004 美味しかったらすべてヨシ!

 取り出しましたるは、ローパーくん。桶の中でぐったりしている。まあ死体だからね。

 意外と知られていないことだが、ダンジョンで出てくるモンスターは海で魚を活〆するように一発で急所をグリっとやれば丸ごと一体手に入る。解体が面倒だから、普段は他の人たちと同じように普通に倒すが、量が欲しいときはそうして倒す。


 おかげで魚屋さんとか料亭とかからの私の評価は他と比べて桁違いに高い。私以外にも契約している探索者もいるだろうが、ドロップしたとしても柵の状態だ。また、鮮度の問題もある。私のは倒したときのままの鮮度だからな。


 それにしても、世界中にダンジョンがある割にはこうした仕留め方が広まっていないというのは意外だ。偶然でそういうことがあってもいいと思うのだが。



 このやり方も手引書に書いてあったもの。とはいえ、ダンジョンがしっかり経済の一角を占めている世の中だ。冒険者及び探索者を含めればすごい人数になる。誰かが偶然で同じようになってもおかしくないと思うのだが。そうなれば絶対、研究所や企業が調べさせると思うのだけどな。


 どこかが発見して独占している? あるいは、まだ条件の特定ができていなくて発表されていないだけ?


 私にしてみればどうでもいいことなのだけれど、少し気になる。そろそろ、誰かが明らかにしてもよさそうなのだが。



 そんなことを考えながらも、まな板の上に置いたローパーの解体は順調に進んでいる。包丁である程度捌いた後は、イカのワタを取り出すみたいに触手を掴んでぐっとね。


 今回欲しかったのはローパーの触手。本体の方はポーションの材料とかにも利用できるのだけれど、十分素材はあるし今回は要らない。なので「錬金術」スキルを利用してぐるぐるっと丸めてこうだ!

 うん、肉団子みたいになったな。あとで玄関のクマくんの甕にでもぶち込んでおこう。触手は長さを揃えて切っておく。


 この触手、実にパスタ。それもスパゲティである。

 スパゲティというのはパスタの種類のひとつだ。太さや形、大きさによって名前が変わるわけだ。フェデリーニとかマカロニとか。ローパーの触手の場合、個体によってまちまち。今回の場合はスパゲティというわけ。

 それに合わせるのは今日取りに行ったタケノコくん。単体でうま味が凄まじいことになるのが予想されるので、他はなしでいく。


「ん?」


 なーん、と甘えた声。足に身体を摺り寄せてくるミケ。ついでに素足の部分をペロペロ舐めてきた。甘えすぎだろう。こんなの、甘やかす以外に方法がない。……さすがに、私の足の汗を舐めて「たまらニャイ」とか考えているわけではなかろう。


「まったく、仕方ないやつめ。ほら、これで大人しくしておくんだよ」


 顎を掻いてから背中を撫でているとごろにゃんこしたので、遠慮なくおなかを撫で回させていただく。うん、そうするとおやつがもらえると学習すればいい。私も幸せ、ミケも幸せ、見ている人も幸せで三方良し。


 薄切りしたタケノコの穂先をミケの前でぴらぴらしてやると、猫じゃらしで遊んであげたときみたいに興奮して猫パンチを繰り出した後、奪い取ってもぐもぐする。うむ、満足気な顔だ。おめめが線のようですよ。


「ああ、そっか。タケノコの刺身もアリだな」


 猫だからとなんとなく生であげてから気付いたが、新鮮でやわらかいタケノコなら刺身で食べるのも美味しい。この新鮮というのは、収穫して三時間くらいと非常に短い。それ以上になるとえぐみが回り、アク抜きが必要になるからだ。ダンジョン食材だし、私の場合は「食糧庫」で保管しているから問題ないが。


 本で知った話でしかないが、きちんとしたタケノコというのはタケノコ掘りという言葉がある通り、まだ地面から出て来ない内に掘り出すらしい。足裏の触感で土が鋭く盛り上がっているのを感じ取って掘るのだとか。


 職人芸としか思えない。少なくとも私にはできる気がしない。

 タケノコは穂先の方がやわらかい。こちらを刺身用にし、反対側をパスタに使おう。


「ニンニクは……なしでいいかな。唐辛子はどうしよう?」


 唇に人差し指を当てながら考える。

 ペペロンチーノを作るならニンニクは欲しいが、タケノコの繊細な味を堪能するなら邪魔だ。そのぶん、代わりにアクセントを効かせるために辛みを追加したいのだけれど、ダンジョンタケノコの美味しさに対抗できるかどうか。


 レッドホークの爪は錬金術で加工することで火属性を付与させられるが、その一方で食材として使える。わさびを擦り下ろすようにするのだが、鮫皮では負けてしまうのでやすりを使う。チョークくらいの太さがあるので、作業自体は簡単だ。


 しかし、色が映えない。粉末状の赤い粉が散らされているよりは輪切りや半分に切っただけの唐辛子がある方が色味が良い。先にも述べたようにレッドホークの爪は普通にチョークくらい太いので、そう易々と切断することはできない。ナイフとか戦闘技能を使えばできるだろうが、ただの晩御飯にそこまで頑張る気はない。


 うん、普通の唐辛子でいいや。ダンジョン食材のパワーには負けるが、別に勝たせたいわけでもない。ちょっとピリッとして色味が良ければそれで十分。


 そもそもとして、レッドホークの爪を削って使う唐辛子的調味料、すごく辛い。本当に辛い。たぶん激辛系のお店に試供品として渡したら、即日契約の電話が来そうな気がする。レッドホークを倒すのが面倒だからやらないが。


 私の辛さ強度は某黄色いカレー屋さんの二辛が適量くらいで、三辛もまだいける、けど四辛は美味しく食べられないという程度。一人前にレッドホーク粉末を使うなら耳かき一匙くらいで十分なので、やはり色味としてはよろしくない。

 冷静に考えると、どっちみち使えないじゃないか! 封印、封印! 「食糧庫」の中で大人しくしてろ!


 触手を茹でるのに大したお湯は必要ないので、ひとつのフライパンの中で全部調理することにする。時短だ時短。あと洗い物も減るからな。横着とは違うからな。


「よし、準備できた。ミケ、サラちゃん呼んできてくれない?」


 機嫌よくにゃーんと一鳴きしたミケがててっと駆けていく。これでサラちゃんが来れば調理開始である。


「……ん、コウちゃん? コウちゃんも食べるの? え、シルキーも? えー」


 前言撤回。もうちょっと量を用意しないと三人分は無理だ。というか普通に無理だ。……この感じだと、もっと増えそうだな。大人しく鍋でしっかりお湯を沸かすべきかな。折角用意したが、触手パスタはなし。普通のパスタに変更。

 上水道と下水道は通しているので、水の用意は楽。だがコンロはない。ガスは通じていないのだ。なので家の外観の印象通りのかまどで調理しなければならない。


「お。サラちゃん来たね。ミケもお疲れ様。サラちゃん、いつも通りよろしくね」


 ミケが口に咥えて連れて来たのはサラマンダーのサラちゃん。いつものことなので慣れた様子でささっとかまどの中へ入ってくれた。そこにお駄賃としておやつをあげる私。

 おやつは火属性の魔石でもいいが、そんな貴重品はあげられないので、加工の途中で出てくる破片だ。


 魔石はモンスターを倒すとドロップする素材だが、結構なレアになる。レアドロップ率向上系スキルを付与させたアクセサリを装備していても百発百中とはいかない。

 一般的な探索者ならいいところ二%くらいの確率ではなかろうか。私は魔石が欲しいときならガッチリ物欲装備で行くので、体感七割くらいだが。


 魔石の使用用途は非常に幅広い。スキル付与や装備の方向性を決めるときに使うのが主で、ざっくり考えるなら良さを伸ばす。剣なら強度や切れ味が上がるし、属性付与して魔剣にできる。鎧なら防御力を上げたり、属性耐性が付けられるわけだ。

 その際、魔石の力を引き出す方向性に合わせて形を加工しなければならない。そのときにどうしても破片が出てくるので、それをサラちゃんのおやつにしているのだ。



 大きめの鍋を用意して水を張る。そうしているとふと、以前に読んだことのあるライトノベルを思い出した。

 その作品の主人公も私と同じように物作りをする能力を持っているのだが、鍋や包丁といった調理器具をミスリルやオリハルコンで作っていたりした。


「うん。やりすぎだよな」


 私の使っている調理器具はごく一部を除いて普通に買ってきたものばかりだ。というかダンジョンで手に入るのものはたいていドロップ品なのだから、普通の調理器具で十分調理できる。ミスリルとかもったいなさすぎる。


