016 底なしの欲望

「何をやってるの何を」

「模擬戦が手っ取り早いだろ。おまえもそれで覚えた口だろうが」

「いや? 私はふと気付いたときには使えたタイプ」

「この野郎……」


 作った料理に埃を入れられたくなかったので即座にその場のものを「蔵」へ収納し、何してんだこいつらはと取っ捕まえて現在。

 我ながら無駄のないスムーズな動きだったと自負している。マヨヒガの庭で私にイタズラして逃げ回るあんぽんたんを捕まえるのが訓練になっていたのかも。ほんの一瞬で遥か彼方まで逃げてしまうからな。


「ふぇ、フェレちゃんなにこれーっ⁉」

「うわ小町なっさけな」

「ざけんなーっ!」


 後ろ手で身体を支えるように大股開きでいる姿はえっちといえなくもないが、如何いかんせんダンジョン仕様なのでそういう感じはない。普通に全身重装備です。たわわな巨乳もブレストプレートの下に隠れているのでまったくいやらしさを感じない。

 小町の場合は戦い方がバーサーカーなので、基本的に回避も防御もしない。必然的に足を止めての殴り合いになる都合上、防具にしっかりお金を掛けている。


「あ、あの……フェイスレスさん……」

「ああ、ごめんね。きみたちも捕まえちゃってたのか」


 アイテムで縛ったからな。ギルド職員もまとめて捕らえてしまったらしい。

 さすがの彼らでも、音速を超えられると避けられんか。


「フェレちゃん! あたしと対応が違う! 愛情が足りないと思います!」

「そのようなものはない」


 言いながら、腕を上げて手首に嵌めてあるバングルから信号を発し、宙空へ放り投げた光り輝く白球を回収する。この瞬間がとても眩しくてつらいのだが、今の私は仮面をしているので問題ない。

 ……あ、配信でやっちゃったから、仮面のない解把月見のときにコレ使えなくなったのか。まあいいか。普段の私がコレを使わなければならないことなんてほぼないだろうし。


 気を付けないとなと思いながら、発光を止めた白球をバングルに収めた。このバングルには他にも同様な便利アイテムで、なおかつ直径1センチの大きさまでコンパクトにまとめられたやつがセットされている。射出機構もあるぞ。


 今回のがどういうものかというと、光らせて影を作り、その影で本人を拘束するという魔道具です。影なので腕力ではどう足掻こうとも引き千切ることなんてできやしない。無駄な努力ご苦労さま。


 そうして収納した後にダイヤルを合わせていると、拘束から解放された小町が肩を怒らせながらやってくる。


「フェレちゃん、なにそれ聞いてない! 秘密はなしって決めたでしょ!」

「妄想を突き付けてくるのはやめなさい」


 私なんか機密情報というか秘匿情報の塊だぞ。国や政府は当然のこと、ギルドや家族相手に黙っていることすらある。

 そもそも静稀兄さんにすら黙っていることがあるのだ。私の秘密のすべてを知る人物などありえない。


「必死に引き千切ろうとしてもできないしさあ。何、さっきの」

「さらっと私から情報引き出そうとするじゃん」

「自然体でグイグイくるよな、こいつ」

「え? あっ、ごめ、ごめん! そういうつもりじゃなくって……!」

「別にいいよ。そんな隠すことでもないし」

「ん? そうなのか?」


 ノーウェまでそう思ってたの?


「そもそも私は頂点にいるとはいえ、生産職だ。即応性と汎用性が高くて器用万能だから今の座にいるけど、特化してる戦闘職には勝てないよ」

「まあ、そうだな。それは俺もだ」

「えっ、えっ、えっ?」


 混乱している小町とリスナー陣。

 周りの小町同様のブートキャンプ探索者たちも目を丸くしている。


「小町とかリスナーにも言っておくけど、私やノーウェがみんなより強いのは、単にみんなより先にいるからってだけだよ。同じところまで来たら、みんなというか普通に戦闘ジョブの人の方が強いんじゃないかな」

