003 マヨヒガともふもふと幼女と雪だるま

 時計の方は夕方くらいの時間だが、依然として太陽は高く。熱を孕んだ風がアスファルトを撫で、まるでサウナのように呼吸が苦しいくらい。

 木の陰を選んで歩くが、油断すると樹上でうるさいセミくんがおしっこを振り撒いてくるので気を付けなければならない。


 駅から離れ、住宅街をさらに端っこまで歩いていくと、私の借りているボロアパートがある。四畳半一間の風呂トイレ共用という時代遅れのオンボロさ。錆の浮いた階段をカツンカツンと音を立てて上がり、部屋の鍵を開けて中へ。

 たいして掃除していないしカーテンも閉め切っているので、埃っぽい。加え、家具なんかもないので生活感もなく、さながら入居案内の見学のようにも思える。


「こっちの方も、たまには掃除するべきかな。でも、めんどくさいんだよなあ」


 こちら側に住んでいるわけでもないし。

 この部屋はあくまでも私の住所登録のために借りているに過ぎない。私の本拠地はまた別にある。

 私の家――ユニークスキル派生の「マヨヒガ」に繋がる鍵を取り出し、開く。目の前の空間に扉が出現するので、それを開いて中に入った。

 突如に迫りくる毛玉‼


「わぷっ」


 自宅ということもあって完全に油断していたので避けられなかった。避ける気も大してなかったということもある。やわらかおなかに顔を埋める幸せよ。


「はいはい。もう離れてね」


 前脚の下に手を入れて離す。目の前には小犬が一匹、嬉しそうな顔をして舌をべろんと出している。顔をべろんべろん舐め回すのはやめなさいと以前お説教したので、舐められたとしても一度べろんとされるだけ。

 小犬――ソイを地面に下ろし、その隣にやって来ていたアルビノの小虎――ビャクの顎の下も撫でてやる。なーん、と甘えた声で鳴くのがかわいい。


 私でなくても、同じようにユニークスキル由来で固有空間を作り出すスキルはある。が、数少ないのは確かだし、時間制限や空間の広さに制限があるのが普通だ。

 私の「マヨヒガ」は空間の広さに制限があるタイプだが、ちょっと自分でもその範囲がわかっていない。だって広すぎるし。ソイやビャクみたいな子が自由にしていたら壁にぶつかったって甘えて来たことがあったので、限りはあるのだと思われる。

 ひとつ言えるのは、私の成長と共に空間が拡がってきているらしいこと。無駄に広いだけで、ほとんど使っていない空間だが。

 さながら田舎の所有山である。


 自宅があるのは、周囲を深い山々に囲まれた盆地状の開けた土地だ。田畑が広がっており、私の一年分の米や簡単な野菜関係はここで作られている。

 通常、地上ではダンジョン食材の種を植えても育たないが、マヨヒガ空間はダンジョンと同じ扱いのようで、育てることができる。普通の虫とかいない快適空間なのだが、受粉で困る……こともなく、どうしてか知らないが花も咲けば実も生る。

 理由はわからん。私が得してるから一方的にオッケー!


 この空間も現実の四季の影響を受けているが、比較的過ごしやすい。夏で暑いのは確かだが、温度も湿度も現実より低い。空は非常に濃い青色で、のどかにわたあめがふわふわと気持ちよさそうに泳いでいる。

 アスファルトなどのような文明を感じさせるものは一切なく、まるで江戸時代以前のような土の道。道の端には田畑用の水路が走っており、日本よりはインドネシアのバリ島を彷彿とさせる。ヤシの木はないが。


 この空間は私が一から手を入れていたわけではなく、なんか急に、あるときドンッと大きくなって、そうしたらこうなっていた。そんな感じ。

 自分でもよくわからないが、まあ自分にとって都合の良い形にはなっている。動線とかしっかりしてるし、水路も助かるし。ソイやビャクたちも喜んでいるので、細かいことは気にしないことにした。

 空間の入口から自宅までは大した距離ではない。ソイとビャクがケンカしていて、後ろ二本で立ち上がり、前脚でポカポカ合戦しているが、かわいいだけなので仲裁に入ることはなく、ニマニマしながら無視。どうせある程度離れたら、慌てた様子で走ってくるし。


