012 脅迫

 実はこの場には私と小町だけでなく、他の人物もいる。そこそこいる。

 ギャラリーというわけではなく、小町以外にもブートキャンプに参加する探索者たちだ。


 私が指導するのは小町だけで、他の人はギルド職員が担当する。

 ちなみに場所は第一階層の一階です。ダンジョンに入ってすぐのところからちょっと移動した広場みたいなところだよ。

 第一階層は森なので、少し離れただけで人目を切れるのが便利でいい。


 そういった人たちで、ギルド公式チャンネルの放送に顔出しした上に自分のレベルも公表していいと言ってくれた人にだけ経験値スカウターを使ってもらった。


 けれども、すまんな。私が小町を連れてきたように、ここに呼ばれた人員はみんなギルドで事前に選ばれたメンツだ。ギルドに備え付けのスカウターがあるので、どんぐりの背比べ状態である。

 それでも、自分の実力というか結果というか、数字で見られるというのは嬉しいのだろう。いい歳した大人たちがキャイキャイはしゃいでいる。


「……何食べてるの?」

「どんぐりクッキー」

「…………」


 なんだその目は。ちゃんと作れば美味しいんだぞ。私は他のナッツ類に負けないと思っている。手間はかかるが。

 ……面倒だから、誰かやってくんないかなあ。買うんだけどなあ。無理だよなあ。ダンジョン素材のどんぐりだもんなあ。たぶん、一般人が金槌でぶん殴ってもびくともしない。


 こちらはタケノコくんと違ってアク抜きが必要。それから乾燥させて、ロースト。

 ここも手間が必要で、ローストしてから冷まして、またローストしてという面倒を繰り返させられる。それから砕いてようやく食べられるようになるのだ。

 一個がダチョウの卵くらいあるどんぐりなので、丸のまま食べるのは無理。


 大変な面倒をする必要はあるが、味はすこぶる良い。マヨヒガにいる子たちもみんな大好きだ。だからって誰にでもあげていると何度も作る必要があって私が困るので、これをあげるのはおやつのときのみ。

 おやつは私の仕事のお手伝いをした子しかもらえないルールなのである。

 以前にソイとビャクが一生懸命に私の前でかわいい子ぶっていたがダメですと突っぱねた。


「繰り返すけど、これって累積してる戦闘経験値を、私の設定した数式に当て嵌めて、数字として可視化しただけだからね。ジョブもユニークスキルも頭の良さも戦術も何もかもまるっと無視してるから、無駄に信じないよう気をつけて。生産系の人とか、レベルが低く出るのが当たり前だし。戦闘系で低い人は、同じやつばかりじゃなくて他のやつも倒さないと上がりません。まあ参考程度でしかないから、気にしないならそれでいいけど」


 撮影ドローンが寄ってきたので注意喚起しておく。


「目安でレベル20ちょっとが第二階層に挑めるくらいだっけ?」

「そう。ついでに目安でいうと、専業探索者でコツコツ頑張ってる人で、一年かけて10レベル上がるくらいの感覚」

「あー、結構渋いんだ」


『小町すごくね?』

『最初専業じゃなかったし』

『実質2年やってないのに20レベル目前なのは頑張ってるな』

アネゴチャンネル『さすがアネゴが選んだライバー』

『いや、あのバーサーカー状態を矯正したフェイスレスがすごい』

『バーサーカーの経験値は?』

『同じやつらじゃ経験値累積しないらしいし駄目なんじゃね?』

『あー。本来ならもっとレベル上だったかもなのか』

『本来と言っていいのかはわからん』


 私が小町と知り合ったきっかけは、ギルドからの依頼で危険行動を取るライバー探索者の矯正だった。

 小町の場合は他人を巻き込むタイプではなく、テンションの上がるままにソロで延々と戦い続けるタイプ。コメントなどがどれだけ逃げろと喚き立ててもキャッキャしながら血みどろで戦いに行くのだ。戦斧を担いで。


 で、まあぶん殴って矯正した結果、私に懐いた。本人は自分のことをガチレズと言っているから惚れられたと言った方が正確かも。

 私には兄さんというもはや許嫁と言っても過言ではない相手がいるのでお断りしているのだが、本人はそれでもいいからということで今みたいな関係になっている。

 小町が力ずくで私を云々なんてことは不可能なので、そこは気にしてない。周りに当たり散らす病んだタイプでもないし。


 最大の決め手はガチレズ宣言されても「ふーん。まあ私には関係ないけど」とあっさり対処されたことらしい。酒の席はいしんで語ってた。

 なんかそれで「好きかも?」から「愛してぅ!」になったみたい。ドMかな?