「結構手前辺りからそんな感じになりそうだよな」

「そ、そうなの……?」

「そうなの。だから、もし小町が今の私がいる辺りの階層まで来るようになったら、私から依頼とか出そうかな」

「が、がんばるよ! ……先は長そうだけど」


 まあそれはそう。ただ小町の場合は闘気を使いこなせるようになれば加速しそうではある。つまりはもうすぐ加速する。

 さすがにそれなりに付き合いがあるとはいえ、才能がなければ今回のようなギルド公式のブートキャンプには誘わない。


「それでノーウェはわかると思うけど、私って先の先か後の後で戦うタイプじゃない?」

「そうだな」

「そうなの?」

「そうなの」


 たぶんアレだな。小町が聞き返してくるのって、ノーウェと私の会話で終わらないようにしてるな。無理やり聞いてきている感がある。

 私はどうでもいいし、ノーウェも気にしてないからいいが。


「生産系は事前にどれだけ準備できてるかが大事だよ。だって戦闘系のジョブスキル覚えないんだから。私の場合はユニークスキルも非戦闘系だから余計にね」


 私の言葉に同意する生産系の人が大量に出現した。だからこそアイテムボックスを切望しているのだろう。

 うん。じゃあ爆弾投下しとくか。


「生産系ジョブの人はさっさとジョブランクを上げてより上位にしておいた方がいいよ。程度の差はあるけど、アイテムボックスをジョブスキルで覚えるから」

「ん? カオナシ、生産系ジョブってアイテムボックス初期スキルじゃねえの?」

「知らんのかい。違うよ」

「えっ⁉︎ じゃあどうやってドロップ持って帰ってんだ?」

「バックパックに詰めてるんじゃない?」


 ノーウェが「マジで……?」という顔で小町を見やる。彼女はこくんと肯いた後で自分の背中を見せた。ダンジョン探索のブランド物のバックパックだ。

 小町の背負っているやつは私から見てもよくできていると思う。浅い階層に行くときなんかは私もカムフラージュでアレを背負っているし。


 私のジョブスキルによるオートメイキングで作られるアイテムになってくると、不思議方向というかファンタジー方面に舵を切ってしまうために、こうした細かい工夫を随所に凝らした逸品というものはハンドメイドでしか作れないのだ。

 そうなると参考資料が必要になる。別に物作りに関してすごく興味があるわけでもなし。参考資料を購入してバラしてお勉強だ。


 だからこそ私はガチの職人はすごいと思うし、尊敬する。勉強すればするほどに思い知るのだ、彼らの熱意と工夫の底知れなさを。

 同時に、とてもじゃないが私は自分のことを職人だの物作りが好きだのなんだのを口に出せない。本当の職人たちの作り上げた成果を知っているからこそ、言えない。


 いまだに決壊したダムから溢れ出る濁流の如く流れ続けるコメントを無視して小町に続けることに。


「私の場合は新しい階層なんかに行ったら、調査優先なんだ。逆転の一手なんてないからね」

「そんなことないと思うけど」

「ないない。最深部というか、私が行ってる最前線に余裕なんてないよ」


 ワンフロア進めるのに一年くらいかかるからね。広いし、敵が強いし、準備にも時間かかるしで、大変なんだ。ソロだし。


「小町がそう思うのは、それだけ私が事前準備しているからだね。さっきも言ったけど、生産職が戦うなら、アイテムボックスにそのための準備を徹底的にしてないとだから。どんな状況になっても対応できるようにするんだよ」

「どれくらい用意してるの?」

「え? ……ド田舎のなんでもかんでも自力でやっていく農家とか漁師ばりに、空いてる時間があれば何かやってるかな」


 手が空いてればゴリゴリしたりサクサクしたりチョキチョキしたり縫い縫いしたりしてるな。実はうちのチビどもが私に甘えてくるのはタイミングを見計らってくれている。無視して突撃してくるあんぽんたん二体もいるが。


「調査して、対策装備とかアイテムとか作って、ちょっとずつ進行度を上げていく感じだね。やってること自体は他の冒険者たちと変わらないよ。違いがあるとすれば、ソロだから誰も助けてくれないし。そういうこともあって、徹底的に準備はしておかないと」

「え……っと。……複雑だけど、そこの人とは組まないの?」

「誰がそこの人だ」

「ノーウェと私は合わないからねえ」

「だなあ。お互い邪魔だよな」


 お互いに機動力のあるタイプだしなあ。ましてやソロの動きが染み着いている。よほどの場合じゃないと協力などしない方が動きやすいんだよね。

 そして私の話を聞いてほっとする小町。


「私が先の先って言ったのは、調査して準備して、常に先手を取り続けて一方的に仕留めるからだね。後の後って言ったのは、相手に合わせて即座に対応できるアイテムをオートメイキングで作るからだよ」

「そんなことできるの⁉」

「できるよ。やりたくないだけで」

「そうなんだ?」

「頭の上に硫酸をコップの縁までタプタプにしたのを置かれて戦う感じ。やりたい?」

「絶対嫌だ!」


 オートメイキングは実はデメリットとして、失敗したら爆発が起こったりする。素材に内包されている魔力やらなんやらが原因だ。

 スキル任せな分だけまずそんな事態にはならないのだが、状況が悪いと意識を集中させ切れないため、暴発の可能性が生まれてしまうのである。


「だから入念に準備というか、色々作って仕込んでおくわけ」


 このバングルのように、と軽く見せる。

 小町が両手を差し出してくる?


