009 こまちちゃんねる その4

 状況がすべて整ったので、話し始める。

 ギルド公式チャンネルからもこまちちゃんねるの配信状況を今そのままミラー配信しているらしい。つまりはギルド公認の内容ということだ。

 こまちちゃんねるのリスナーには事前に話しているが、自己紹介をまた繰り返させてもらおう。ギルド公式チャンネルから見ている人たちには「誰だおまえ」だろうし。

 いきなり配信始まって、仮面で目元隠してる女が出てきたらびっくりするよね。


「いいかな。こんばんは、皆さん。国選及びギルド認定特級救命探索者のフェイスレスです。ざっくりわかりやすく言うと、日本国の全探索者中のトップスリーの一角だね」


 隣に小町がいるので、ついでに紹介しておく。まあメインの配信してるこれってこまちちゃんねるなんだけどね。ギルド公式チャンネルで観ている人にはそんなことわかんないからさ。

 これでこまちちゃんねるの登録者数や今後の視聴者数が増えてくれたら、ちょっとは恩返しになるかもしれないし。


「そんなありがたいことを! これはもはや愛! ちゅーしよちゅー! 世界に公表しよう!」

「ないから。これでも喰らっとけ」

「もぐっ――うみゃぁぁぁぁぁぁっっ⁉︎」


 隙あらばぐいぐい攻めてくる小町を黙らせるため、カウンターでフランクフルトを食わせておいた。もちろんダンジョン食材で、私の自家製。

 ケチャップやマスタードなんて要らない要らない。肉汁の暴力がすべてを蹂躙する。やはり暴力、暴力こそがすべてを解決する……!


 結果は御覧の有様。ざっくりいうと、肉棒を咥えたまま童顔の美女が見るも無残な昇天顔でむぐむぐしている状態。

 ……うん、まあ、いいか。今更だ。アーカイブ観られたら変わらんし。


『さすがのアネゴ』

『ひゅー! これがドメスティックバイオレンス!』

『あれなに? ソーセージ?』

『顔ヤバwwwなんアレwwwwwww』

『フェイスレスのソーセージ(ぼろん)⁉』

『草』

『フェレスの肉棒⁉』

『あの表情だけでわかる。美味そう』

『まあダンジョン食材なら美味いだろう』

『なんなんあれ毒? ヤバくない?』

『あの女生きてんの? 生きてられるの? こんな生き恥さらして』

『あれでも人の子なんです……』

『泣いてる両親もいるんですよ……』

『さすがに初見勢も湧くよな』

『変な意味でなく、フェイスレスの作ったの食べてみたい』

『わかる』

『わかる』

『わかりみ』

『絶対美味い。本人が言うのは、料理上手い人の謙遜けんそんだと思う』

『あるある』


 いや、本当に大した料理スキルはないんだよ? ここでいうスキルは現実的技術の意味で。繊細さという意味でなら、器用がふざけた数値になっているステータスの私はめちゃくちゃ繊細かつ素早く色々できるけれど、段取りとかは別の話なので。

 まあ余談に過ぎるからここでは言わないが。こまちちゃんねるだけならいいけど、今はギルド公式チャンネルでも配信しているしね。


「はいはいそこまで。あー、ギルド側で観てる人はごめんね。そっちではコメントとか見れないし、そもそもコメント欄ないもんね。ある程度はコメント無視していきます。こまちちゃんねるのリスナーさんはそういうわけなので、ごめんなさいだけどしばらく無視します」


『りょ』

『了』

『り』

『わかったー』

『おけおけ』

アネゴチャンネル『了解です』

『ういー』


「あんたはいつまで寝てんの? 起きなよ。質問役が寝てちゃダメでしょうが」

「ふぎゃあっ⁉ えっ、えっ……ありがとうございます⁉」

「なにが?」


『さすがの小町』

『あtんてい過ぎる』

『おもしれー女』

『質問役なんだ。なぜ寝かせたw』


「んふっ」

「え、なんで笑ったの? コメント?」


 無視。


「小町は改めての自己紹介いいの? まあいいか」

「やるよ、やらいでか! こんこんこんこんこんこーまち! しゅて――」

「ということで、酒呑小町です」

「このやりゃぁああっ⁉」


 隣から襲ってきたので腕を取り、すかさず彼女の両腕を交差させるように持っていく。自分の片腕をフリーにさせてソファに膝立ちになりつつ、上から背中に乗って抑え込んだ。

 ここまでで一秒未満。


「はえ? なに? なんなの? なんであたし抑えられてんの?」

「とまあ、探索者の頂点というのは伊達じゃないわけだね。小町もライバー探索者としてはそこそこだよ。もうじき第二階層に行けそうだし」

「痛くないのがこわいんだけど、フェレちゃんがあたしの背中に座ってくれてるのが気持ちいい……」

「きしょい」


 私の代わりになる置物を用意してからどける。ちなみに信楽焼の狸で身代わり用のやつ。そういうわけで全長166センチ、重量55キロと現在の私と同じである。

 壊されたら粒子状になって相手を拘束しに行くぞ。ちなみにふぐりはない。


「今回の配信は突発的に始めたものだから、話の段取りがぐちゃぐちゃなのはご勘弁を。ただ、内容自体は近いうちにギルド公式チャンネルでやる予定だったやつだよ。日取りを先行したってことだね。理由は私の勝手です。それが許されるんだ、特級だからね」


 おお、さっきまでの会話を知らない人たちがこまちちゃんねるに来てまで罵倒を始めている。そして火消ししようとするこまちフォロワーたち。

 今回は火を点ける気だったから、あんまり気にしなくていいんだよ。


 傲慢ごうまん感を推し出していく。足を組み、口角も上げる。これでいいのかは知らん。

 ぶっちゃけこまちちゃんねるのアーカイブにある私とのコラボ動画を観られたら意味ないかもしれないが、まあそれはそれで。


 お酒を口に運ぶ。

 わざわざ「蔵」から取り出したもので、某クリスタルグラスの世界最大手のロックグラスに、マヨヒガで雪だるまくんに作ってもらった全球の丸氷。

 注ぐのはダンジョンで敵を倒したドロップ品の琥珀酒。植物系の敵を倒したときのランダムレアドロップ枠で、敵に応じてウイスキーだったりブランデーだったりする。「〇〇の琥珀酒」みたいな名前だ。


 基本的には蒸留酒で、バカほど美味い。

 もちろん、度数もバカほど高い。

 売り出したら値段もバカほど高い。


 政治家とかギルド上層部とかに適当に箱詰めして季節の贈り物にすると、大層喜んでもらえる。集中して狙えば二日ほどで連中の機嫌が取れるのだから、大した労力ではない。便利なアイテムである、というのが私の感想。

 普段はこんなもの飲まない。酒のパワーが強過ぎて、ツマミがありふれたものや低位のダンジョン素材じゃ敵わないのだ。お酒メインのときだけくらいなので、飲む頻度としては月一か二くらいかな。


 一口飲んで、グラスを指で弾いて音を鳴らす。


「コレ一杯で、バーで飲んだりして十五万円なら安いかな」


 呟くと、凄まじい勢いで流れていくコメント欄。

 隣で私を怪訝な目で見ている小町。信楽焼の狸の尻に敷かれているから笑える。


 ……笑うな、私。高圧的ムーブを貫け。

 おのれ小町、動けないのにこういう形で私をバックスタブするとは……!


「なんでこんなに高いかわかる? …………うん、コメント欄を見たけど、わかってるみたいだね。需要があっても、供給がないからだよ」


 グラスの縁を上から挟む感じで持ち上げ、左右に鳴らしてカチンカチン氷を鳴らす。タンブラーの価値を知っている人たちが悲鳴を上げていた。


「私がギルドから給料として受け取っている金額自体は、まあ大層なもんだよ。けど実際問題、私の収入のほとんどはダンジョンから持ち帰る素材の売却価格だね。それくらい、ダンジョン素材の値段は食材に限らず高騰してる」


 これは事実。

 ただし、あくまでも「フェイスレス」としてギルドに納品したものだ。ミソは「売却」ではなく「納品」である。


 そこそこの額ではあるが、日本というか正直世界でもトップクラスの探索者である解把月見をギルドで子飼いにするにはあまりに安すぎる。だが、個人に莫大な金額を給料として月々あるいは年棒だとしても、渡すにはそれなりの理由が要る。あと税金対策。

 ということで、給料とは別に依頼として受注し、その納品の対価として莫大な金額を受け取っているわけだ。これなら私が働かない限りはお金も動かないし、商品があればギルド側で儲けることもできる。ギルドは一応NPO法人だから、そこまで詳しくは言わないけど。