「ああ、このレベルの目安って、ソロ前提だからね?」

「はあああっ⁉」

「うっわ、うるさっ! 何、いきなり?」

「え、これソロなの⁉ じゃあ、あたし誰かとパーティ組んでたら二階層行けるの⁉」

「相手次第だけど、行けるんじゃない? 相手がもう第二階層行ってたとしたら、確実に」

「ぉほおおおおおっ⁉」


『こまちこわれちゃった……』

『素晴らしいオホ声』

『明らかにフェレスとつるむようになってから女捨ててるよな小町』

『酒とフェレス、どっちを取るんだろう?』

『フェイスレスも飲むし、両立するのでは?』

『驚いてるだけのはずなのに顔がヤベエのよ』

『いや待てフェレスがどんぐりクッキーぶち込んどるww』

『あれ絶対ダンジョン食材だよな?』

『あー! いけません! 小町にフェレスがあーんとかいけません!』

『あ……トんだぞ!』

『顔が……』

『なんちゅう顔を……』

『ご両親見てるー?』

『ギルド公式チャンネルくん息してる?』

『草』


 はい、うるさい小町は排除した。

 もういいぞと目線でギルド職員に合図を送る。あちらもサムズアップで応えたので、いつでもいいようだ。

 要するに私待ちだったんですね、すいません。さっさとやつは黙らせとくべきでした。今度からはノーモーションボディブローとかで黙らせます。小町に優しさを見せて穏便にやるんじゃなかったよ。


「さてさて。ところでみんなは今現在、世間一般で騒がれていることをご存知かな?」


『お?』

『あー、アレか……』

『うるさいよなあ。わかるけど』

『テロはたしかに怖いよな。でもそれをフェレスに当たるのも違う気がする』

『言ってることはもっともなのよ』

『けど、探索者たちの生存率の引き上げも重要ではある』


 前回のこまちちゃんねるでの私の衝撃発言から今回までの二週間、世間は実は荒れていた。

 私はダンジョンとマヨヒガの往復をしつつ、馴染みの店に食材を卸していただけなので、実はそんなにダメージを受けていない。

 移動中、街頭演説とかうるさかったのと、抗議活動をする団体が邪魔だったことくらい。


 けれども、彼らやテレビニュース、新聞、ネットの記事、知識系配信者といった諸家の抗議内容はごもっともといえる部分が多々あった。

 だからブートキャンプの内容を電波に乗せる前に、ここらでひとつアンサーをしておこうというわけだ。


 私は手元にベルを「蔵」から取り出した。


 アンティーク調の呼び鈴のキャスティング――外枠のこと――の表面は真鍮に見えるが、当然ダンジョン素材。

 ハートの形をした赤い魔石を取り囲むように小さな白、黒、青、黄色の魔石の欠片が球状に研磨されて四方を彩っている。一番重要な魔法陣と術式はベルの内側に彫ってあるので見えない。

 キャスティングの内側にある振り子――クラッパー――にも魔石がある。ここには地球上で本物を見たことのある人間が百人以下であろう超貴重な星属性の魔石だ。


 今回は大盤振る舞いだぞ。

 私の本気を見せてやる。そのうえで戦いを挑むというのなら――死を超えた凌辱を前提としてやって来い。ただ死ぬだけで済むと思うなよ?


