第2話 無謀の向こう側

「1時間前ぐらいに言ったじゃん。お金かかるからってさ」

「ううん。まあ、そうではあるけどさ。堂々と家出しようよ、俺ら」

「家出?」

「うん。2人で旅行するなんて言ったら、どっちだって喜んで許可証出すさ。それで遠くまで、大阪か愛知あたりでいいかな――行って、それでドロン」


「大丈夫?」

「いや、ごめん。忘れてくれ、考えれば無謀だわ」

「ううん。そうしよう。一緒に遠くまで行って、そしてどこかで二手で逃げよ」

「さっきのはただの冗談だって」

「じゃあ、私がそうしたい」

「それでいいの? 女子1人は無茶だよ。どっかで襲われるかもしれないし、下手したら逮捕される」

「大丈夫。だから私は携帯を捨てて、毎日あなたに公衆電話で連絡するよ。ちょっと計画したいからさ。9時半まで、ね」

「分かった」

 私と彼女は、無謀で、それでも可能性を捨てきれない計画を練り始めた。


 計画はこうである。まず夏休みに入って5日間の夏期講習を終えた次の日、前にしたときと同じように一緒に新幹線で東京に向かい、親には2泊3日で大阪まで行くと嘘をつく。そして、その途中、静岡だとか愛知で途中下車してしまう。別に前途無効だろうが関係ない。


 そして彼女のスマホ――位置が特定できるやつを丁度良く座席に挟んで、博多まで行ってもらう。仮に誰かに拾われるか、盗まれればおけばかえってそっちの方が都合がよい。バッテリーは5%ぐらいで忘れ物の途中で電源を落としておけばなおのこと。


 そして二手に別れる。どこに行くかはあまり決めていない。ただぶつかることだけは無いように家出をするのだ。


 大阪にいるという証拠は去年の旅行写真をスクショして、日時をごまかせば多分いけるだろう、と彼女は話す。最悪インターネットデトックスなんて単語を使えば大丈夫だろう、と彼女は言った。


「成功しそうだけど、でも、どうやって意思を伝えるの?」

「最初あっちの方は旅行してるって思いこんでるじゃん。3日後心配するよね。位置は完全にバグってるしさ。それで慌ててお互いの部屋探して、その時に紙が……って」

「なるほどね」


 少なくとも1週間、それだけは逃げられる、そんな自信が湧いた。監視カメラジャングルの中でも、それだけの自信。

「って、お腹空いた……キッチン借りていい?」

「一応はお客さんなんだから、そうならはよ帰れよ」

「別にいいじゃん。最近花嫁修行させられてんの。就活の『家事手伝い』じゃないよ」

「君はそれでいいの? いつか駒として誰かと結婚したい?」

「分からない。けど10年もそうやって教えられてきたし、今さらね。何か食べたいのある? 結構料理は覚えてるはず」


「じゃあ、なんかの炒め物でも」

「めんどくさ」

「聞いておいて面倒って」

「幻想だよ、そんなもん。まあ作るけどさ」

「手伝おっか?」

「いや、自分がどこまでできるか試してみたいし。できたら呼ぶよ」


 私は彼女の出ていったベッドに転がり、スマホの18禁サイトを覗く。部屋にはいつも彼女はいるが、エロ本とかそういう類のものは一切ない。流石に家族に見られるのは勘弁だ。それでも検索履歴という名の「証拠」は残るが。


「ご飯ー。食べよー」

 私が階段を降りると、そこにはふわふわと湯気の漂う料理が並べられている。

「うわ、炒め物以外もあんじゃん」

「悪かった? アレルギーは無いと思うけど」

「ううん。しかもあんま時間経ってないし」

「ま、そこは私の腕ってことで」


 私は彼女の作ってくれた夜ご飯を食べ、しばらくその計画について話していた。成功するかは分からない。その行為が成功したところで、その成果が継続できるかもまだまだ不明だ。約束したところでそれを反故にする可能性も充分あるだろう。けれども今の自分と彼女、2人ができることはそれしかないような気がしたのも事実である。


 ゴールデンタイムの2つ目かの番組に入った頃、彼女ようやくその荷物をまとめて、玄関の扉を開く。

「警察とか大丈夫?」

「塾に行ってたと言い訳すればいいわ。それに、あんま使いたくもないけど私の家のアレもあるから」


 彼女は少し冗談めかした口ぶりで、外に出て行く。彼女がそんなことはしない信条を持っていることは知っている。


 私はなんとなく彼女では自慰できないような気はした。自慰できないからってセックスできないのかは分からないけれど、少なくとも知らない人とするより難しい。


 次の朝、私は家に鍵をかけてから歩いて5分の、この町唯一の駅へと歩き始めた。A町には高校は1つしかない。しかし、偏差値はお世辞にも大学を望めるものではなく、みんなこの駅を使って県庁所在地のB市まで行くのである。


「おはよ。昨日は大丈夫だった?」

「全然。あ、そうそう、許可下りたよ」

「マジ? 俺今日家帰ってから聞かないと分かんねえけど、まあ今までの傾向的にはいけるさ」

 B駅から私と彼女は数分おきのバスに乗り込む。A町とB市を繋ぐバスもあるが1時間おきオーダーだ。それでいて電車より時間がかかって高い。そこは反比例だろ、と内心毒づく。


「夏休みの宿題多いわ、まじで自称進」

「まあ、トップ層はあそこ行けるし、部活も強制じゃないじゃん。ってか俺らがあれに成功したらやる必要ある?」

「あー確かに、でも失敗したらめんどくさいし、夏期講習中に終わらせちゃおう?」

「失敗を先に考えるのかよ」

「リスクヘッジってことよ」


 彼女はどこかの「デキる」人みたいな口ぶりの後、停車ボタン1番押しを試みた。

「あらら、残念」

「ちっ、誰かわかんないけど許さん」

「なあ、俺も君も高2だよな?」

「『らしい』って言葉は身体に毒だから」

 私と彼女はバスを降り、朝学習の始まる高校へと向かった。

「あ、おはよう。今日も奥さんとか?」

「違えわ」


 私と彼女は中学校の時から一緒に通学している。そのせいで中学時代すっかり夫婦扱いされていた。そしてその同窓が高校に上がった時、そいつらが私たちの関係を紹介してしまったのである。事実、自分たちは婚約者だ。


 校内では帰宅するまで話すことは特に無い。確かにお互い緊急事態があれば解決に向けて動くだろう。けれどもそれは友人としての行動で、多分それ以上の感情では無いんだと思う。


 憂鬱な7時間目が終わり、部活も耐えぬいた7時過ぎ、彼女はまた私の部屋にいた。

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