002 ダンジョン食材

 タケノコくん変異種のことを忘れる自信しかなかったので、先んじてギルド職員をしている義姉さんに報告した……ら、困ったような生温い微笑みを向けられた。


 いや、わかるよ。最先端を往く冒険者たちですら第四階層を必死で攻略している最中で、第五階層のモンスターの変異種の報告とかされても困るというのは。

 けどほら、言っとかなきゃじゃん? 危ないよって。

 私が報告しておけば、先んじてモンスターリストを作っておけるし。知っておけば対処は可能なのだから。知は力なのだ。

 ぶっちゃけると静稀兄さんが危険になるから報告しただけだけど。そのついでで他の人も助かるなら、まあいいんじゃないんですかね。


 報告後は野菜の納品。

 かつて寂れていた商店街はここ数年で大きく賑わった。具体的にいうと、私がダンジョン素材を卸すようになって賑わった。

 とはいえ、私が卸すたかが知れた量で寂れていた商店街が賑わうはずもなく。ダンジョン素材は所詮は火点け役でしかなく、その後のリピーターを確保した商店街の皆々様の尽力がすべてといえよう。


「よーっす、おっちゃーん」

「おお! そろそろ月ちゃんが来る頃だと思ってたんだよ。毎度ありがとな!」

「いいさいいさ。お金ももらってるし」

「いや……格安だろ?」

「私が構わないからいいんだよ」


 口さがない者は、私がダンジョン素材を格安で卸している事に文句を言うかもしれないが、そんなことは知らん。私は経済屋ではないのだ。

 所詮一個人の納品量。卸す相手も個人経営店で、大規模展開しているスーパーとかじゃない。

 その程度で市場経済が混乱するとか、割を喰らう者がいるとかするのなら、それはそちらのシステムが間違っているのだ。

 私に言うことを聞かせたいなら、静稀兄さんを連れてきてチューするように説得してみせろってんだ。


「へっへ。今日のは自信作だぜ」

「おおっ!」


 別に私は構わないのだが、商店街の皆さんは私の卸した商品をそのまま売ることはあんまりない。それを使って他の商品を作り、それを売っている。

 ダンジョン素材はそのまま調理、加工できるものとスキルが必要なものと様々だ。なので、少なくとも販売する自分たちは加工できなきゃダンジョン素材を商売に使うわけにはいかねえ……という主張らしい。


 そういうわけで今回出されたのはトマトのマリネ。かわいい小瓶にプチトマトが5〜6個とバジルが入っている。


「じゃ、いただきます」

「おう。……毎度、このときはドキドキするぜ」


 熊かと見間違う毛むくじゃらの顔でよくそんなセリフが出るな。熊の獣人と言われても納得するぞ、私。

 余談だが八百屋のおっちゃんの奥さんは一回り以上若い。熊みたいなのに性格が可愛くて、そのギャップが気に入ったのだという。「内緒よ」と言われているので、おっちゃんには伝えないが。


 さて。差し出された爪楊枝でトマトをひとつ刺し、口に運ぶ。


「んっ!」


 調味料はオリーブオイルと米酢、砂糖……違うな、はちみつか。それとほんの僅かな塩が全部の味をまとめている。つい先ほどまで冷蔵庫に入れていられていたのか、冷たくて喉越しが良い。夏で暑いしちょうどいいな。


 ダンジョン素材は食材の場合、深い階層であればあるほど美味しく、それゆえに地上で取れる食材や調味料と合わせても強烈に自己主張する。要は調和が取れないということだ。

 けれども、今回のマリネのような形だと、トマトが主役なのでむしろ適している。全部ダンジョン素材で作ってしまうと、シンデレラも白雪姫もかぐや姫も某桃姫も揃ったパーティ会場のようになってしまい、王子様も誰と踊ればいいか困るだろう。


 前回卸したプチトマトは第四階層後半で出てくるクレイジーボムが供給元。クレイジーの名の通り、自爆してくる厄介者だ。ドロップは食材に偏ればトマトが、素材に偏ればエレメントの欠片やニトロセルロースなどが出る。


「美味しい!」

「ほぅ〜。よかったぁ」


 ダンジョン素材でまずいものを作る方が難しいのだが、気持ちはわかる。私だって全部ダンジョン素材でスキルまで使ってまで料理したとしても、兄さんに食べさせる時は心配だろうから。

 思わずニコニコと笑顔になりながら次のトマトへ爪楊枝を刺す。そのときに気付いた。


「あれ? これ、皮付きのままなの?」


 爪楊枝がプツッと皮を破る手応えを感じる。さっきは食べるのに意識が向き過ぎて気が付かなかったな。

 普通、トマトのマリネを作る際には湯剥きで皮を剥いでおく。そうすることで調味料の味が染み込むわけだ。けれども、このトマトには皮がある。なのに味は染み込んでいた。どういうこっちゃ?


