010 至天なる星の織り手

 踊り狂うコメント欄。スマホで調べてみたらトレンドに私の名……フェイスレスが入っている。この勢い――乗るしかない、このビッグウェーブに!

 注目されていればいるだけ、意味が出るのだ! 鉄と馬鹿は熱いうちに打てっていうし?


「私……無貌なる者フェイスレスのジョブは『至天なる星の織り手スターマイスター』。あらゆる生産系ジョブの最上職を統合したものだよ」


 ハンドアクションで注目を集め、視線を誘導する。

 私が学んだわけではないが「ファントム」の動作をジョブの「スターマイスター」が自動的に解析し、伝えてくる。それを模倣するのだ。

 いわゆるミスディレクション。マジシャンの行う小手先のトリックだが、基本にして奥義でもある。


「まあ、私には勿体ないくらいに大層なジョブだけれどね。作りたいモノがあるとすれば、そのレシピも作り方も思い浮かぶ。材料さえあれば、スキル任せでオートメイキングだ。なんの苦労もないよ」


 その間に、準備。誰にしようかな。

 ヤンチャな子はよくない。ある程度おとなしめで、けれども威圧感と存在感を持ち合わしていることが条件。でもこの部屋というかカメラの画角に入るくらいの大きさであることも重要。


 うーん、難しい……と思ったところで小町と狸が視界に入った。

 なるほど、二体でもいいのか。


「おいで――」


 光を反射しない漆黒の指輪を取り出し、ブラックオニキスに酷似した魔石の嵌まった面を手のひら側にして装着。

 そのままの流れで、子供を褒めるように空を撫でる。

 そして、名をんだ。


「――『グリンガルド』」


 途端に溢れ出した光。

 私の手の下から、魔石によって拡散された召喚用の魔法陣が展開される。二重に重なった黒白金の紋様を縁取るような紫紺。

 幾何学模様のアラベスクは非常に美しいが、彫っていたときは地獄だった。スキルも使えず手作業だったんだよ!


 この光景、たぶん一時停止とかで死ぬほど見返されるんだろうなと思う。職人たちよ、頑張って解析してなんらかの役に立ててくれ。

 一番重要な部分は魔石の内側の指輪の方に彫られているからどれだけ頑張っても完全解析はできない仕様だけれど、パーツ単位で見ていけば有用なものはあるはずだ。


 魔法陣の中心から紫紺のオーラを漂わせるアンカーが鎖に繋がれて出てくる。

 そしてそのまま、床に突き刺さったかと思えばぬるりと飲み込まれ、さも水面の如く潜り沈んでいく。

 小町の「あたしの部屋ァ⁉︎」という絶叫は無視の方向で。コメント欄と似た内容だし。草も生え散らかしているが。


 アンカーが落ち切るのを感じるが……思ったより、遠い。さすがにマヨヒガやダンジョンと比較すると、地球上ではそれなりの幻想単位mystical unitがあるらしい。

 とはいえ、私の魔力からすれば十分に届く距離。余裕も余裕。

 鎖を足場に駆けてくる感触に笑みが溢れる。


「ねえ! フェレちゃんフェレちゃん! たぶん床はほんとは大丈夫なんだろうけど、それってなに⁉︎」

「召喚器」

「はあ⁉︎ 聞いたことこそっとあるけど……それだけだよ⁉︎」


 まあ第一階層じゃあなあ。世間的には上層と呼ばれるが、そこんところも後で突っ込もうか。いい加減に私の感覚の方に世界の認識をすり合わせてもらおう。


 ちなみに召喚器が宝箱なんかで出てくるのは第三階層から。つまり世間的には下層であり、スポンサーという資金的後ろ盾のある冒険者たちくらいでないと到達できない深度とされている。

 探索者たちの大部分は第一階層で、第二階層を探索できている時点で超熟練者なのだ。


 わかりやすく年収でたとえると、小町みたいな第一階層後半を主軸にしている探索者の年収は約500万円くらい。命の危機があって、武器や防具の破損、買い替えなんかもあるから、これが高いか安いかは黙秘する。

 ここまでがボリュームゾーン。


 これが第二階層前半になると、一気に1000万円くらいになる。後半だと3000万円くらいか?

 ダンジョン素材の需要と供給のバランスがおかしいからね。熟練者いなさすぎ問題である。


 一般の探索者が冒険者に敵わないのは多々理由はあるが、最大がそこにあるんじゃなかろうか。

 冒険者はスポンサーたちから給料が出るから、怪我はしたくないだろうけれども、まだリスクを冒すことができる。

 けれども探索者は自己責任でしかないので、それができない。期間中は無収入だ。


 まあ冒険者も契約次第なんだけども、普段の見入りが全然違うしね。


 年収の話だけれど、静稀兄さんは冒険者だ。それもイケイケゴーゴーで攻略推進派のスポンサーたちがついた冒険者チーム。

 基本的なダンジョンダイブの際のパーティは六人構成だが、怪我やバックアップなどもあって十人で一チーム。


 そんな兄さんの年収が1億5000万円だったかな。私と似たような契約を交わしていて、基本年俸とはまた別に回収してきた素材なんかでその金額だったはず。

 トップチームの冒険者たちはだいたいこの契約の形に落ち着いていると思う。



 そんなレベルの人たちから雑誌やテレビのインタビューなんかで漏れ伝え聞く話のひとつが「召喚器」。

 封じられた魔物を召喚して操る、いわゆる魔法のランプだ。

 ただし、出てきた魔物がなんでも言うことを聞く忠実な輩とは限らない。戦って屈服させる必要のあるものも多い。

 そして強さや能力もまちまちであることからガチャ呼ばわりもされているのだが。


「え⁉︎ フェレちゃんのことだから、従えてるんだろうけど……」

「うん。そこは安心していいよ」

「……他は安心できないと申すか」


 そういう意図はしてなかったけれど、その可能性もあるよね。ヤンチャ勢を召喚していたら特に。

 やがて鎖がチャリッと音を立てる。小町もリスナーたちの注目も集まったようで、コメントの流れるスピードも僅かにゆるくなった。

 鎖を伝って現れたのは両手で抱え込むくらいの黒い粘塊。ひゅーんと跳んで床に落ちたあと、水饅頭みたいにぷるんと震えた後、ぐにゅっと形が変わる。変化し、私が定めさせた形を取る。


「クロヒョウ⁉ でかくない⁉」

「モンスターだし」


 まあ私が従えているため、カテゴリは幻獣だが。魔物よりも上だ。

 グリンガルドは肉球のおかげか、はたまた本体のおかげか、音を立てることなく私のそばにやってきてエジプト座りする。太く長い三本の尻尾が身体に巻き付いているので、周囲を警戒している様子。まあ私が急に呼び寄せたのだから、そりゃあ警戒するか。

 ちなみにグリンガルドはその状態で成人男性が立っているくらいの体高がある。


「グリ、警戒しなくていいよ。君は凛々しさとかカッコよさ担当」


 なんだそうなのか、という顔をした後で頭を下げ、香箱座りに居直る。耳だけ私の膝の上にあるのは甘えているのだろうか。グリンガルドは精神的に大人だから、普段は他の子に私を譲っているものね。

 耳を撫でてやりながら、次の召喚器を取り出す。

 どうでもいいがグリンガルドの耳はテンキーレスのキーボードくらいの大きさがあるので、結構撫で甲斐がある。


「待ってフェレちゃん! 何それ⁉」

「何って、召喚器だよ。さっきも聞いたでしょ」

「いやいやいやいやいや‼ なんでそんなに持ってるの⁉ めちゃくちゃレアなんじゃないの召喚器って!」

「私のジョブ教えたでしょ、スターマイスター」

「いやいや⁉ は⁉ 召喚器まで作れるの⁉ どういうこと⁉」

「そういえばギルドでフェイスレスって名前つけるときの話し合いで、『万物を創りし者ヘパイストス』とかもあったんだよね。まあ当時は特級の詳細は隠匿事項だったから『それだと生産系なの丸わかりじゃねーか』ってことでお流れになったんだよね」

「待ってお願い整理できない! ……召喚器って、そもそも、作れるの?」

「作れるよ? あるし?」


 言って、手鏡を見せる。シンプルだが縁部分の斜め四方に魔石が嵌められていて、それらを繋げるようにミスリルで植物のツタを模してある。

 私の手にある手鏡を見て、グリンガルドが耳を動かした。誰を呼び出すのかわかったのだろう。仲が良いから、嬉しいのかな。


「まあ、知識やスキル、実際の技術や器用さが要求されるのはもちろんとして。材料なんかを集められるかとか、召喚する相手はどうするのかとか、考えることもやることも膨大で、時間効率悪いと思うけど。正直な話、ダンジョンで偶然手に入れたやつを使うのが一番いいんじゃないかな」


 私はソロで潜るから、手数とか囮とか戦闘の幅を増やす都合上で必要になっただけだ。そして自作できるから最適な器を用意することで、召喚器本体に用いられた素材より格上の相手でも使えるようになっている。