 なお解把月見としての収入は然程ではない。フェイスレスとしての収入があるから、金額とか意識してないし。面倒事はそれ専用の存在に任せます。

 まあマジックバックの収入とかあるから、二十歳で年収1000万オーバーは然程とかいうレベルではない気もするが……フェイスレス側の収入を考えると小銭みたいなものだ。

 なおフェイスレスの収入は使う当てがないので適当な博物館とか美術館なんかに寄付している。

 特級の情報は機密扱いなのだが、ジョブスキル頼りの生産職としては、ああいう施設には長生きしてもらいたいのである。


「何故、供給が少ないのか。アイテムボックスがないから? それはあるかもね。それとも、深い階層まで潜れるから? なるほど、単価が上がるね。……いやいやいや、そうじゃない」


 一呼吸置き、告げる。


「弱いんだ。どいつもこいつも」


 カメラ越しに見せつけるように、「蔵」から鉄のインゴットを取り出す。

 そして、それを片手の握力のみで握り潰していく。やがて二つに折れ、左右に分かれて床に落下。鈍い音を立てる。

 ……床に傷が入ったかもしれない。私が弁償するから、そこらは許せ小町。


「説明しておくと、今のはただの鉄のインゴット。普通の鉄で、魔鉄じゃないからやわらかい。……そう。一流の探索者からしたら、普通の鉄なんてやわらかいって感覚なんだ。それはダンジョンもそうだよ。そのレベルを要求される」


 爆速で流れるコメント欄。それでも私の動体視力や聴覚はきちんと正確に読み取れる。

 一般的感覚と、世界トップクラスの探索者の感覚。この両方は混じることなく両立し、自在かつ無自覚に切り替えられることができる。

 だから力加減を間違えてドアノブを握り潰すなんてことも起きない。

 なんかコメントで心配されたようなので、一応補足しておいた。どういうことなのかは私に聞くな。知らん。できるからできる、それだけだ。


「ダンジョン探索の基本のキも知らないんだ。だから弱いし、苦労してる。深いところまで攻略できている、いわゆる冒険者たちがなんで突出していて強いかわかるかい? 彼らは誰かから教わったのか、はたまた自分で勘づいているだけかは知らないけれど、その基本のキを押さえているからだよ」


 無視するとは言ったが、横目でコメントを眺める。一般人の疑問は拾っていった方がいい。後々に面倒が出ない。


「こまちちゃんねるでは話させてもらったけれどね。私とあと二人の特級救命探索者なのは、特級というのがとりわけ隔絶した力の持ち主だからだよ。国や世界規模の組織と単独で張り合えるレベルだからだ。特級っていうのは、そういうこと。国に忖度そんたくすることも譲歩することもなく、真正面から言い合える立場ってこと」


 もう一口、お酒。

 誤魔化せ、誤魔化せ。勢いでまくし立ててしまえ。

 別段、緊張とかはしないのだけれど、すらすら話せていないと特級の格が下がる気がするので。

 まあ私がどう頑張ろうと、残る二人が勝手に下げてくれるのだが。


 ああ、もう。なんでこんなときに備えたフォームの人格がないのだろう。

 一番良いのが「パイレーツ」な気もするが、「ライブラリアン」でもいいか。……いや、ライブラは淡々としているし、船長はうっかりポロリが怖い。

「ファントム」は……汎用性高いけど、演技過剰。フェイスレス中二疑惑が嫌だ。

 まあフェイスレスの言動フォームは多少怪盗要素込みなのだが。


 結局は、解把月見が気合と根性と猫かぶりで頑張るしかないってことだ……!


「特級には特級たる所以ゆえんがある。かといって、国や政府が特級を制御できないからお金を出して大人しくしてもらっているかというと、そうじゃない。きちんと対等な関係が作れるようになっているんだ。私の場合だけれど――」


 さあ――困惑し、驚愕せよ世界。

 この世の中は、みんなが思っているよりも、理不尽と衝撃に満ちているぞ――!


「この私、特級救命探索者のフェイスレスのジョブは生産系だ」

「うええええええっっ⁉ うそでしょっ⁉ はあああああっっ⁉」


 うるさいな⁉ リアクションとしては満点なのかもしれないが。


「フェレちゃん生産職なの⁉」

「そうだよ。生産系ジョブの頂点」

「頂点とかあるの⁉ それぞれ分野別なんじゃないの⁉」

「全部統合した良いとこ取りのやつがあるんだよね。それが私のジョブなんだけど、たぶん世界で一人だけしか存在しないジョブなんだよねえ」

「アリかよ⁉ バランスおかしいだろ!」


 現実ってそんなものだと思います、まる。

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