「気付いたか。このトマト、普通のままだと思うか?」

「違うの?」

「ああ。実は一度乾燥させてドライトマトにしてんだ」

「ドライトマト⁉ それで調味液に浸して、こんな風に戻るの⁉」

「普通は戻らねえな。けど、ダンジョン素材だからかな? しっかり戻ったぜ」

「ふぇ~」


 知らなかった……。もう随分と昔に通り過ぎた階層の素材だったというのに。

 ジョブ的に得意分野であるはずの生産活動であっても、知らないことがまだまだ沢山ある。


 これがあるから、私はやはり、この商店街とかに素材を卸しているんだろうなと思う。

 ただ素材を卸して儲けるだけじゃない。私も知らないような活用法を見出し、それを「どうだ!」とばかりに私に教えてくれる。

 私が格安で卸しているのもあるかもしれないが、おっちゃんたちがそれにしっかりと応えようとしてくれているのが、本当に嬉しい。


「その反応じゃ、ちゃんとこいつは売り物になりそうだな」

「十分! 私は買うよ」

「いや、月ちゃんにはやるよ」

「それは良くない。ちゃんと買うって」

「だろうな……いつも通りか。じゃあ、値付けも?」

「うん。私は何も言わないよ」


 ギルドにて正式に売るなら、このトマト一粒で5~6000円くらいだろうか。私は300円くらいで卸しているが。

 だって私が育てたわけじゃないし、ダンジョンで取ってくるだけだし。他の人にとって命懸けなのは理解しているけれど、私にとっては虫網で蝶々を捕まえるより簡単だ。

 そんなわけで、売り物の値段なんて私には付けられない。おっちゃんたちの試行錯誤にどんな値を付ければいいかなんて判断できないからだ。


「それじゃ、今日はトマトのおかわりとほうれん草にインゲンマメ、あとタケノコくん」

「季節感ねえなあ。さすがはダンジョンってことか?」

「だろうね。タケノコくんは皮がないけど、アクのないやつだからすぐに調理できるよ」

「おっ、そりゃあいいな。どういう理屈かわからんが」

「私にもわからん。そういうものとして受け入れとけばいいと思うよ」


 敵を倒してドロップする理屈なんぞ、じい様から継いでいる手引書にも書いてなかったしな。神様が関わっているっぽいので、考えるだけ無駄な気がする。


 とりあえず、あの変異種のタケノコくんは良いやつだった。なんせ、通常個体なら皮付きのところ、皮もなかったのだ! タケノコはアク抜きのために皮付きのまま茹でるのだが、ほんと手間がかかる。何回も茹で溢ししないといけないし。

 その手間が丸ごといらない変異種くん! 君は実に良い進化をしてくれた! だが「地下茎」アビリティは許さん。罰として美味しく召し上がってくれる。


 勝手知ったる店の奥へ。そこには床にでんと異色な宝箱。

 ええ、私製でございます。


「おっちゃん、アイテムボックス動かさないでいい? 邪魔なら動かすけど?」

「んにゃ、そのままでいい」

「そっか。前も言ったけど、私の持つマスターキーがないと一ミリたりとも動かせないから、緊急のときは電話してね」

「おう。ありがとうな」


 宝箱の正体はアイテムボックス。容量は300キロまでならいくらでも入り、時間遅延機能付き。純粋に重量で制限が決まっており、大きさなどは考慮されない。

 破格の機能なので盗難防止で、私のマスターキーがないと動かせないし、おっちゃんに預けている専用の鍵がないと蓋の開閉すらできない。鍵さえ半径一メートル以内にあれば他人でも開閉できる。


