第4話 駅へ
家に帰った私は、とりあえず渡された宿題に手を出すことにした。どの道に転ぼうが宿題をやる意味は無いと思う。けれども彼女が言うなら多分必要なのだろう。
私は数日後彼女とセックスすることを思い出した。私の親は結構多忙、というか他の社長との付き合いで一緒に行くことがよくある。さっきのご飯で聞けば例の旅の2日前、丁度家を空けるのだという。
その時に彼女とヤッて、その時にこの家出が冷めて欲しい自分と欲しくない自分がいることに気づいた。その時私が彼女に性的な興奮を得ることができれば、親にとっては喜ばしいことである。でも多分それは無いだろう。
けれども快感と性的愛情が完全にセパレートすることなんてあるのだろうか。私には分からない。いわゆるセフレとかでもその時は愛しているというのも事実だろう。
だから、彼女とセックスをした後に何も思わないのでいられるのか不安になる。結局自分は彼女とどうなりたいのか、私は答えの出せないような問いを続けることしかできなかった。
次の日、「夏休み」は体裁なのか夏期講習がやってきた。高2だからしょうがないといえばそうなのだが、自分たちにはどうも都合が悪い。1時間半の授業が3コマである。私は頭をガクンガクンさせながらどうにか先生に叱られないように耐え抜く。
「宿題どれくらい終わった?」
「全然、君は?」
「お恥ずかしながら。3割ぐらいね」
「それでもだいぶだと思うけど。ま、勉強するしかないか」
「別にあなた頭悪い人じゃないでしょ。集中力は知らないけどさ」
彼女は廊下の突き当たりにある窓を見ながら話す。
「君は、やっぱりこの旅が成功してほしい?」
「失敗すること考えて行動する人がいる?」
彼女はそう誇らしげに笑う。彼女の一昨日の言動と照らし合わせる私は無粋らしい。
「でも、そりゃあ怖いよ。みんなみんな優しいはずはないしさ。実家に連れ戻されたらそれこそ地獄だし。けれど何もしないだけってのもね」
強い日差しに飽きた彼女と私はそれぞれの部活に向かい、夕方5時私は彼女の部屋にいた。一応彼女の方の親に挨拶しようとも思ったからだ。
「久しぶりね。この部屋に来るのも、2か月とか?」
「ゴールデンウィークに旅行したから。その時ぶりじゃない?」
「ご飯食べたらどう? いつもあなたのお母さんのご飯頂いてるしさ」
「君のご家族が良ければね」
彼女の部屋は3階に位置し、一般的な「自分の部屋」を2つ重ねたようなものである。その割に物は少なく、なんとなく寂しい感じだ。
「娯楽も少なきゃ何の意味もないわ。スマホだってフィルターやら許可が必要やらで」
「あら残念。自分は特に無いからね」
「だから頼むね。私は毎日1、まあ2回ぐらい公衆電話でかけるからさ」
「もしこれで1か月、下手して半年逃げ続けたら俺ら退学か」
「仕方ないんじゃない? まあ、私の親のことだしすぐ見つけようとするだろうけど……」
私も彼女も結局は見つかってしまうだろう、と未来が見えていた。でもこの歯車に私たちは回るしか無い。
その1時間後、私と彼女は1階の、必要な席分を明らかに無視したテーブルで夕食を摂っていた。といっても実際にはビジネスの付き合いのかどで使うから「無視」しているわけではないが。
「前もそうだったが娘をよろしくな」
「ええ」
そう応える私の胸がチクリと痛む。少なくとも彼女の親にとっては「想定外」の旅になることは確実だからだ。
「しかし、もう高2か。保育園の頃は……」
そうやって彼女の父、将来は義父になるのを今の所約束されている人はそんなことを言う。彼は何も知らない。私たちの関係をラブラブで……例えば、そういうゲームの世界みたいに思っていやがる。それがなんとなく気に食わない私は、感情の無い相槌を打つ選択肢しかなかった。
あれから5日経った火曜日の9時である。あの計画からほぼ1週間しかない。その間席の予約とか面倒な色々をした。
とりあえずのプランは新宿まで普通に新幹線で向かい、そこからは自由席で博多まで行くのに乗り込む。そして私は静岡、彼女は名古屋で降り、彼女はスマホをわざと放置するのだ。
「おはよ」
「眠い?」
「あなたよりは。色々最後の準備もしてきたからね。『そんな厳重にする?』って笑われたわ」
「まあ、することはとんでもないしね」
私たちは1時間ごとにやってくる電車を待つ。上手くいけば1時には東京にいるだろう。そこからもう夏休みだからどうなるか分からないが、多分夜までには散らばることができるはずだ。
改めて私たちの逃避行が無茶なことに気づく。そんな私の表情を読み取ったのか、数センチ下の彼女は私に笑いかける。
「やっぱり怖い?」
「まあ」
「今はまだ旅だからさ、楽しも?」
「新幹線の中だけ、それも2時間半ぐらいので?」
「何よ。私とじゃご不満?」
「ううん、何でもない」
両親との関係、セックス、風習、現実との乖離、その全ての矛盾を抱え込んだ私と彼女を各駅停車が出迎えた。
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