008 こまちちゃんねる その3
「こんな話がしたくて今日来たわけじゃないんだけど」
「ごめん。すいませんでした」
なんかコメント欄が荒れたというか、ショックを受けたというか。
いったん全部無視して晩酌に集中ということになった。
言い方を変えれば原点回帰となるのだろうか。
そこまでショックを受けることかなーというのが個人的な感想ではあるのだが。そりゃあダンジョン探索で得た能力でヤンチャしたら、同じように能力を得た上位者に取り締まられるよねという話だ。
自分の感覚が世間一般とズレている自覚はあるので、強くは言わないが。
「罰として、これを食べてもらおう」
「さっきから気付いてたけど……ソレ、ダンジョン食材でしょ?」
「いい勘してるね。探索者に向いてるよ」
「嬉しくない褒められ方ァ……! いや、でもフェレちゃんから褒められるのは嬉しい……!」
小町に差し出したのは例のトマトである。八百屋のおっちゃんの力作だ。まあ私が作ったものだけれど、レシピは一緒だから問題ない。
そしてついでにいうと、私の我が儘で量産が決まったモノでもある。これは美味い……! おっちゃんに材料を押し付けねば。あと庭の畑に植えよう。
「ううう……いつも言ってるよね⁉ ダンジョン食材はそれひとつだけで動画一本分の破壊力があるって! 晩酌配信ではひとつだけにしてって言ってるよね⁉」
「私は了承したつもりないし?」
「勘弁してよ! あとで見返して、自分でショック受けてるんだよ⁉ 両親から電話とか来るんだよ⁉」
「草」
『それはひどい』
『両親から電話くるのはつらい……』
『まああの顔はなあ……』
『いやレズ公言のがヤバくね……?』
『フェレスによる小町いぢめでしか得られない栄養がある』
『もう既に一回あの顔なってるし、これ以上はノーカンやろ』
『シッ』
『シッ』
『黙れ小僧!』
アネゴチャンネル『アネゴの手料理だと思えば……』
『あの顔を世界に公開する勇気はない』
『これこそ配信者って感じはする』
『両親が可哀想』
『変顔とか気にするのな、小町。探索者やってる時点で色々とそういうの捨ててると思ってた』
『探索者だし身体張るのは当然』
『ダンジョン食材食わせてもらえるだけですごくね?』
「両親が可哀想とか言うなあ‼︎」
「草」
「草生やすなあ! 元凶のくせに!」
今回は私の方で色々持っていくと事前に言い含めていたからだろうか、小町の用意した食べ物は少ない。サラダとか小鉢系とかだ。
けど、私は小町が用意するものが好きだったりする。自分では買わないようなものがあったりするし。それがきっかけで口にして、めちゃくちゃ気に入ったものとかあるし。
配信じゃないときだけど、一緒にごはんを食べに行ったときのチーズフリットは美味しかった……。ピザ店だったんだけど、小町が注文したのだ。私のセンスでは頼まなかっただろうからなあ。
一口大のチーズを薄い衣で包んで揚げたピンチョスで、ハーフカットされたプチトマトと輪切りオリーブを乗せて、串でまとめられていた。
揚げたてでチーズが舌の上で
今回も小町が用意してくれたカップデリが美味しい。私個人だとコンビニで買わないタイプのお惣菜だ。自分で作れるし、この量と値段が割に合わなく感じるからだろう。
ただこうして食べてみると「ああ、これは需要があるはずだなあ」と思えた。味が結構良いし、追加の一品としてのお惣菜として考えると、この量も妥当。確実に食べきれるしね。お手軽さも加味すると、この値段も肯ける。
ちなみに小町が今回用意してくれたカップデリで私の好みに一番合ったのは、タコとソラマメの低温オイル煮だった。魔目とソラマメ味が被ってしまっているのだが。
「トマト……」
お、小町が勇気を振り絞ったみたい。
よかろう。私は地獄に手を引っ張って誘導する係として、それを見届けよう。
「トマトなら……まだ、なんとか……なるか……?」
『何故その発想になるのか。それがわからない』
『トマトヤバすぎ』
『トマトはまずくない』
『トマト美味いやろ』
『そういう意味のトマトじゃない』
『じゃあどんなトマトならいいってんだよォラァン⁉』
『まずくないしうまいけど、マズイ』
『うまみの塊みたいなトマトのダンジョン食材とかもうこれ危険物やろ』
『おれトマト嫌いなんだよ』
『トマト美味しいよなあ』
『トマト嫌い勢もいるよな』
『ここまでトマトが狂喜乱舞してtるコメント欄とか見たことない』
『ここまでトゥメェィトゥって言うやつがいないのに驚き』
『こまっちゃんなら昇天顔でも愛……愛、せない……』
『放送禁止フェイス』
『両親泣かせフェイス』
「なんでよ⁉ 愛してよー! あとおとーさんもおかーさんも泣いてないから! 電話来ただけだから!」
「親を泣かせるのやめなよ」
「フェーレースー⁉」
「ごめんて」
悪いことを言った自覚はあるので、されるがままになってみる。
横から押されてソファに倒され、馬乗りにされてみた。
「…………トゥンク」
「いや、口で言うんかい」
「あたしの気持ちを言葉にしようと思って」
『押し倒したーっ⁉』
『キマシタワー!』
『そのままチューだ小町!』
『てぇてぇ』
『フェイスレスも乗り気だぞこまっちゃん!』
アネゴチャンネル『アネゴが嫌がってたらここまで持ち込めないぞ!』
『押し倒せたとか小町はバケモノか……』
『今回がこまちちゃんねる最終回だったのか……』
『結婚おめでとう』
「みんなありがとう! 小町は幸せになります! んー!」
「やらんわバカタレ」
「ああんっ」
『いろっぽ』
『エロ』
『てぇてぇ』
『センシティブ』
『やはり断るアネゴ』
『インターセプトするフェイスレス。略してなに?』
『小町誘い受けのドMは解釈一致』
『インフェイス』
『美人二人の絡みからしか得られない栄養素があるんです』
『ありがとうございます!』
『フェイスレスが何故か美人なことに対する信頼性すごいよな』
『そこをもうちょっとなんとかお願いしますフェレねえさん』
なんともならぬ。私の唇は兄さんのためにあるのだ。
なおファーストキスというか普通のキスに関しては、子供の頃に結構色んな人に奪われた覚えがある。兄さんと出会って以降は誰にもあげていないが。
小町を抑えて馬乗り状態から脱出する。基本となるステータスが違う。
馬乗り……すなわち、マウントポジションという圧倒的不利な状態からであっても、まるで問題なく腕力だけで小町を退けることが可能だ。
「まあ冗談はさておき……フェレちゃん、本当にどういう腕力? あたし、これでもライバー探索者としてはそれなりだと思ってるんだけど?」
「んー。ちょうどいいかなあ」
「え?」
本当はまたどこか別のタイミングで告知なりなんなりしようと思っていたけれど、今でもいいかもしれない。
「小町、今の同接ってどれくらい?」
「え? え? ち、ちょっと待って……?」
『おん?』
『なんか真面目な話?』
『もっとてぇてぇことしてて……』
『あ、あ、離れていく……』
「わ、多いな。一万人くらいだよ」
「一万人か。それなら、まあ、いいかな」
「何が……?」
困惑している小町をよそに、考えてみる。
現在の日本の探索者の人口は約三万人ほど。日本の人口を一億二〇〇〇万人として考えた場合、四〇〇〇人に一人は探索者か。ざっくりと考えて、リスナーの二人に一人は探索者といえる。
この配信を見ている大部分は日本人だろう。そして最近のこまちちゃんねるでのコラボというのは、たいていがフェイスレスとのものである。
自分で言うのもなんだが、フェイスレスは特級救命探索者であるため、少なくとも日本の探索者のうちトップスリーの一角だ。しかも晩酌配信ということでアルコールが入る。
何か有益情報をポロリするのではないかと注目する者は多い。割合的に、探索者の比率は結構ありそう。
とか考えてみたけど、よくよく考えたら私公認の非公式チャンネルの「アネゴチャンネル」さんがいたや。お願いすればいいか。
「アネゴチャンネルさん、観てるかな?」
『アネゴチャンネル?』
『アネゴチャンネル?』
『公式が呼ぶ非公式』
アネゴチャンネル『っは、はいいぃい⁉ 観てます!』
『名指しされた⁉』
『マジかよ⁉』
『何かあるんかな?』
『拡散?』
『非公式公認チャンネルが火を噴くんか!』
「それから他のリスナーさんたちにもお願いかな。ここから先の私の話を拡散してもらえる?」
「え、フェレちゃん……?」
「小町も、こまちちゃんねるを利用してるみたいで、ちょっとごめんね」
「それは、別にいいけど……」
同時に端末を出して義姉さんや兄に連絡を入れておく。「例の件、ちょっと予定を早めてこまちちゃんねるでやります」っと。
あの人たちのことだから、この配信も観ているだろう。
……うん。すぐに既読が付いた。ギルドのモニターで再生とかしてないだろうな。
他の探索者とか困惑しないか? ギルドに入って壁掛けモニター観たらよくわからん女二人が酒飲んでるとか……。
片方は表面上はたしかに可愛い系童顔美女だから視聴に耐えられるかもしれないが、片方は仮面してて鼻から上隠れてるんだぞ。
……別に悔しくはない。私は兄さんがかわいいとかきれいとか愛してるとか言ってくれたらそれで十分だ。
連絡が返ってきたりとか、ギルド側の用意が整うのを待つ。
待っている間に小町にトマトをあーんしてあげてひどい顔にしたりしたけど、私は悪くない。
時間を無駄にかけてるギルドが悪いと思います。
嫌がらせではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます