017 レアドロップ
ダンジョンというものは基本的に単一のものしかない。実はレパートリーに非常に乏しいのだ。せいぜいがドロップ品の偏りで「食材系」とか「植物系」とか「鉱物系」に分かれる程度。
だから第一階層が森……とりわけ、人の手の入っていない樹海がモチーフであるため、日本国内に限らず世界中どこのダンジョンに潜ろうと、第一階層が樹海という基本設定が変わることはない。
「じゃあ、どこでも完璧に一緒ってこと?」
「こまか〜く、違いはあるんだよね」
ご機嫌な小町が私の顔のすぐ隣、頬擦りできそうな距離で聞いてくる。
現在私たちは麒麟の背で密着中。こんなに密着しなくていいのに小町の方から「こわいこわい!」と言いながらくっついてくるのだ。全然怖くなさそう。
タテガミしか掴む場所がない状況かつ
だが、時折胸や股間に伸びてくる手は許せない。直径2ミリくらいの針を容赦なく突き刺した結果、私のお腹に手を回すことで諦めた様子。
私としてはこれでもかなり譲歩している方だと思うのだけれど、小町は納得できなかったようで、密着して顎を私の肩に乗っけているという構図。
この件に関してリスナーたちはまるで役に立たない。むしろ小町を煽るコメントしか流れていないくらいだ。
ところでしょっちゅう流れてくるし、小町といるとよく見るのだけれど、「てぇてぇ」ってなんだろう? まだ「尊い」というのはわかる……なぜそう言われているのかはわからないが。
けど、「てぇてぇ」ってなんだ? 私の人生で学んだことない言葉なんだけど。
義姉さんに以前聞いたら「月ちゃんは知らなくていいのよ」なんて言われたし。下品なスラングなのかな?
『敵の種類は違わねえ?』
途中、変態的コメントが流れる中で一雫の清流のようなコメントが。
冒険者や探索者も観ているということだろう。明らかに「知っている」コメントだった。
「勘の良い人がいたね、いま。正解だよ」
「それはあたしのことか⁉︎」
「なんでだよ。何も話してないだろ小町。役立たず」
「はぁうっ。……小町召されちゃう……!」
なぜ?
まあ小町は無視しよう。
ダンジョンに出てくる敵に図鑑があるとして、第一階層に現れる敵にナンバー1から100まで種類を割り振ると仮定する。
けれども実際のところ、ひとつのダンジョンの第一階層で出てくる敵はせいぜいが60種類くらいに収まるのだ。
「ドロップの偏りに合わせて、出てくる敵の種類も変わるということだね。食材系ダンジョンならゴーレムなんかの鉱物系の敵はまず出てこない」
「あ〜。じゃあ、自分の戦い方に合わせて潜るダンジョンを変えるってのはアリなんだ?」
「そこら辺は探索者側の好みになるけど、大アリでしょ。私が食材系に偏って潜るのにも、そういう理由はあるよ。攻撃スキルを覚えないから、鉱物系の敵なんかは倒すのに時間がかかるんだ」
もっとも、それを踏まえた上でオールマイティに戦えるようにするのがパーティだともいえるので、別にダンジョンを変える必要はない。そこら辺は個人の選択だ。
「でも、自分が戦いやすいダンジョンを選んだ人たちでパーティを作るってのも面白いよね。とあるダンジョン特化型パーティともいえる。企業お抱えの冒険者なんかはこういうタイプだね」
「ああ! 企業所属の冒険者ってそういう人たちなんだ⁉︎」
「そうそう。配信とかで観てれば人となりはわかるし、武器や戦い方なんかもわかるからね。あとは企業側で、自分の欲しい素材を落とすダンジョンに特化した配信者がスカウトされやすいってわけ」
まあそういう企業に所属するのはおすすめしないが。契約をしっかり確認しないと。
怪我して動けないときとかどうなるのか、装備の更新費用はどっちが出すのか、どれくらいの頻度でダンジョンダイブすることになるのか。
個人的にオススメするのは、さっき私の言ったダンジョン特化型パーティを作ること。情を絡めずにお金だけの付き合いにして、パーティで配信。
あとは打診してきた企業お抱えになるのではなく、対等の契約を結ぶ形にする。諸々の費用はパーティ持ちにはなるが、その分を上乗せしてやればいい。