 こんな代物を私が自由に作れると知られると面倒臭いので、おっちゃんとかみたいに私との取引相手にしか貸していない。

 そう、貸与だ。とんでもボックスなので、あげると言っても誰も受け入れられないだろうからね。貸与としてレンタル代を払うという形なら、向こうも受け入れやすいのだ。


「ほんじゃ『食糧庫』っと」


 私はマスターキー持ちなので蓋を開けられる。

 おっちゃんに書類を渡して、食材の種類と数をチェックしてもらいながらぽいぽいっと。

 ちなみに書類は完全な手書きだ。祖母に硬筆と書道、そろばんを強制的に仕込まれたのだが、今となっては感謝している。


 当たり前だが、物品の売買には金銭のやり取りがある。つまり、税金が発生する。

 冒険者や探索者は個人事業主扱いだが、ギルド内でやり取りする分には、そこらの面倒な部分はギルドで処理してくれる。けれど、私のように外部と直接やり取りする場合は確定申告など自分でやらなければならない。面倒なので税理士の先生に丸投げだが。その際にこういった書類などが必要なのだ。手書きだが。


 ちなみに、税理士の先生と契約をしたのは去年の四月。高校卒業直後だったので、子供の私を見て先生はフレーメン反応をした猫みたいな顔をしていた。

 今ではお土産とかお歳暮とかの名目でおっちゃんたちから買い取った食べ物をプレゼントしている好々爺である。


「おお……結構な量だな。支払いはいつも通り振り込んでおくぜ?」

「よろしくね。あ、そうだ。こんなのもあったけど、いる?」

「ん? お、おう……すげえ見た目だな、こりゃ」


 私が取り出したのは串に刺した豆だ。ひとつひとつがちょっと大き目なピンポン玉くらいある。

 しかし、その最大の特徴は大きさではなく、見た目。

 なんと、この豆は眼球そのままの見た目なのである。それも血走ってガンギマリのやつ。

 名前はそのまま魔目まめ。魔眼だと読みが変わるからね。


「食って平気なのか?」

「別に平気だよ。ほら」


 あぐ、と大口を開いて一個丸ごと食べてみる。うーん、美味しい。神経にダイレクトアタックされる感じが実にダンジョン食材。


「食感はプリっとした枝豆。でも味はソラマメを美味しくした感じ?」

「ナマコとかホヤみたいなもんか? 見た目はグロいが、食えば美味いと」

「そうそう。もともとはサヤに入ってて白い目だけど、茹でたらどんどん赤くなる」

「嫌な変化だな……まあ、試しにちょっと仕入れてみるか。どう加工すりゃいいのか……いや、その前に味に耐性付けなけりゃなあ」


 ダンジョン食材はとても美味しい。これは地上の食材にはないうま味成分が存在するためだ。

 うま味成分とはだいたいアミノ酸、らしい。そしてざっくりグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸に分けられる。

 グルタミン酸はだいたい何にでも含まれている。イノシン酸は肉や魚のうま味で、グアニル酸はキノコ系に多い。

 食べ物を熟成させると美味しいというのは、熟成によってこれらのうま味成分が増えるからなのだと。


 一方で、危険なうま味成分も存在する。

 たとえばイボテン酸。ベニテングダケなどの毒キノコに主要として含まれているうま味成分だが、グルタミン酸の十倍ものうま味強度という凄まじさ。それでいて、このイボテン酸自体が毒でもあるという恐ろしさ。

 つまり、美味しい毒なのだ……!

 なんという誘惑……!


 そんな誘惑に私が釣られないわけもなく、毒耐性のスキルを装備に付けて食べてみたところ、舌の上にべっちょり張り付くような美味しさだった。

 他者に推奨はしない。食べ終わった後に油断して装備を外せば毒に中るからだ。消化しきって体内から毒成分が消えるまで、耐性装備で無害化しているだけなので。専用で指輪作ったよ。


 で、話を元に戻す。

 ダンジョン食材に含まれている成分を解析したところ、この毒系うま味成分と非常に酷似した形をした新種のアミノ酸が発見されたようだ。それも、酷似しているのに毒性はないという、なんとも都合の良い形で。


 そのせいもあって、それぞれの食材のうま味に慣れなければ冷静に加工できない。少なくとも、ただ調理するだけではなく、売り物として加工するのならば。

 ただ美味しいだけでなく、神経をぶん殴ってくるようなうま味なので、他の細かい味がわからなくなってくるのだ。


 余談だが、以上の理由とめんどくさいという理由から、私が自分でごはんを作るときはたいてい簡単な調理しかしない。ただ焼くだけのステーキとか、煮込むだけのスープとかそういう系。

 たまーに手の込んだこともするけれど、それはそれで別のめんどうな問題が起こるので、やっぱりシンプルなごはんになる。


 おっちゃんに魔目もいくらか卸した後、他にも契約している定食屋とか居酒屋などにも野菜関連を卸し、家に帰ることにした。

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