 遠目からでも見えていた私の自宅。周囲を背の低い木で覆っていて、これらは茶の木のダンジョン版。詰んでそのまま食べることもできるし、当然乾燥させればお茶になる。

 今は三番茶の時期でそれほど美味しいものではないのだが、あくまでもそれは現実のお茶の話。ダンジョン食材なだけあって、普通に一番茶くらいには美味しい。けれど、どちらかというと食べる方向で加工する方が向いている。いくらか摘んでおこうかな。一晩ほど水に晒しておけば、万能ネギの代わりにできる。


 自宅はそれなりに面積のある平屋で、屋根は茅葺かやぶき。縁側もあれば簡単な池もあり、時期によっては柿や大根などが吊るされている。あと玉ねぎ。

 玄関も日本家屋なだけあって引戸。三和土もあれば、上がりがまちも背が高いぞ。バリアフリーなんて知ったことかとばかりだ。普通の椅子くらいの高さがある。


 玄関からは左右に廊下が別れており、間には靴や小物を入れる棚がある。その上には細身の一輪挿しがあり、今日飾られているのはカスミソウ……のダンジョン素材版。薬用に加工しないなら、ほとんど普通のカスミソウ。

 そしてその隣には熊の木彫り。荒々しさなどまるでない、丸っこいディフォルメされたデザインに見えて、実はダンジョンで出てくる熊モンスターの幼体がモチーフだ。そこそこテディベアというか抱きしめクマさんにそっくり。

 口に咥えているのは鮭ではなくかめ。きっと想定されていた中身はハチミツ。実際は私が適当なものを突っ込んでそのまま忘れ去られ、適当に誰かが腐敗する前に回収して食べている。そういうのが好きな子もいるので、彼らからすると、何かあったらボーナスみたいなもの。

 棚の左右には西洋甲冑と武士鎧、それぞれが一組ずつ座している。武士鎧は男性を模し、西洋甲冑は女騎士を模している。時々動く。


 左右に別れた廊下は左に行けば居住エリア。右に行けば道場や工房がある。かといって、別に武家屋敷といった様相でもないおもしろ設計でもある。正確に言えば、居住エリアの逆側に思いつくまま適当に色々建てていたらこうなった。そりゃあおもしろ設計にもなる。

 そちら側の勝手口を出れば、外には様々な蔵が並んでいる。私のスキルと繋がっている蔵たちだ。宝物庫に武器庫、食糧庫などなど。雑多な物はすべてまとめて倉庫。名前分けして保管していないと、アーツで取り出すときに面倒なのだ。主に時間がかかる的な意味で。戦闘中にそれは超絶危険なので、やむを得ず分けている。食糧と薬品とを一か所にまとめるのは嫌なので、薬品系は倉庫へ入れている。


 もう今日はゆったり過ごすつもりなので、靴を脱いで左手へ。ソイとビャクは家の中への立ち入りを禁止しているので、玄関の辺りできゅるきゅるかわいく鳴いているが無視。甘えるのを許しているとキリがないのだ。奴さんたち、自覚した上で甘えて来てるからな。

 自室へ向かっていると、家妖精のシルキーがふわふわやって来てぺこりとお辞儀をしてきた。私もいつもありがとうと笑みと共に手をふりふりしておく。


 シルキーは元々は灰色の粗末なドレスを着ていたのだが、ウチに住み着いた後で謎のショックを受け、声のない声で絶叫を上げたかと思えば、灰色の着物を着るようになった。

 家と服が合わないのがそこまで嫌だったのか。私とか洋服だけどな。むしろ和服なんて滅多に着ないけど。これでも現代日本人なので。


 自室の襖を開いて中に入ろうとすると、逆に中から出てくる者がいた。二股の尻尾を持つ三毛猫ちゃんで、私はそのままミケと呼んでいる。昔、夏休みの自由研究でいろんな小物を作って提出したことがあるのだが、その中でちっちゃな小判を気に入ったようなので首輪にしてあげている。

 抱っこして欲しそうだったので抱えてやり、お尻をさわさわしながら室内へ。

 六畳の隅には敷きっ放しだった布団をシルキーが畳んでくれていたみたい。そのうえにミケを放してやると丸くなった。

 高校のときの小豆色のだっさいジャージに着替え、自室から居間へ移動する。ミケは布団で丸くなったまま、今度はついてこない様子。お出迎えのためだけに出て来たのかな?

