二つの逃避行
かけふら
第1話 肩書の枷
私の部屋には、1人の女子がよくいる。別に幽霊とかじゃない――同級生の子。ちょっと変なのは私と彼女は許婚である、ということだろう。昔は結構あったが、現在は恋愛観の変化で許婚は少なくなっているそうだ。
しかしこの人口5500の寒々としたA町ではどうだろう。彼女と私の先祖は江戸時代の頃、それぞれの村の
明治になって、それぞれの村を合併してA村、後のA町とする段になった。その時お互いの当主はもう片方の村へ口を出さない代わりに、協力して村外へ商売しようという契約を結んだのである。そしてその時から数えて150年した時、互いの当主が契約を続行するならば嫁入りないし婿入りで更新しよう、とまで決まった。
それから150年。まだまだ商売は美味しいようだ。
「あ、入ってた。別にいいでしょ?」
「文句はねえよ。もううちの漫画読み切ってなかった?」
「ま、でも何度も読めば別の視点があるかもしれないじゃん」
彼女はそう言って私のベッドに転んでから、私の方を見てくる。
「あれ、明々後日から夏休みだっけ、私たち」
「そうだね。2年だから遊べるのは最後だけど、どこか泊まる?」
「いや、うーん……お金使うのもな」
私は彼女の言動に首肯してからベッドの空きスペースに座った。普通高校生、それも男女どうしで宿泊するというのはかなり微妙なラインである。でも、私と彼女は許婚だし、仲を深めている証拠だからって簡単に許可を貰えていた。なんなら彼女はうちの合鍵さえ貰っている。
「あのさ。1つ聞きたい、というか確認したいことがあるんだけど」
彼女はその身体を起こし、私の隣にちょこんと座った。
「あなたは私とやりたい?」
「やりたいって、何をさ」
「あー、そっか。セックス」
「は?」
私は思わず彼女の言動に声を上げてしまう。彼女とそんな話をする雰囲気では全くなかったし、一応男と女だ。そんなことを考えているうちに、彼女は「黙れ」のポーズをとる。
「別に男子だったらそれぐらいは驚かないでしょ」
「驚くわ! それにさっきのは偏見だろ。まあ、そういうやつが多いのは否定しないけど」
「で、質問に答えてよ。セックスしたいの? 私と」
「そう考えたら……別に、したくないかも」
「でしょ? 大親友だって私も思ってるし、大事な人だけど」
「結婚のこと?」
私は彼女の言わんとすることが分かった。結婚したからには子どもを残さないといけないらしい。子どもはコウノトリに乗ってやってくることを、お互い未だに信じているわけではない。
出所は分からないが、成長すれば自然と、けれども不完全にその情報はやってくる。それについて彼女はブルーになっていた。そう考えれば私も恋人として見ていないことに気づいた。
「いやね。あなたのことは好きよ。でも考えた時にあなたとセックスする未来が見えないわけ。えっと……ウェスタ―マーク効果って言うんだけっか。それ」
「ウェスタ―マーク?」
「まあ、幼馴染が負けるアレ」
彼女はどこかのラブコメでも履修したかのような言いぶりで、そんなことを話す。それに名前が付いているとは思っていなかったがそういう現象があることは知っていた。
「多分家族って認識するからじゃない? 近親のあれはほとんどタブーだし。私とあなたが出会ったのって多分、2か3歳でしょ?」
「そうだね。まあ記憶はないけど、少なくとも保育園の時には知ってたな」
A町の保育園と小学校は2つ。それぞれ私の方の村だった地域と彼女の方の地域である。といっても自転車で汗をかかず行き来できる距離だから、小学校の時には既に互いの家によく遊びに行っていた。
だからこそこの距離感である。互いの服から肌がチラリ、としても特段気にしないし、間接キスも意識したことはない。「幼馴染の行動が僕を刺激する」みたいなことも然りだ。
「それで? 急にその話題したの?」
「いやさ。今お仕事であなたの両親いないじゃん。結婚するつもりなら1度セックスしない? って」
「は?」
彼女は特に顔を赤くすることも無く、堂々と部屋を出ていった。
「ちょっと冷蔵庫のお茶貰うね。ちょっと考えてなよ」
私は階段の、その往復するだけの時間、どっかの大天才みたいに思考を回す。少なくとも彼女と一緒に過ごす時間は一般的な恋人よりは長すぎた。中学は1校だけだったし、高校は公立の同コース。
客観的に見れば彼女は美人だし、スタイルも結構いい方らしい。けれども私の眼には彼女は大親友にしか見えない。色んなことを分け合った、大親友。でもそれじゃそれぞれの親には都合がつかないわけだ。そこは子育てに失敗したな、としか思えない。
「あなたの分も持ってきたよ。……で?」
「どうもクソもあるか。するわけないだろ、てかもしするだなんて言ったらどうするんだ」
「まあ処女だけどよろしくってところ」
「冗談だよな?」
「どっちのことで?」
「あー、セックスの方」
「まあ、処女だしセックスも冗談だけど」
私は彼女が注いできたお茶を飲み、ふと窓を見ると自分と彼女の姿が見えた。
「帰らなくていいの?」
「ううん。親信頼してるってか、中学まで私の方も来てたじゃん」
「ちょっと懐かしいわ。それでも9時ぐらいまでには帰れよ」
私と彼女が小学校の時、よくお泊り会みたいなことをしていた。最後に一緒の部屋に眠ったのは2年前ぐらいだという記憶がある。
突然、私に1つの案が入ってきた。
「夏休み、旅行しようぜ」
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