これもそれなりの実力が必要にはなるが、ダンジョン特化型である以上はそれなりにハードルは低い。
「それでダンジョンに出てくるモンスターの種類が決まったら、細かく微妙に差異が出てくる。とある場所は沼地だったけど、別のダンジョンの同じ場所だと湖になっているとか、水晶や貴金属が掘れる洞窟がカビやキノコの繁茂した洞窟になってるとかね」
「うげ。やだなあ」
「私もやだ。嫌な記憶がある」
「そうなの? どんな?」
「カビの生えた洞窟にすごく美味しいブルーチーズを作るカビがいて、手あたり次第にチーズを置いてカビを生やさせたんだよ。その中から食用を探し出すのに難儀した……」
「……すごい努力だね。アホなの?」
「絶対小町には食わさねえからな」
「ああ! うそうそ! フェレちゃんはクレバーで賢くて世界一かわいいあたしの彼女です!」
「嘘情報を混ぜるな」
「いつか事実になるから!」
「ならぬ」
なぜ私がそこまで苦労したのかというと、マヨヒガでコウちゃんにその話をしたら、その特定のカビさえ持ってきてくれたら増やして量産体制を作れるというからだ。本人の目がキラーンと光っていたので間違いない。
努力が実った結果、私の家の裏手の地下に色々な菌類を育てる発酵窟が生まれることになった。
そして相も変わらずどこからかやってくる幻獣たち。死菌竜といわれるトカゲサイズの竜がいつからかそこに巣食っており、びっくりした。
マヨヒガにいる以上は無条件で私と契約を交わしていることになるのだが、一体誰が私の代わりに契約をしているのか。一応、専用の召喚器は作っているけれど、一度も使ったことはないなあ。
名前も繋いでないし、どっちからでも一方的に契約を打ち切れる非常にドライな関係だ。
だからかどうかは知らないが、死菌竜くんはドライフルーツを好むので樽で置いてあげている。減ってきたらまたおねだりにくるだろう。ドライトマトはお口に合うかわからないので入れていないけれど、また今度試してみようか。
食べ物の好みが広がるのは良いことだからな。
「む⁉︎ フェレちゃんがあたし以外の泥棒猫のことを考えている気配がする!」
「どんな気配だ」
「そういう気配! なんかね、優しーい感じがする」
「つまり小町のことを考えているときの私は優しくないと」
「あ⁉︎ 違う! そうじゃなくて……やわらかい感じ?」
私にはよくわからない話だなあ。自分で意識できるものでもないだろうし。
とりあえず麒麟のタテガミを撫でてやる。すると、ぐんとスピードが上がって後ろの小町が悲鳴を上げた。
麒麟は幻獣の中でも聖獣に分類されるため、ダンジョン内であっても、走れば木の方がぐにゃんと曲がって走りやすいよう道を空けてくれる。もともと時速100キロを超えたスピードで走っていたこともあり、目的地はもうすぐだ。
「……で、なにここ?」
「目的地だね」
そこにあるのは長大な亀裂。断崖絶壁と称してもいい光景だ。
「色々見えるでしょ?」
「まあ、うん」
崖の下を見れば途中で雲があるので、今いるこの場所が随分と高い場所だったのだとわかる。この下は裏の第一階層に繋がっていて、飛び降りたらショートカット代わりになる。
「対岸が見える?」
「うん」
「あっちに、第二階層へのショートカットがあるんだ」
「えっ⁉︎」
知らないだろうから、びっくりするよねー。
配信見てるリスナーも騒然としている。いや、探索者の人たちが、かな。
「第二階層の第一フロアーにもあるよ。同じように第三階層にも」
「えっえっえっ」
「見つけにくいし、行きにくい場所にあるけど……そういう探索者が有利になる要素も、ダンジョンにはきちんとあるよ」
「いや、でも……あっちってどうやって行くの?」
「飛び越えて」
「は?」
「っふ!」
予想通りの間抜け面に思わず笑みが零れる。
小町は首を傾げるが、せいぜい20メートル程度の亀裂だ。戦闘系ジョブの探索者がレベル20前後あれば余裕で飛び越えられる。
