意味でも、スタンガンなんかの浸透系魔法で対処するのがベター。防御力が高くて頑丈な相手に刃物で切り掛かるっていうのは理屈で考えておかしいよ。魔法か、現実的に考えてもハンマーなんかの打撃系だろう。
ちなみにこのスタンガンは相手が動けない状態でないと使えないが、その代わりに威力だけはすごい。裏の階層に入っても一線で使っていける性能だ。だからスタンガンの見た目で作っちゃって「あちゃー」ってなったけど、作り直してないんだよな。まあ使えるからいいかなって。
なお使われている魔法陣は「
ただ、そういったすごそうな代物なのに私がそこまで胸を張れない理由は、崖の向こう側にいる麒麟ならタメなしで同じことがサクッとできるから。戦いで雷属性が必要になったらスタンガン出すより先に麒麟を呼んだ方が早いのである。
「スタンガンについてはどうでもいいんだ。それより、これを見てもらえる?」
私は息絶えて銀色が浮かび上がってきた空魚をドローンの画面に近づける。
「手順1、ツボを衝いて全身を麻痺させること。手順2、浸透系の魔法で一気に仕留めること。こうすることで、ダンジョンのモンスターは丸のまま手に入るよ」
……あれ? 反応がない。
「えーっと、まあ……付け加えるとしたら、持ち帰るのにアイテムボックスがないと、デカい相手だと厳しいかな。それと血抜きもしないとすぐ傷むし、内臓関連は特に注意。そういった注意事項は実際の猟師なんかと同じだね。そこら辺を聞くなり読むなりして気を付けてもらえればいいんだけど……おーい? これ配信できてるのかな?」
少ししてからコメントが流れ出したが、すごい勢いと量だったので面倒になって音声は切って焼き芋に集中することにした。空魚は「蔵」に仕舞ったし。
ねっとりした金色の蜜とうまみの暴力に震えていると、小町も崖をなんとか飛び越えてきたので、あと二往復くらいしたら焼き芋を食べてもいいよと伝えたら怒られた。
何故?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます