005 特級救命探索者 フェイスレス

 ギルドの受付嬢をしている義姉さんから呼び出され、面倒な依頼をされてイライラ。これまで迷惑をかけていたし、これからも迷惑をかけるつもりもあるので受け入れたが、面倒なものは面倒。


 そらまあ、実の兄が支部の副ギルド長やってるわけだし、手伝うよ? 私のライセンスだって、裏から手を回されて用意されたやつだしね?

 普通に探索者になろうと思ったら、訓練施設とかに入学しなきゃだし。その面倒をショートカットできたという恩恵はデカい。


 それはわかる。それはわかるよ?

 だからといって、アホみたいな面倒事――いや、取り繕うことなく露骨にいえば、地雷扱いのアホをどうにかしろってのはどうなのよ?


「何度言えば覚える? アホなの? アホなんだな? 自殺志願者ならそう言って? 助けないから」




 今回の依頼は危険行動を頻繁に取るライバー探索者の教育指導とプラスα。


 探索者は基本的に全員が特殊なドローンを用いて、探索中の動画を保存することを義務付けられている。これは内部で犯罪が起こった時に資料として使われるし、そもそもとして違法行為を起こさせないようにするための釘刺しでもある。


 ギルド公式で運営されているダンジョンチューブという動画サイト――通称は「ダンチュー」の模様――にて、探索者はそれぞれライセンス取得時に個人チャンネルを強制的に開設させられ、そこに動画は撮り溜められる。

 アカウントとライセンスは同期しており、複アカなんかは不可能。管理運営しているのはギルドだからね。


 動画を公開するかどうかは自由で、私は絶賛非公開。

 けれども、当然公開する人たちもいる。むしろ多い。別段、有料ではないし、むしろバズればお金が稼げるかもしれないからだ。

 そして、それをメインにした者たちをライバー探索者といつ頃からか言うようになった。

 普通に配信者とも言うけどね。ライバー探索者でも同チャンネルで普通にゲーム実況とかしている人もいるし。


 日本ではスポンサーのついた探索者を冒険者と呼んで差別化するが、ライバー活動をしているうちにスポンサーがついて冒険者入りという流れが多い。実力や性格が事前にわかるからだろう。

 そのため、探索者はアマチュアで、冒険者はプロという誤った見方も世の中にはある。まあ見方次第ではそれも正解なのかも? 基本的にはスポンサードのが有利ではあるし、儲かるからね。



◇◆◇◆



「うっざいな。寄ってくるなよ雑魚が」


 スキルを使って大量生産しておいた超格安の投げ捨てナイフを「スプレッドスロー」で分裂させ、やってくる雑魚敵どもを蹴散らしていく。耐久性なんて考えていない。ペラペラの紙耐久の使い捨て玩具でしかない。


 そんなモノでも、私が「投擲」スキルを使えばステータスの暴力で、きちんと武器になる。


 弱点を狙うのもアホらしい。数のゴリ押しだ。私は戦闘ジョブではないし、そもそも戦闘も好きではない。瞬時に呼吸するように弱点を一突きなんてできない。集中力がいるのだ。


「わぁわぁ! すご――ヒェッ⁉︎」

「喋るなよ、うるさい」


 そんな集中力を、こんなのを守るために使いたくはない。

 まして、このダンジョンは食材系ダンジョンではなく、素材系ダンジョンだ。出現モンスターの傾向も、ドロップ率の比重もそちらに偏っているため、私に旨味がまったくないのだ。そりゃあやる気が出ないってなものである。

 だって、この辺りで採れる薬草とか、普通に私の家の畑で採れるし。それも高品質だったり上位互換だったりするやつが。


 その他にも、私がこれ系の依頼を受けたくない理由はある。



『あっぶね! 今のフレンドリーファイアじゃねえの⁉︎』

『ほんとにこいつ救命探索者なん?』

『ヤバすぎ』

『むしろコイツが犯罪者やろ』

『通報しました』

『通報しとこ』

『もうやってる定期』

『窮命探索者なんだろw』



 臓腑に鉛でも入れられたかのように、重く暗く冷たいモノが溜まっていく。

 それに伴って、毒のように手足が冷たくなっていく錯覚。



 動画公開設定にはさらにいくつか種類がある。ひとつは動画を編集してから挙げる、まあ一般的なやつ。

 もうひとつが、現在の彼女の行っている、タイムラグなしのライブ配信。


 場合によってはスリリングだったりゴアだったりするが、ライブ配信に関して視聴者は成人指定なので自己責任だ。まあ女性ライバーの場合はエロハプニングもあるので、やはり男性視聴者が多い傾向。