「それじゃ、喚ぶから」

「こ、これ以上大きいのはちょっと……」


 しゃがんでくれているけれど、グリンガルドが大きすぎたか。まあグリンガルドより小さいけど強い子もいる。ただそういう連中はヤンチャが過ぎるので、呼び出せない。ソイとかビャクとか、スズメのチュンとか。


 性格ももちろん関係しているだろうが、グリンガルドは知らない場所に呼び出されたら周囲の警戒をしたり、召喚者である私を守ろうとする。

 一方でそういう小柄な子たちは能力が非常に高いので、多少離れていても私を守ることができるし、知らない場所だろうが警戒する必要がない。どこであろうと我を貫き通すだけの実力があるからだ。


 結果として好き勝手に動き回るので、こういう状況だと適さない。

 たぶんマヨヒガに帰った後で今回の話を聞いて、拗ねてくるんだろうなあ。それを思うと面倒なような、かわいいような。複雑な気持ち。


「大丈夫。次に呼ぶ子は小さいよ」

「ほっ。それなら……いい加減、これどけてくれない?」

「おもしろいからダメ」

「おもしろくないが⁉」


 腕力的に自分でどうこうできるはずなのに、それをしない小町がおもしろいのだ。

 まあ狸が転がって壁にぶつかったりするのが嫌なのだろうけれど。


「おいで――『シュリィインガ』」


 手鏡の背面中央に一際大きな、アクアマリンに酷似した魔石。片手の指で弾くと、鏡面が水面の如く揺れる。浮かび上がる浅葱色の召喚魔法陣。

 鏡面の波紋の揺れが大きくなり、そこから青色の蛇が姿を現す。錦鯉のように斑模様に浅葱色が散っていて、美しい。


「っふ……くすぐったいなー、シュリィ」

「へ……へび……?」

「そう。翼ある蛇」


 シュリィインガは私の首にゆるく三重に巻き付いて、顔を擦り付けてくる。


「あのちっちゃいのが翼?」

「そう。羽って感じだけどね」


 頭の後ろ、魚でいえばエラに当たる部分から白い翼が生えている。パタパタさせているが、これで飛んでいるわけではない。正確にはパタパタさせて空属性の魔力を放出して、自由に宙空を泳いでいるのだ。


「シュリィは戦闘能力が高いって感じじゃなくて、補助特化型だね」


 指先で顎をチクチクしてやると喜ぶ。鱗があるからか、撫でるよりも強めの接触を好むのだ。ちょっとばかり、私の魔力も与えておく。おやつ代わりだ。


「シュリィの補助があれば水中でも溶岩地帯でも氷雪地帯でも平気だからね。溶岩の中を泳ぐのはとても新鮮な感じだよ」

「体験したくない! というか、ちょっと待って! ダンジョンって先に進んだらそんなの出てくるの⁉」

「出てくるよ。第一階層でも道を外れて無理矢理障害を突き進んでいったらあるよ」

「聞いたことない! ん? 第一階層ってなに?」


 思わずにっこり。

 小町は無自覚なのだろうけれど、私が餌を垂らしておくとしっかり食い付いてくれて助かる。


「そう。ダンジョンのことを上層、中層、下層、深層っていう風に呼び分けているけどさ。その先はなんて言うの?」

「え?」

「あるよ、その先も、さらにその先も」


 ぽかんとした顔の小町。コメント欄も一瞬止まったかと思うと、爆速の流れを再開させた。


「私というかギルド上層部の認識だと、上層のことは第一階層って扱いだね。環境が変わるから、区分けは正解。中層は第二階層で下層が第三階層。冒険者たちトップチームが攻略中の深層が第四階層ってことになる」


 各階層は現状五つのフロアで区分けられている。基本的には下に潜っていく形だが、さらに進んでいくと奥にひたすら進む形だったり、上に上る形になったりする。


「そもそも第四階層を深層って言っているけどさ、第五階層に到達したらなんて呼ぶの? 超深層とか深淵とか奈落とか? 第六階層もあるしさ、似た名前にも限度があるじゃない。そこまでレパートリーもないだろうし、覚えるの大変でしょ」


 似た単語過ぎる。某将軍家とか世界史の貴族家とかかよ。

 シュリィインガはグリンガルドのところに行って遊んでいるので、それを見て微笑みながらグラスを口にする。普段生活しているところが違い過ぎるので、この二人が会うのはたいてい私が呼び出したときくらいだ。


「し、衝撃的な話が多すぎる……。え? フェレちゃんが強いのは知ってたけど、そ、そんなに……? 冒険者の人たちより強い、の……?」

「むしろ小町は私をなんだと思ってたの? 世界トップクラスなのは間違いないし、日本だと確実にトップスリーって言ってるでしょうが」

「いやいや! それはわかってたけど、頭に入ってこなかったというか……またなんか別というか。ダンジョンの深くに潜れる能力でいうと、冒険者のが上かなーとか」

「ま、いわんとすることはわかるけどね」


 ほうほう、コメントも似たような感じだ。「今更だろ」というのも散見されるが。

 情報量の暴力ともいわれている。まあそれが目的ではある。こういうのは小出しにしても意味がない。一発に全部まとめて破壊力を高めなくては。

 ドカーンとね。大きな花火を打ち上げるのですよ。派手に行こう派手に。


「それくらい差がないと、仮にトップチームの冒険者たちで犯罪者が出たらどうするの? 取り押さえるのに被害がすごいことになるでしょ」

「そ、それはそうかもだけど……」

「私だけじゃないよ。ギルドにだって現状のトップチーム冒険者より強い人はたくさんいる。どうしようもないときだけ、私たち特級に臨時の依頼が来るんだ」


 対人とか、そもそも戦闘は生産職であるフェイスレスの本来の役目ではない。そして人を殺しても労力に対して旨味がないので、私はまったく好みではない。よって、そういう犯罪者の処罰にフェイスレスを使おうとするなら、すんごい対価を要求する。

 なのでギルドは私たち特級には頼まなくていいよう、自前で戦力を確保しているのだ。


「ええ……? ギルドってそんなに強い人いっぱいいるの?」

「いるよ。私の道具で人格判断して、良さそうな人にブートキャンプして育成してる」

「ブートキャンプとかあるんだ。……人格判断?」

「本音というと違うけど、気持ちがわかるというか、まあそういうやつ」


 その名も「伝心の鈴バベル」だ。これ単体だとそこまでなのだが、私が吟味した素材を使って強力な付与があるのでとんでも性能になっている。

 材料費だけでいうと、グリンガルドやシュリィインガの召喚器より高額だ。


「さて……ギルドは探索者たち全員の実力の底上げをすることに決めました。これで生存率が上がるか、より危険な領域に足を運んで死人が増えるのかはわからないけれどね。要するに、ギルドのブートキャンプの内容を一部公開します」

「え、は、ぉ、ぉおおおおおおっ! すごい! フェレちゃんとかもやってるの⁉」

「やってるっていうかマスターしてるっていうか」

「しゅげえ! さすがはあたしのお嫁さん!」

「誰がだ」


 その内容というのが「基本のキ」だ。

 みんな自分の力を舐め過ぎである。


「それは後日、それこそギルド公式チャンネルで配信しますので。アーカイブとしても残すみたいだから、リアルタイムで観られなくても安心してね」

「フェレちゃんが出てるなら舐めるようにリアルタイムで観るけど?」

「やめて――あ、小町も出る?」

「は?」

「私以外の人も教えたりするんだけど、まあ今現在こういうことを言ってるのが私なわけじゃない? だから最低でもフェイスレスが誰かに教えてる様子も公開しなくちゃでさ。小町なら楽そうだし」

「やりゅ! 教えてもりゅ!」

「じゃあ、そういうことで。ギルドの方々よろしく」


 小町なら力量も性格も把握している。

 たぶん、すぐに使い方は理解できる。


「まあ教える内容は私たちからすれば一般的っていうか当たり前なんだけどね。冒険者たちで自覚してるかしてないかはわからないけど、突出した実力者たちっていうのは使えているんだと思うんだ」

「あたしにもあるの? そんなスペシャルな力が」

「あるよ。みんなにある。あっという間にすごく強くなると思う」

「うええ⁉ 普通、訓練を受けて数か月後とかじゃないの⁉」

「すぐだよ。使えてなかった力を指摘して使えるようにするってだけなんだから。詳しいことは本番で言うけど」

「ふぉお! みんな! 小町覚醒します!」


 バタバタしてるけど狸があって動けていないから、背筋鍛えてる人みたいになってる。


 グリンガルド、そんな目を向けるものじゃありません。

 そしてシュリィインガ、それは珍妙な虫じゃない。食べ物じゃないぞ。お腹を壊すおそれがあるので食べちゃダメです。


 傍目には小さい顔だけれど、顎を外せば小町くらいの成人女性はペロリできるって知ってるんだからな。





――――――

「伝心の鈴」のルビを「ハートリンクベル」→「バベル」に変更しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る