 居間に行くと、幼稚園児くらいの女の子が座布団に座って麦茶を飲んでいた。


「ただいま。美味しそうだね」

「♪」


 ニパッと笑うおかっぱ頭の美幼女は座敷童のコウちゃん。いつの頃からかいて、初めて会ったときはビビった。たしかあれ以降、勝手にウチに住み着く輩が増えたのだ。

 たぶんコウちゃんが連れて来たのだろうけれどウチの空間は広大だし、私に迷惑が掛からないなら好きにしてもらっても構わない。

 一応、相手は選んでいるようだし。

 ぷくぷくほっぺも突かせてくれるし。


「暑いねー、今日。そりゃあ麦茶も美味しいわ。あ、ありがと」


 コウちゃんと話していると、シルキーが麦茶のグラスを持ってきてくれた。氷もがっつり入っていてキンキンだ。そのぶん量は少ないので、ピッチャーも一緒に持ってきてくれていた。ありがたい。

 元の大麦はダンジョンで見つけたもの。そりゃあ喜んでまとめて刈ったよね。罠や擬態モンスターは踏み潰して回ったよね。麦は踏まれて強く育つのだから、モンスターたちも私に踏まれて強く育つに違いない。死んだが。


 大麦の大半はビールとエール、ウイスキーに回した。余りが麦茶なのだけど、この香ばしさと味を考えると、また刈りに回った方が良いかもしれない。麦茶パックをしこたま作ってお中元にしてもいいかも。

 余談だが、品物を贈るのがお中元、手紙などを送るのが暑中見舞いだ。年末に品物を贈るのはお歳暮。


 色々飾り物などが置いてあったり仕舞われている棚には外で買ってきた電子時計がある。カレンダー機能と温度計、湿度計機能もあるのだが、それによると夏真っ盛りの今現在は気温28度、湿度62%のよう。多少蒸し暑いが、外と比べると断然涼しいといえるだろう。


 当然、そこにはカラクリがある。まあカラクリというほど大した話ではないのだけれど、なんせ古い日本家屋の造りなので、戸を開け放っておけば風が吹き抜けるようになっているのだ。


 そういうわけで、折角なのだからと聞く者の心をリラックスさせる付与をしてある金魚柄の風鈴がリーンと鳴って心地良い。

 外の蝉時雨とはまるで違う。月とすっぽんだね。すっぽんなら食うが。


 私が内心で誉めているのがわかったのか、はたまた見つめられているのに気付いたのか。絵柄の金魚がくるりと泳いでぱしゃんと跳ねた。その音もまた良い。

 ……とはいえ。暑いものは暑い。麦茶じゃ物足りんな。


「ふむ。コウちゃん、かき氷食べる?」

「⁉ ! ‼」


 おっきなおめめをさらにくりくりと輝かせ、やおら立ち上がって机に手を付きぴょんこぴょんこと飛び跳ねる幼女。なごむ。

 ただ、エキサイトしたせいで余計に暑くなると思うのだが。


「倉庫」から取り出すのはペンギン型のかき氷機。これはたしか中学生の頃、無性にかき氷が食べたくなって、夏休みの自由研究ついでに作ったものだ。妥協はあんまりしてない。その結果、学校に提出するのは親に禁止された。

 ダンジョン素材で作られてるし、付与とかもがっつりされているから仕方ないね。

 付与スロットを拡張するためにも、ダンジョンで採れた宝石を砕いて顔料まで作ったくらいの手の込みようだしね。

 中学生でダンジョンに入ることは法的に許されていないので、自由研究で提出とかできるわけがないのである。


「お、手伝ってくれるの?」

「♪」


 コウちゃんがペンギンの首を掴んで上へガコッとね。そこに私が「食糧庫」から透き通った透明の氷をがらがらっと。

 ペンギンの頭を取り外すのでなく、首を持ち上げ、氷を削ることで元の形に戻る形式だ。首長ペンギンもかわいいからな。かわいさにも拘っております。

 すかさずシルキーがかき氷用の器を持ってきてくれた。ありがとう。うん、三つあるね。君も食べたいわけか。構わないよ。暑いもんな。


 ペンギンくんのモデルはニュージーランド南西部のスネアーズ諸島にいるスネアーズペンギンだ。頭の後ろまで伸びた黄色いトサカにたらこ唇を彷彿とするぶっといくちばしが特徴で、その根本の辺りはピンク色。ネットで調べた。かわいい。