まあ、闘気や気力なんかをきちんと扱えていることが最低条件だが。
「はああああああ――ぁいたっ!?」
「うるさい。ここはダンジョンです」
一方で、骨伝導イヤホンを通じてリスナーたちの絶叫は私たちに届く。だいたい「無茶を言うな」だの「自殺しないで」とかだ。大多数は一般人のコメントだろうから仕方ないか。一部の探索者たちは「いける……のか?」「いや無理」など。
そして、ごく少数の冒険者。それも、その中の一部は私の開示したショートカット情報に狂喜乱舞していた。階層移動にかかる日数が減れば、それだけ食料を持ち込むのも楽になるし、あるいはそれだけ最深部での活動時間に費やすこともできるし。
「見せてみればいいかな」
「え……?」
「小町ならたぶん、助走も付ければいけるよ。ああ、命綱は渡しておこうか」
命綱の片方は麒麟に結びつけて、小町が落ちたら助けるよう告げておく。はいはい、めんどくさそうな顔しないの。あとでおやつあげるから……なに、倍欲しい? 交渉上手だね、いいよ。
そうしたやり取りを済ませ、崖岸へ。
「待って待ってフェレちゃん! マズイ! 危ないって!」
「この程度で危ないなんてちゃんちゃらおかしいよ」
超大型モンスターもいないわけじゃないのだ。基本的なダンジョンには出ないが。
今回のショートカットルートのように、常道から外れて外れてを繰り返していくと、そうした超特殊なモンスターの出てくるエリアに行ける。
さすがにこの情報は出さないが。まだ第四階層までならそもそも行けないし、死人が無駄に出るだけだし。
「闘気なら他のジョブに比べて、身体能力への補正がバカみたいに高いから、一気に強くなれるよ。きちんと使いこなせてないと、反動で自滅するけど」
「そ、それは聞いたけどぉ……!」
「崖を飛び越える程度なら、反動とかも気にしなくていいから。『使えるようになった』くらいの小町の習熟訓練にもちょうどいい」
なんならこの崖使って反復横跳びさせてみようか。無理か、今の小町には。さすがに助走がないと難しいだろう。
「じゃあここらへんから。せーのっ」
「どわぁっ!?」
立ち幅跳びの構えから、飛ぶ。
同格の相手と紙一重の死と対峙するような状況でなければ、気や魔力の操作など考える必要もない。身体に染み付いている。
ぐん、と風を押し退けて身体が宙を駆ける。
びょうびょうと唸る風。
私についてくる配信ドローンを通じてリスナーたちの悲鳴コメントが普段と違う感じ。その内容は僅か数秒の対空時間を終え、5メートル以上の余裕をもって対岸に着地――しようとして、やって来た敵に向けられたもの。
「オマエか」
出てきたのは鉱石を身に纏った大型のワニ。普通の伏せた体勢でも体高が2.5メートルを超え、鼻先から尻尾の先端までの距離を測ると平均で13メートルを超える巨体。
現代世界で最大とされているのがイリエワニ。ギネス記録による最大でも6メートルを超えたものだといえば、このダンジョンで遭遇するモンスターの巨大さがわかるだろう。具体的にいえば車二台半か三台分を連ねたくらいの長さだ。
さらにいうなら、時代と種を遡って一億年以上昔の白亜紀中期。「スーパーワニ」とも呼ばれたサルコスクスですらも体長は12メートルとされている。
そう、第二階層。
「ショートカットのご利用は計画的に。交戦密度は高くないけれど、今回みたいに次の階層で戦うモンスターがいることも珍しくないからね。まずは自力で安定して第一階層を突破して、安全に第二階層を回れるようになってからをオススメするよ」
言いながら、回転尻尾攻撃を後退して回避。崖ギリギリまで追い詰められた。コメントはうるさいので一時カット。一方的に私だけ情報をぶつけていく。
「このように、ダンジョンのモンスターは比較的賢い。それにも種類があって、小型かつ群れを形成するタイプは自然の動物の延長として賢い。コイツみたいな単体で強力なタイプは環境を上手く使ったりと戦い方が巧みだ。もちろん例外はあるけれど、基本的には今言った通りだと思ってくれていいよ」