 まあエロハプニングの時は、むしろそのままゴアハプニングになる場合が多いが。

 おっぱいポロリじゃなくて命がポロリである。



 動画を公開するということは、それを見る視聴者もいるということ。

 他の動画投稿サイトと同じく、ダンジョンチューブもコメント機能はあり、投げ銭とも呼ばれるスーパーチャット機能もある。

 コメントに応対するためにも、ライバーは専用の骨伝導イヤホンを装着する。必須ではなく推奨となっているが、実際のところは必須といっていいだろう。


 これがもう、嫌だ。なんだって命のやり取りをするときにわざわざ耳潰さにゃならんのだアホか。

 神経尖らせて耳を澄ませているときに、ひたすら絨毯爆撃の如く機械的なコメントを浴びせられ続けなければならないとかふざけてるだろう。


 いや、まだ、普通のライバーを助けるときなんかはマシだ。言動も基本的には普通だし。

 けれども厄介系の教育指導のときは、視聴者側も厄介系であることがほとんどだ。

 再生数のために危険行動を取るライバーを好んで見ようとするわけだから、そらそうよと言われればそうなのだが。

 じゃあ保険なんか掛けずにさっさとしくじって死ねよというのが、忌憚のない私の本音である。


「……うん。まあ、アウトだな」


 ダンジョン探索を開始してからの言動。

 再三に渡る忠告無視。

 これまでのギルドの評価。


 半ば自発的に敵を集めるトラップを踏み、危険に陥ったところで護衛役の探索者にバトンパス。

 緊急時に陥ってのことだから、護衛役もたいして余裕はない。ゆえに奥の手ないしは普段使いはしないレアなスキルを使う。

 スリルがあってヒヤヒヤするし、レアなスキルも見られて視聴者も大盛り上がり。


 愚かとしか言いようがない。


 ましてや、私は今回ギルドの依頼でついて来ているだけで、護衛ではないのだ。何か勘違いをしているようだけど、好都合だから黙っていた。


 ドローンに映らない場所で先程まで被っていたバケツヘルムを外し、仮面を装着する。

 同時に装備も換装。ここまで浅いなら最低限の普段着でいい。つまりは白いブラウスに黒い革のパンツと膝までのロングのスワローブーツ。

 ブーツは茶と灰の皮革が用いられたもので、実はこの装備の中で一番ランクが高い。第三階層くらいでも通用する装備である。



『あ』

『嘘。ヤバくね?』

『アネゴやったんか。あーあ、オタワ』

『なにが?』

『草』

『アネゴやんけ! 今度の配信いつですか?』

『非公式の公認アネゴチャンネルほんと意味不明で笑う』

『なになにどういうこと? あの殺人未遂犯が有名人なん?』

『通報したヤツ無意味だったな』

『忍者か何かかな? いや、NINJAよりNINJAかも試練』

『警察を無駄に働かせる無能』

『誰やねん』

『誰?』

『日本に三人しかいない特級救命探索者知らないとかマジィ?』

『フェイスレスって言えばわかるかな?』

『特級⁉︎』

『特級』

『なんだっけ……?』

『知らんやつほんとに現代人か?』



 私個人が有名かどうかでいえば、そこそこといったところ……? どうだろう?

 ただ、その存在自体は有名だ。テレビでも役職だけは何度も言われるくらいには。


「あ、え、嘘……えー」


 呆然としているアホに向かい、告げる。

 顔色は一瞬にして蒼を通り越して、白。


 つまり、今の私のことを知っているし、状況を理解している。

 ならば、遠慮は要らない。

 自分がヤバい橋を渡っていると理解しているのだから。


「改めて、自己紹介させてもらおう。私は国選及びギルド認定特級救命探索者のフェイスレスだ」


 もちろん偽名です。

 認識阻害持ちの仮面で顔とか声とかを誤魔化すつもりって伝えたら、兄に「ほなフェイスレスでええかー」って言われてあっさり決まった。私も特にこだわりはないので「ほなええかー」ってなったし。


 日本に三人しかいない特級救命探索者。

 その権限は、非常に強い。


「あなたの危険行動は目に余る。ギルドからの警告も、今回の私の警告もすべて無視していたな? 特級救命探索者として、あなたは探索者としての最低基準の能力すらも持ち合わせていないと判断せざるを得ない」

「ちがっ⁉︎ ちょ、待って……!」

「あなたのアカウントとライセンスを無期限凍結する」

「ちょ、ち、ちが、ち、ち……」


 破棄だともう一度取り直すかもしれないからね。いわゆる封印処理です。

 そういう人たちのライセンスをまとめた箱があるんだけど、なんで「エターナルフォースブリザード」と書いてあるのかは謎。普通に「凍結中」とかでいいのでは?



『あーあ、このオモチャ壊れちゃった』

『え? マジなの?』

『ガチだよ』

『黙っといた方がいい』

『特級に関しては勝手に名乗っただけで国家権力向かってくるで』

『怖すぎワロタ』

『レレミキチャンネルも終わりか』

『もう遅いけどやめとけ』

『さよならミキちゃん』

『特級だからってそんな権力あり?』

『次の巣探さなきゃだ』


「……舐めたこと言ってるなよリスナー」


『あーあ』

『アネゴしらんとかねーわ』

『知ってたら歯向かわんというか、不用意なこと言わないのにな』



 次から次へと流れる合成音声。

 一体、何を安穏としているのか。

 そこにも私の刃は届く。



「一部の行き過ぎコメントには開示請求をかける。自殺教唆か殺人未遂か……ああ、こういうときに言うんだっけか。震えて眠れ」


『は?』

『うせやん』

『せやろなあ』

『無理やろ』

『できるんだよなあ』

『なんで特級なのかわかってねーのか』

『国とギルド両方が認めた処刑人だぞ、特級って』

『いや、一般個人の意見で警察が動くわけねーだろ』

『嘘乙』

『前にもあったの知らんのか』

『アネゴがアネゴになった所以』

『そもそも国選なんだよなあ……』


「そういうこと。まあ、身に覚えのない人は気にしないでいい。ジャッジするのは私じゃないし」



 がんばって働いてくれ役人諸君。

 差し入れにキャノンビーのハチミツで作った飴ちゃんあげるから。

 健康成分というか薬効強過ぎて二、三日は寝れなくなりそうだけど。



◇◆◇◆



 意気消沈した元ライバー探索者とコメント欄。まるでお通夜の様相。

 私にはまるで関係ないので、彼女を引き連れてギルドへ帰還する。


「あ……お疲れ様です、フェレちゃん」

「縮めるのやめない?」

「呼びやすいし?」


 正確な年齢を私は身内なので知っているけれど、探索者界隈では年齢不詳疑惑の出ている義姉さんが両手を合わせて小首を傾げ「ごめーんね♪」とやってくる。

 私は慣れてるから「まったくもう」で済むけど、周りの男性探索者たちに流れ弾が飛んで心臓に突き刺さって倒れてる。

 でもその彼女ヒト、人妻なんですよ。惚れるの禁止で。


「こっちでも配信は追っていたからわかってるけど、駄目?」

「論外。最低でも一時凍結は確定かな。甘い顔はしない方がいいよ。本人が死ぬだけならどうでもいいけど、周りにまで被害が出る。私は無期限を推す。面倒だし」

「そう、わかったわ」


 ハッキリ言い切っておく。

 ついでに周りの真っ当な探索者たちも私のことを知っているのか、はたまた例の配信を見ていたのか、元ライバー探索者をすごい目で睨んでいた。


 まあ、当然だろう。

 この女が連れていた護衛というのは私のような特級を除いた一般の救命探索者たちだ。

 普段から救命保険代を払って緊急時に助けてもらおうとしている探索者たちからすれば、自分たちを助けてくれるかもしれない恩人が無用な危険に曝されるということ。

 こういった人間がいるというだけで、救命探索者になろうという探索者も減ってしまう。つまり回り回って自分たちにも被害が、悪影響が出る話なのだ。



 引き渡しの手続きを済ませて確認待ちをしている間に携帯端末を見ると、SNSアプリの「ウィスパー」に通知があるようだった。探索者必須のアプリである。


 ちなみにちょっと問題が発生した私のワガママが理由で生まれたギルドで主導開発されたアプリで、結果オーライで探索者必須という扱いになった。

 意図的に使いにくくなっているので、クソアプリ呼ばわりされているけど、許せ皆の衆。私は困らない。


「……ふふ」


 ウィスパーでは相互フォローしていないと互いに「ウィスプ=ささやき」ができない。

 通知が来たということは、私の方も一定の範囲は心を許しているということ。

 そんな相手は、そういない。

 ただ、友達が少ないというわけではな――いや、少ないや。別にいいけど。


「フェレちゃん、もういいわよ。……何かいいことでもあった?」

「ん、まあね」


 言って、画面を見せた。



酒吞小町『ヤなことあったら飲んで発散しよー! 突発コラボ配信だー! 待ってるからねー!』



 私の予定が埋まってるとは思っていないらしい。相変わらずの押しの強さだ。

 けれど、彼女くらいの押しの強さがなければ、私は友達になろうとはしなかっただろう。


「友達から、飲みのお誘いだよ」


 臓腑に溜まっていた澱は、いつの間にか消えているようだった。

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