「なに、その手は?」

「ちょうだい?」

「やらん。アホか」

「別に一緒のじゃなくていいから! フェレちゃんの手作りでお揃いのが欲しいの!」

「はあ? そんな――ん?」


 これは……使えるか? 小町は餌をぶら下げれば全力疾走してくれるしな。

 たぶん彼女の方でも、意図的に釣られてくれるのだろう。私のぶら下げている餌だから、という信頼もあるのだろうが。


「小町、私の作る装備が欲しい?」

「欲しいに決まってるでしょ! お揃いだとなおよろしい!」

「それは嫌」

「ああんいけずぅ!」


 身悶えしている小町が気持ち悪いけれど、ちょっと考える。


「小町だけ私方式でハードに鍛えてみるか……」

「待って今ボソッと怖いこと言わなかった⁉」

「あれ、小町は私との特訓デート嫌だった?」

「ちくしょう! 地獄でもどこでも付き合ったらぁ!」


 爆速で流れるコメントに、引き笑いを浮かべるノーウェ。


「えげつねぇ~」

「失礼な。この私の手ずからの装備だぞ? これくらいの苦労は背負ってもらわないと」

「まあ、わかるけどな」

「それに、やっぱり小町は使えるようになってるよね?」

「ああ。闘気を意識するのと、切っ掛けが必要ってだけだったな」


 小町はこれまでも十分に戦えていた。私が言って防具をしっかりしているものに変えたとはいえ、バーサーカーとしてノーガードの殴り合いを制してこれたのは不完全ながらも闘気を使えていたからだろう。


 闘気というエネルギーが自分にあることの自覚。

 そして、それを意識的に扱えるようにするための切っ掛け。

 小町に必要だったのはそれだ。


「大丈夫だとは思うんだけど……私が相手だと無意識に小町が遠慮しそうだったんだよね。ちょうどよかったよ、ノーウェ」

「へいへい」


 私でなくノーウェが相手なら、小町も全力を振るえただろう。

 実際にそのまま闘気に目覚めたようだし。


「じゃあ私は小町連れて行くから。あとの人たちの育成よろしく」

「は? ちょい待て。なんで俺が?」

「じゃないと打ち上げごはん食べさせないよ。それに豚骨ラーメンの話もなしだね」

「ふざけんなよおまえ! 素材返せよ!」

「あの素材たちから声が聞こえる。私に捌いて欲しそうにしている……」

「ざっけんなよ⁉」


 こうしてノーウェは快くブートキャンプの教官役を引き受けてくれたので、手付金代わりに天ぷらうどんと海苔代わりにとろろ昆布を巻いたおにぎり、コッペパンに牛肉の切り落としを焼肉のたれで炒めたのを挟んだ焼肉パン、アユやイワナの塩焼き、ところてんの冷やし中華、様々な魚のカルパッチョを上に乗っけたカナッペ、フルーツ盛り合わせなどをまとめて渡しておく。

 ノーウェもアイテムボックスは所持しているので、まとめて渡しても問題ない。彼のアイテムボックスも私と同じくユニークスキル由来のスキルだ。


「ああ、もう……くっそ。またいいように……」

「ハハハ、そういう星の下に生まれたのだと思っていたまえ」

「うぜえ」


 これまでもノーウェには色々と面倒事を押し付けてきたし、今回もそうさせてもらおう。

 それにしても、基本的に毎回食事で釣られるのは何故なのか。ノーウェなら私ほどではないにしてもお金もあるのだし、好きなところに食べに行けばいいのに。ノーウェに渡してるやつって別にダンジョン食材じゃないぞ。多少使ってはいるけれども。


 ギルド職員にも私の後釜にノーウェが収まってくれるから、小町を連れて消える旨を告げておく。私と違って普段会うことがないからか、ノーウェ相手と聞いて頬が引き攣っているけど頑張って欲しい。