追撃が来ない。私が泰然としているのを見て訝しがっている。
平均から見ると知能高めだな。始末しておかないと、成長して進化でもされたら厄介だ。
「コイツの名前はアメニオクス。第二階層でランダムに現れてはモンスターも探索者も関係なく捕食していく、いわゆる
爪楊枝だとさすがに無理。竹串だと心許ない。ここは鉄釘か。
「蔵」から市販の釘を一本取り出し、魔力で強化。リスナーにも見えるように眼前に構え、瞬時に「投擲」。アーツは要らない。この程度の鈍重な相手、外す方が私には難しい。
「ここ、この隙間。わかる? カメラを寄せようか」
コメントを再開させると、うるさいのでまた止めた。ワニくん相手に騒ぎすぎだよ。
私が投げ刺した釘のおかげで麻痺状態に陥ったアメニオクスに無防備に近付いていく。ドローンを顔面へ移動させ、左主眼の右斜め上にお尻を見せている釘を映す。
「アメニオクスの脳は左右対称じゃなくて、左に偏ってるんだ。で、この左主眼の右斜め上のこの角度を覚えておいて欲しい。個体の大きさによって場所は多少ズレるけど、角度は変わらないから。このあたりを釘でもなんでもいいから尖ったモノで突き刺すと、今みたいに動けなくなるんだ。あとは煮るなり焼くなり、好きなように始末するだけだよ」
ちなみに主眼と言っているが、アメニオクスは通常の眼球と思われる主眼の他に、左右それぞれ二つずつ眼球を備えている。とはいえ、こっちは眼球というより監視カメラ的な使い方をしていて、焦点を合わせる筋肉しかない。死角を潰す役割に特化した眼球だ。そうでもなければ、いくら禍乱種といっても、第二階層にしては強過ぎるからな。
「ああ、そうだ。当たり前だけど、第二階層は楽に突破できるくらいの実力がないと絶対戦っちゃ駄目だよ。禍乱種はその階層攻略中くらいの実力だと勝てないから。見付けたというか、怪しいと思った段階でなりふり構わず全力撤退を強く推奨する。禍乱種相手だと救命探索者もたぶん助けに出ないから、死にたい人以外は確信を持てるまで手を出さない方がいい」
これは救命探索者の能力が戦闘ではなくて捜索や救命行為に特化しているためだ。私たち特級は別として……いや、私たちもジョブ的な意味での本業は戦闘じゃないしな。
救命探索者のランクは一級に近付くほど、戦闘能力も併せ持つ。このアメニオクス相手ともなると、普通に一級じゃないと駄目だね。なんせ死にそうな連中を庇いながら戦う必要があるんだし。
「変にアメニオクスについて語るのはやめようか。冒険者に無理を言う企業なんか出そうだ。もし出たらごめんだけど、恨むなら会社を恨んで。……さっきのはどちらかというと、モンスターによってはそういう弱点があるよって言いたかっただけだし」
言いながら、複雑な模様を描いた刀身のナイフを取り出す。どう考えてもゲームとかマンガでしかありえない刃物で、一から十まで完全にスキルで作りました逸品です。
雪の結晶とか蝶の羽の模様みたいな刃物といえばイメージしやすいだろうか。私もどうやったら手作業でこんなモノが作れるのかわからない。けど蒸留器なんかも職人が作ったやつとかもう意味不明なのあるしな。現実でもできるのかもしれない。私にする気はないが。
そんなことを考えながら、アメニオクスの額に逆手に持ったナイフをサクリと突き刺す。ナイフに用いられている素材のランクがアメニオクスと大きく違うため、抵抗なんて一切ない。一撃で頭蓋を貫き、脳を割り、絶命させる。
ナイフを引き抜けばアメニオクスの巨体は薄れていき、やがて小さく輝いて靄を残して消えて行った。
ドロップ素材は鱗――鱗ォ!?
ナンデ、ドウシテ!? ここは食材ダンジョンなのに!?
久しぶりにワニ肉でも食うかーとか思ってたのに!? こんなレアドロップいらんわ!
アメニオクスさーん! あと1ダースくらい追加で来ませんかー!? みんな仲良く一緒に逝った方がいいと思うんですけどー!
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