第28話
「ふうん。本当に何もわかってないみたいね。キミ、名前は?」
「…ふぇ??」
名前…
なぜかシャキッと背筋が正される。
緊張が走った。
明らかに威厳がある人の前に立つと、姿勢が正しくなる。
その感覚に近かった。
赤みがかったその瞳は、心の奥を見透かしたように鋭い切れ味を伴っていた。
温かみのある表情を持ちながら、少しも、丸み帯びた輪郭を伴わない。
相反する二つの印象が、少しも反発しあうことなく綺麗に組み合わさっていた。
それが異様な「不気味さ」を運んでいた一つの要因だったのかもしれない。
なんにせよ、今まで出会ってきた人の中で、こんなにも存在感のある人は初めてだった。
艶のある唇が、穏やかな表情を“梳く”ように薄い鋒を伸ばした。
「村雨サトシ君?」
「は、はい…!」
反射的に言った自分の名前を復唱しながら、彼女の細い指が頬の上に伸びてくる。
俺の顔を撫でながら、まるで陶芸品でも鑑賞するようにゆっくり視線を傾けていた。
俺は硬直していた。
ぴくりとも動けなかった。
「ユカ。この子はあなたのクラスメイトなんでしょう?」
「…そうですけど」
「あなたから聞いた話だと、“無断で”催眠を使ったと聞いたけれど」
天ヶ瀬は視線を落としたままだった。
さっきまでと、全然様子が違ってた。
心なしか怯えてるようでもあった。
彼女からの“問い”に対し、小さく頷きながら「はい」と言う。
「…はぁ」
深いため息が聞こえてきたのは、ソファの方からだった。
金髪の女性は、吹かしていたタバコを灰皿に強く押しつけ、バッと立ち上がった。
スタスタとこちらに近づき、止まることもなく腕を伸ばしてくる。
ドンッ
天ヶ瀬の首を掴み、そのまま壁に押さえつけた。
苦悶の表情を浮かべる天ヶ瀬は、金髪の女性を睨み返すように眉を顰めていた。
けれど、それに抵抗しようとする素振りはなくて…
「天ヶ瀬ッ!」
「静かに」
スッと腕を上げ、天ヶ瀬の方に近づこうとする俺を止める。
目の前にいる彼女は、終始穏やかだった。
対して金髪の女性は、天ヶ瀬に向かって強い口調で口撃していた。
壁に押さえつけながら、グッと指を食い込ませていた。
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