 しかしその一方で、ああいう創作物から得られるインスピレーションというのは大事だ。特にガチのクリエイターではなく、ただ特級というか破格のジョブを与えられた結果、生産系のなんちゃってトップになっているだけの私には。

 ミスリルフライパンやオリハルコン包丁とか、私にはまったく思い付きもしなかったよ。考えの枷を外してもっと自由に思考できるようになるという意味でも、ああいう創作物は読む価値がある。

 まあそれでももったいないからミスリルとか使わんが。



 かまどの上に鍋を置くと、中で寝そべったまま魔石片を両前脚で抱えたままペロペロしていたサラちゃんが尻尾の先を真上へ向ける。瞬間、橙色の炎が溢れた。これで適当にお湯が沸くので、それなりの量の塩を入れておいた。だいたい目分量。


「タケノコと唐辛子……色合いが悪いな。何か他にも入れようか」


 タケノコとスパゲティの色ってだいたい黄色だ。それに唐辛子で赤色。あともう一色欲しいところ。まあ無難に緑色だから万能ねぎか摘んできたお茶っ葉か。

 いや……。


「取り出しましたるはアスパラガス」


 ちょっとばかり旬が過ぎているけれど問題ない。何故なら旬の時期に摘んだから。

 私の「蔵」の中は時間経過が非常に遅いのだ。マヨヒガの中にある蔵の入口を開けてしまうと普通に時間が過ぎてしまうが。完全時間停止とまではいかないが、十分である。特殊な錠前なのでそういうことができる。


 このまま沸かしているお湯にドボン。切ってからだと旨味が漏れ出てしまうから、切るのは後で。本当は電子レンジでチンしたいのだけれど、そんなものはうちにはないのだ。コンセントなどない。蒸すのはなんか面倒。


 隣のかまどに中華鍋を用意。フライパンは便利だけれど、やはり中華系の調理器具が非常に使い勝手が良い。専用のキッチンとかがないと使えないのが玉に瑕だけれど。IH系との相性は最悪だしね。


 こちらにもサラちゃんの火が回ってきて中華鍋が熱される。この中華鍋は鉄製なので、普通なら濡れ布巾なんかが必要になるのだが、調理中の私は耐熱スキルを付与させるアクセサリーを装備しているので問題ない。おかげで夏場のキッチンも然程暑くないし、揚げ物だって怖くない。



 使うのはヒマワリ油。オリーブオイルより使いやすくて安いし、味の違いを敏感に感じ取れるほど私の舌は繊細じゃない。

 いや、違いがわからないでもないが、気のせいと言われてしまえば「そっかー」と納得してしまうくらいの舌だ。


 そもそも、油が違って料理の味に大きな影響を与えるものなんて揚げ物くらいではなかろうか? プロではなく庶民の家庭料理の範疇で。

 どう考えても調味料が油の味を上から塗り潰しているだろう。塗り潰すというのは聞こえが悪いか。調味料の味が強過ぎて、油の味まで認識できないと言った方がいいな。



 そうこうしているうちにアスパラガスに最低限の火が入り、スパゲティとその場を入れ替える。まだまだ固いアスパラだが、後で混ぜるときに追加の火が入るのでよし。

 タケノコとアスパラをまな板の上でトントントン、と。ちょい多めのヒマワリ油の中にタケノコをダイブ。ほとんど素揚げに近い。ああ、そうだ。唐辛子も刻んでおこう。ハサミで。

 唐辛子のタネはサラちゃんにあげとく。「なんだレッドホークのじゃねえのかよ」的な目で見られたけど、それは週一のご褒美でしょ。


 タケノコを取り出し、スパゲティを茹でている塩水を入れる。バチバチ跳ねるが怖くないぞー。ミケはびっくりして離れて行ったが。さらば肉球。

 中華鍋を激しく振るって乳化させる。いわゆるエマルジョンとかいうやつだ。ヒマワリ油はこれがオリーブオイルよりやりやすい……と、私は感じる。


 がしゃがしゃやっていると視線を感じたので、そちらを見る。コウちゃんががしゃがしゃ音に合わせてヘッドバンキングしていた。なんて激しい……こいつぁ筋金入りのロッカーだぜ。


「負けてらんないなぁ! 着いてこれるかい⁉︎」

「! ‼︎ ♩♪!」



 暑くないはずなのに無駄に動き回って汗をかいた挙句、パスタは茹で過ぎになった。

 それでもまあダンジョン産タケノコくんが美味しかったから、トータルだと普通のより美味しかったからヨシ!

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