 頬の辺りに小さなスライドがあって、それを動かすとスネアーズペンギンによく似たフィヨルドランドペンギンに早変わりする。こっちは頬に白いラインがあるのだ。スライドはそれを隠したりする仕掛け。フィヨルドランドペンギンになるとトサカがしょんぼりと項垂れる。こっちもかわいい。

 私の勝手なイメージで、フィヨルドランドペンギンくんだと細かくふわふわな氷に、スネアーズペンギンくんだと粗くシャリシャリな氷になる。


「シルキーはふわふわ氷で、コウちゃんはシャリシャリ氷ね。なに、氷をかみ砕くのが楽しい? わかるわかる。いいねコウちゃん、ロックだね」


 頭の上のハンドルをガリガリ回して、まずはコウちゃんのかき氷を作る。


「コウちゃん、何味がいいの?」


 背面に何色かのボタンがあって、それを押すとペンギンくんの目の色が変わる。赤ならイチゴ、緑ならメロンといった風に。コウちゃんはイチゴ味、いいね。

 くちばしを上から押さえてあげればくちばしがパカッと開き、だぱっとシロップが流れる。私はかわいいと思うが、コウちゃんは微妙な顔。大丈夫、味に異常はない。

 この機構のために空間収納系の付与をしてある。びっくりするほどコストが重くて、そのせいでスロット拡張の必要性が出たわけだが。時間経過遅延の付与もあるし。シロップ自体は市販の安っぽいやつです。これがいいんだよむしろ。

 シルキーはメロン味を所望の様子。そして彼女もコウちゃんと同じく、シロップをかけるときに微妙な顔。何故だ。


 二人がご満悦な様子で食べ、時に頭を押さえてのたうち回っているのを後目に私も自分の分を削る。すると、風鈴がリーンと鳴った。


「あれ。雪だるまくんも来たのか」


 空中をふわんふわんとジャンプして、ブリキのバケツに赤白ストライプマフラーに手袋、トドメにアロハシャツを着た雪だるまくんがやって来た。


「雪だるまくんも食べたいの?」


 こくこくと頷く雪だるまくん。顔を向けるとシルキーが微笑を浮かべて立ち上がり、新しい器を取りに行ってくれた。

 ありがとうシルキー。けどアイスクリーム頭痛で顔色が少し悪いよ。温かいお茶でも持ってくるといいよ。コウちゃんの分も。隣の部屋まで転げ回ってるし。


「雪だるまくんも暑いんだ? ああ、マフラーの付与が弱くなってきてるね。色が薄くなってぜんぶ白色になる前に持ってくるんだよ」


 ゴン太の海苔のような眉がしょげている。マフラーを外し、予備の青白マフラーに変えてあげた。おお、眉がきりっとしたね。よしよし、そっちのが似合ってるよ。

 このマフラーは冷気を付与しており、春のひだまりや夏の日差しの下でも雪だるまくんが溶けないようになっている。いわば酸素マスクみたいなものだ。手袋はマジックハンドみたいなもの。バケツの帽子は雰囲気。


「雪だるまくんは……ああ、青色ね。ブルーハワイだね」


 私の器の分を先にあげよう。質の良い氷を増産してくれているのはこの雪だるまくんだからね。功労者が先だ。

 あげると、喜んでしゃくしゃく食べている。さすがは雪だるまくんと言えよう、アイスクリーム頭痛はないようだ。コウちゃんが恨めしそうに見ているが、すぐに目を見張った。何故なら、雪だるまくんの顔色が薄く青色に染まってきているからだ。頭は痛くないようだから、ブルーハワイの色が移ったのだろう。


 レモン味のかき氷を私は食べたのだが、ふと雪だるまくんを見ていて、思う。


 七色のかき氷を食べさせたらゲーミング雪だるまくんになるのだろうか?

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