 終了予定時刻は守るし、打ち上げのごはんという報酬はあるのでファイト。


「配信枠は先に言って増やしてるし、問題ないよね。うん、よし。……で、小町は何震えてんの?」

「緊張してんの! フェレちゃんが怖がらせるから!」

「ちゃんと闘気を使えてたら死にはしないよ。使ってないと死ぬかもしれないから、死ぬ気で使いこなせるようになってね?」

「ちょっとぉ!?」


 ハハハと笑いながら、召喚器を取り出す。


「待って、フェレちゃん。なんで……何をする気?」

「前に言ったと思うんだけど……言ってないかな? 第一階層でも色んな場所があるんだよね。普通じゃ行けないんだけど、場所を知っててゴリ押しなり手段なりを用意しておくなりすれば行けるようになる」

「それで、その手のは?」

「そこまでささっと行こうと思って。時間短縮」


 今回の召喚器は「橇の鈴スレイベル」という楽器がモデル。別名ジングルベル。木の棒に直径1センチくらいの鈴をたくさん取り付けてある打楽器だ。分類が何になるのかさっぱりわからなかったのだけれど、調べたら打楽器だったのだ。エドワード・エルガーの作曲した「威風堂々」第一番でも使われた楽器である。


 木の棒部分を逆手に持って地面に先を向け、手を叩いてシャンシャン鳴らす。叩く力は変えていないのだが、叩く毎に大気中の魔力を吸い込み、召喚器が励起されていく。青白い電流が蛇のようにスレイベルの周りに生じ始めた。


「だ、大丈夫なの、それ?」

「大丈夫大丈夫。私の魔力を使うなら一瞬なんだけど、大気中から集めてるから時間かかってこうなってるだけ」


 この召喚器で喚び出される子はちょっと気難しいからね。私だけの魔力でサクッと召喚とかしたら、言うことは聞くかもしれないけど絶対に後で文句を言われる。言われるというか、髪の毛むしゃむしゃされる。

 やがて、帯電も十全に至る。もはやスレイベル自体が放電しているかのように青白く発光していた。掲げ、手首を返して鳴らした。


「来て――『麒麟きりん』」


 稲妻が天へ向かった立ち昇ったかと思えば、瞬時に目の前に落雷が。

 眩い光を放ったかと思えば、そこには麒麟の姿があった。

 姿形は某ビールに描かれているそれと同じ。具体的にいうなら、身体は鹿で顔は龍、牛の尾と馬の蹄を持ち、一対の角は黄色。体高は3メートルくらいと、今回込めた魔力が少なかったので小さめだ。本気で呼び出すならもっと大きいし、角の白い索冥さくめいを喚ぶ。


 オゾン臭を僅かに辺りに残し、麒麟は周囲を見回して確認する。召喚する前に戦闘かそうでないかを報せる付与なんかができればいいのだが、まだ術式を知らないのでできないのだ。そもそもとして、そんな術式があるかどうかも定かではない。

 麒麟はノーウェを見て少し硬直した後、周囲が安全だと把握してから私に頭を寄せて甘えてくる。手で撫でてあげると、くるる、と喉の奥をご機嫌に鳴らした。


「小町ー。麒麟の背中に乗せてもらって移動するよ」

「……うん! よし! 飲んだ、飲み込んだ! わかった、行こう!」

「おお、成長を感じる」

「諦めただけだからね⁉」


 ダンジョン内で私がやることとなれば、小町には「ちょっと待って!?」と言いたいことだらけだろう。けれども、それでは話が一向に進まない。

 リスナーたちのコメントでも、一般視聴者たちの反応は小町に近いが、探索者あるいは冒険者あたりと思われる人たちは「いちいち止めずに話を聞け」みたいにイラっとしているっぽい。

 まあこれはこれで、小町の感覚が反映される「こまちちゃんねる」が一般視聴者向けだとよくわかるので、今回のギルド公式チャンネルでの放送も広告として役に立ったといえるだろう。


「――ハッ⁉ 後ろからフェレちゃんに抱き着いてクンクンスーハーし放題ってコトォ!?」

「……前に乗ってもらえる?」

「それはそれで! 後ろからフェレちゃんにあすなろ抱きしてもらえるってコトだ⁉」

「おまえ無敵かよ……」


 小町の欲望の底知れなさに私が怯えることになるのだった。

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