「私……国選及びギルド認定特級救命探索者、フェイスレスがギルドで行っているブートキャンプの内容を一部とはいえ配信して、その情報が漏れることによる世間への影響が現在、取り沙汰されている。随分とまあ、言いたいこと言ってくれるものだよ」


 リーン。

 ベル――「伝心の鈴」――を鳴らす。それも遠慮もないガチ仕様のやつだ。

 まずは小手調べに一度。


 骨伝導イヤホンから伝わるリスナーのコメントによる反応から、変化が起こっていることを感じ取る。このために必要だったんだよね。

 私の術式と魔法陣による反応だ。ならば、世界の誰より信用できる。


「この私が、ギルドが、何も対策を講じてないと思っているのか? 舐めているのか? ……まあいいけどね、私個人からすれば。正直な話、国やギルドから頼まれて救命探索者やってるだけだ。他の特級二人も同じだろう。日本に拘る理由なんてないんだよ。引く手数多だし、言語の壁なんて私がアイテムを作ればちょちょいのちょいだ。――わかるでしょう? 今、この配信を聞いている他国の諸君らにおいては、特に……」


 リ――ン。

 ベルを鳴らす。二度目。

 今度はやや強めで、長く響かせる。


 同時に、コメントに異様な勢いで爆増する英語や中国語、フランス語にスペイン語、韓国語にドイツ語など出るわ出るわ。

 なんならエスペラント語まで出たわ。ある意味では今の話題にピッタリの言語かもしれない。


「今、私が持っているこのベルだけどね、『伝心の鈴バベル』っていうんだ。少なくとも、こいつは言語の壁を超えるね。今、コメントで日本語以外の言語が一気に加速しているのがその証拠。諸外国人に伝えておくけれど、私が現在話しているのは日本語だよ?」


 バベルの効果は私が発信側で、受信側への一方通行だ。

 破格の効果ではあるが、直前でバベルの鈴の音を聞かせておかねばならないし、効果時間もそう長くない。幻想級の逸品とはいえ、さすがにスキル頼りのハンドメイドでは格落ちと言われても否めない。


 こういうこともあろうかと、イヤーカフで「言祝ことほぎの寿珠じゅじゅ」を装備している。相手の言葉を自動で私の理解できる言語に認識させてくれる魔道具だ。

 おかげで様々な外国語で話されているが、私には日本語同然に理解できる。元の言語を日本語に変換しているわけではないのがミソだ。バベル及び骨伝導イヤホンとのシナジーもあって、どこの言語のヤツが敵対的かよくわかる。


 魔道具ということもあって、その効果を発動するには私の魔力を消費する。

 コメントが早い分だけちょっとドキドキするな。たぶん自然回復で相殺できると思うが、数の力は暴力で、暴力は正義みたいなところあるからな。


「そして、理解させよう。いやでも理解するはずだ。この私の、本気を」


 溜めて、告げる。

 獲物に牙を突き立てる獣のように。

 私の口角は上がっていただろう。


「ナナキ、ノーウェ、やれ」


ノーネーム『了解だよ、我らが姫!』

NWM『今回は従うが、命令すんな』

『は⁉』

『誰⁉』

『特級⁉』


 コメントが騒然とするが、私はバベルを鳴らした。

 都合、三度目。

 リ――――ン、と澄んだ音。

 壁も、ダンジョンも超えて、世界へ解き放たれる真言。


 やがて、通知音。

 スマホを取り出し、驚愕に顔を歪めるブートキャンプ参加者のうち、二人。


「取り押さえて」

「はいっ!」

「おとなしくしろっ!」

「うわっ⁉」

「なにすんだよ! やめろ!」


 ギルド職員二人が参加者を取り押さえる。まあ実力差があり過ぎる。赤子の手を捻るようなものだ。

 私は他の探索者たちがカメラに映らないように散らし、その現場に撮影用ドローンを持ってくる。


「さてさて? 君たちにはお仲間からの連絡があったようだね?」


 まあ、実際はナナキとノーウェがお仲間のスマホを奪い、撮って送ったのだろうが。

 私の言っている意味がわかるようにドローンを近付けさせた上で、二人のスマホを取り上げ、表示されていたままの画面を見せる。それは画像だ。炎の海に沈む施設。

 リスナーたちには意味がわからないだろうから、説明しておこう。


「君たちは地球原理主義異教の回帰派……及び、地球愛護団体過激派ララビィの構成員だね?」

「ち、違う……!」

「そんなわけあるか!」


 ああ、なんてわかりやすい反応をありがとう。

 これで画面越しのリスナーたちにも伝わっただろう。


「……と、まあ。何があったかというと、私と同じく特級のノーネームとNWMに回帰派とララビィの支部へ襲撃を仕掛けてもらったわけだ。で、そこの構成員が写真を彼らのスマホに送りつけてきた、と。ギルドでもチェックをしていて、この二人はそれらの組織から派遣されてきたスパイだと判断されていたわけだね」


 地球原理主義はダンジョンの恩恵を捨てて、それ以前の生活に戻ろうという考えの団体だ。別にそれは勝手にすればいいと思うのだが、そのうちの過激な連中が回帰派。地球原理主義の人たちも持て余していて、異教徒扱いするようになった。


 地球愛護団体過激派ララビィも似たようなもの。ダンジョンのモンスターたちにも人権というか、そういうのを求めているらしい。勝手に頭齧られて死ねとしか思わないのだが、何故か大多数はダンジョンに入ろうとせずに文句だけを口にする団体だ。


 両者ともに、ダンジョン関連で世界規模のテロリストと判断されている。

 特に回帰派はダンジョンを否定するくせに、ダイブして得た能力やアイテムを使ってテロを起こすという元も子もないことをしている。


 ダブルスタンダードとしか思えないし、世間的にもそのように批判されているのだが、彼らからするとまるでおかしいことではなく、問題ないらしい。

 何故かというと、それによって「ダンジョンはこれだけ恐ろしいものなんですよ」と知らしめて回っているから。

 いわばかなり攻撃的な広報活動なのだ。攻撃的というか攻撃しているが。


 バベルを鳴らす。三連続で。


「私がこれから行うのは、警告だ」


 言葉の重みが変わる。私本人がそのように威圧を込めて話しているのもあるが、それ以上に「伝心の鈴バベル」の効果だ。

 これまで重ねた三重の響きで有効距離や概念を拡げてある。さらに言語の壁を超え、感情がダイレクトに伝わるようになっている。

 そして今の三連続で、伝わる感情の深度をより深くした。


 アイツらに絶対に、届かせる――!


「回帰派代表イグニス、そして地球愛護団長ラヴィ――この私を、この無貌なる者フェイスレスと敵対するつもりなら、受けて立つぞ」


 二人のことは知っている。そして、ヤツらも私のことを知っている。

 イグニスとラヴィの二人も、私やナナキ、ノーウェと同じで祖先が神と出会った運命の一族。連中にどんな人生があって、何を思い、感じて、判断を下したのかはわからない。

 けれども、そんなことはどうでもいいのだ。

 彼らのやりたいこと、目指している世界が私の望むソレと道を違えている。


ノーネーム『私の名も挙げてくれて構わないよ!』

NWM『カオナシの相手するだけで面倒なんだよ。余計なことする気なら潰すぞイグニス、ラヴィ』


 おいちょっと待てノーウェ。私の面倒を見るってなんだ。おまえが私の面倒見たことなんてないだろうが。むしろ私に行方不明になったおまえの消息を掴む依頼が来るんだぞ。

 今のタイミングでツッコむと空気が壊れるから言わないが、覚えてろノーウェ。どこに逃げても姿を隠しても、居場所を特定して追尾する腐った生卵投げてやるからな。


「オマエらがトップを名乗るなら、末端まで制御しておけ。私たちが教えたいのはダンジョンと戦って生き残る方法だ。それをダンジョン外で、人間やただの動物相手に使うのは不愉快だ。この私が不愉快だということの意味……オマエらなら、わかるだろう?」


ラヴィ『了解です。フェイスレスを敵に回すのは分が悪い』

イグニス『我々の指示を従わない層は一定数出てくる。それらがどんな目に遭おうと、我々は気にしない』


「いや、本人がコメントに出てくるのは草なんだわ」


NWM『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンかよ』

ノーネーム『ご丁寧に日本語でありがたいね!』



 アイツら一応組織のトップなのに随分気が回るな⁉

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